60話
ヴィクトルが、姿を消してもう3ヶ月もたつ。
ミアは、後悔していた。
嫌な予感は初めからしていた。なのに、レオンの口車にのせられ、ヴィクトルを彼の元へ行かせてしまった。
――私のミスよ。
(はぁ……どうしたらいいの?)
レオンから娼館での出来事は聞いていた。ヤードに追われていることも。
でも、どう考えてもヴィクトルが娼婦を殺めるとは思えなかった。
だから、こっそり人を使って彼を探させているが、一向に見つからなくて途方にくれていた。
(ヴィクトル、いったいどこにいるの?)
「婚約者が目の前にいると言うのに、他事を考えているのかい?」
すぐ近くで声がしたので、ミアはハッと我に返った。
レオンは黒豹のように静かに近づき、目と鼻の先に立っている。
(しまった! 今日はレオンが屋敷に来ていたんだ。)
今はレオンとお茶会をしていたのだ。もちろん、相手の希望により。
危ないあぶないと、慌ててニッコリ笑顔を作った。
「ご、ごめんなさい」
なんとか謝る。
「……本当に憎らしいくらい、貴女は人を魅了して破滅させるんですね」
「破滅? それはど……」
ミアが最後まで言う前にレオンの両手がのびてきて、ミアの顔をはさんだ。
そして、間髪いれずにレオンはミアの唇に口づけをした。
「ッ!!?」
驚いて身を引こうとすると、今度は離れられないように腰に腕を回され抱きしめられた。
強引な口づけは簡単には終わらず、あっという間にレオンの温かい舌がミアの舌をからめとった。
「……んっ、ぅ」
(な、なんで、こんなこと!)
息が上手くできない。
それなのにレオンの熱い口づけに誘導されて、変な声がもれてしまう。
それに――。
(顔が、身体が熱い……! やだ、どうにかして!?)
頭がとろけてしまいそうな口づけに、ミアは完全に翻弄されている。
ミアだけども、中身は恋愛経験がほぼゼロのうぐみなのだ。無理もない。
「ふ、ぅ……」
(この人、キスが凄く上手い……!)
レオンにかかれば、この口づけだけで大概のレディは天にも昇る気分にさせられるだろう。
そんなの私でもわかる!
「……ハハッ。貴女がこんなにうぶな反応をするなんて、意外ですね」
ようやく顔を放すと、レオンは妙に楽しそうな顔でささやいた。
いつもの、クールさはどこへやら、珍しく頬が上気している。
「本当なら、今頃もっと先に進んでいたでしょうに……誰かさんが邪魔をするから」
レオンの鼻先が首筋にそわされて、ミアの、肌が彼の熱い吐息を感じる。
「……っ。だ、誰かさん?」
ミアは翻弄されまいと、必死で会話に集中した。
「ん……っ。」
今度は首筋に口づけされる。
拒絶しないといけないはずなのに、なぜかミアの身体は動かない。
(ど、どうしてなの……?)
レオンに決して心を許してはいけない。当然、身体だって!
それなのに、どうにもこの状況をあっさり受け入れてしまっている自分がいる。
ドク、ドク、とどちらの心臓の音かもわからないくらい近くで。
レオンの唇からぬらりと舌がでて、首筋をはっていく。
(先に進めようとしている!)
首筋からゆっくりと下へ向かって、胸元へ……。
――ドンッ!!!
突然窓の方で大きな音がして、私は反射的に身を放した。しかし、窓を見るとそこにはなにもない。
「鳥でもぶつかったのかしら……」
すると、そばでレオンが大きなため息をついた。
「なんでしょうね? どちらにしろ、私と貴女の仲を進ませたくない誰かさんの仕業かもしれません……」
意味深な発言だと思った。
「さっきから、誰のことを話しているんです?」
さっぱり何を言っているのかわからなかった。
レオンは窓までいくと外を確認している。それからこちらを見た。
いつもの飄々とした黒豹がそこにいた。
「貴女の忠犬。ヴィクトルですよ……」
「へ……」
自分でもまの抜けた声がでた。
「ヴィクトルが? レオン様と私の仲を進ませたくない?」
(なぜ?)
「主人が全く気づいてないなんて、彼も報われませんね」
レオンは呆れた顔をして私のそばへやってくると、手の甲にキスをした。
(これがこの世界では普通なのか知らないが、やることがいちいちキザだ。)
「今日はこのへんで帰ります。急な用事も思い出しましたし……見送りは入りません」
「はい」
レオンが去ると、私は緊張がとけ、どっと疲れが押し寄せてきて、しばらくソファーから動けなくなった。




