61話
――ヴィクトル――
ハァ、ハァ……!
荒い息を吐きながら、木々をよける。
ヴィクトルは森の中を猛然と駆けていた。
後方からヤードの猟犬こと、訓練を受けた人狼が3頭追ってきている。
(まさかヤードの猟犬が屋敷に張り付いていたとは……!)
しかし、今は自分の身が危ないというのに、頭の中では昼間にミアの部屋で見たことが頭から離れなかった。
自分がミアのそばにいない間に、レオンは彼女に急接近していたのだ。
逃げ続けた3ヶ月の間、レオンのことを裏ルートを使って調べてみた。
すると、殺された娼婦がいた娼館は、事件の直前にレオンが買い取っていたことがわかった。
(嵌められた!!)
はじめから仕組まれたことなのだ。
あの男は危険だ!
無実の自分に娼婦殺しという罪をなすりつけ、破滅させようとしているのだから!!
(その目的は……?)
と考えたところで、ハッとした。
ミアのそばにいる自分が邪魔だったのだ。
レオンはミアの婚約者だ。貴族間の政略があるとはいえ、ミアに好意をよせる男がそばにいることを快く思うはずもない。それに、自分は人狼で下僕でもある。
(しかし、あのレオンをミアの婚約者にしておくのは危険すぎる!)
このままではまずいと思いつつも、追われる身ではいっこうにミアに注意するどころか、近づけない。
だから、そっと屋敷の近くで様子をみていたら、レオンが入っていくのをみた。
嫌な予感がして、ミアの部屋の窓をのぞくと、二人がキスをしている場面に出くわしたのだ。
そして、思わず自分は窓を叩いていた……。
軽率だと言われればそれまで。でも、後悔などしていない。本当に、ミアにキスしてほしくなかった!
もう間違いなく、自分はうぐみ(ミア)が好きなのだ。
誰にも取られたくないほどに……!!
こんな状況で気づかされるなんて。
なんて自分はバカなのだろう?
(彼女のためにもヤードの猟犬に捕まるわけにはいかない。)
ヴィクトルは心を決めて、追ってくる猟犬と対峙することにした。
ぐんっと走るスピードを上げて、手近な木の陰に隠れる。
ヤードの猟犬はよく訓練を受けていて狂暴な連中が多いときく。同じ人狼だからといって見逃してはくれないだろう。
まずは木の上に昇り、呼吸を整える。
まずは一人ずつ倒すしかない。ミアの下僕となった際にはボディーガードも兼ねるため、戦う術は学んでいる。
3人の猟犬は、ヴィクトルを目視で見失ったのか、四方に散らばって探している様子。
(風下に移動したからといって安心は出来ない……人狼の鼻はずば抜けていい。ずっと森に隠れていることは出来ない!)
1人の人狼がこちらへやってきた。
ヴィクトルは彼が下を通りすぎる瞬間に、相手の首に両足を巻き付け力一杯締め上げた。相手ははじめ苦し気にバタバタともがいていたが、少しして体から力が抜けていった。
残りは2人。
すぐさま場所を移動して様子をうかがう。
ガサッ!
背後で音がした。
(しまっ……!)
次の瞬間、左腕に焼けるような痛みが走る。
猟犬の1人が (体格がヴィクトルよりもよく、筋肉質な人狼だ。) 自分の腕に食らいついていた!
「くそっ……!!」
ヴィクトルは怯むことなく、あいている方の腕でパンチを繰り出した。
眉間のあたりを殴られて猟犬は、「ギャンッ!」と叫んだ。
その瞬間、腕の噛みつきが緩まったところで、ヴィクトルは強引に腕を引いた。ぱあっと目の前で血の玉が飛び散る。
――ドンッ!
最後猟犬の1人がいつの間にか来ていて体当りをしてきた。
ヴィクトルはそいつの頭を掴むと、膝蹴りを顔面に叩きつけた。
「ぐわっ!」猟犬はそのまま地面に沈み込んだ。
ヴィクトルはこの機を逃さず猛然と走り出した。あまりの痛みに意識がもうろうとしていた。




