59話
「ああ。もちろん、僕も君のことを信じてるよ。君みたいなミア一筋な男が娼婦を殺せるわけがない……でも……」
そこで、レオンはじいーっと、ヴィクトルの顔を見つめた。
「なんです?」
ヴィクトルが間髪いれず問い返す。
「すでに、ヤードがここに来ているんだ」
「えっ? ヤードが!?」
ヤードと聞いて、ヴィクトルは目の前が真っ暗に閉ざされた気がした。
もし、ヤードに捕まれば、たとえ犯人でなかったとしても、投獄されひどい折檻の後に自供させられるのだ。
そうなれば、おのずと迷惑をかけるのは主人であるミア・フォルトナーで……。
「ヴィクトルくん、大丈夫かい? 顔色が死人みたいになってるよ」
「あっ、えぇ……」
ヴィクトルは我に返ると虚ろな頭でうなづいた。
「でも、これはこまったね。折しも君と一晩を共にした娼婦は、首を絞められて死んでいる。それなのに、もうヤードが店にやって来ている」
確かに部屋の外へ耳を澄ますと何やら騒がしかった。レオンが言うようにヤードが店に来ているのだろう。
(どうしたらいいんだ……。)
ヴィクトルは頭をかかえた。
「とりあえず、服を着て。僕がヤードにはうまく説明しておくから、今はここから逃げるんだ」
「え……」
「悩んでいる暇はないぞ。さあ、早く。着替えたらあの窓から逃げて、ヤードが帰るまで身を隠しておいてくれ」
レオンはテキパキと指示をだす。
「私を助けてくれるんですか?」
驚いたヴィクトルはレオンの顔を見つめる。
「もちろんだよ。婚約者の大切な侍従の無実を放っておけないからね」
優しく微笑むレオン。
外の騒がしさが大きくなった。
すぐにでもドアが開けられるかもしれない!
(今は、レオンを頼るしかない。)
ヴィクトルはレオンの指示に従うことにした。
「ほら、早く!」
レオンが叫んだ。
「……レオン様、ありがとうございます」
ヴィクトルはひとまず窓の外へ逃げ出した。
ヴィクトルは娼館の窓から飛び降りると、素早く物陰にかくれた。間髪いれずに、元いた部屋が騒がしくなる。
レオンがいった通り、部屋にヤードがやってきたようだ。
――ひとまずここから距離をおいた方がよさそうだ……。
娼館の入り口では、堅物そうなヤードが目を光らせている。あんなのに見つかってはもともこもない。
ヴィクトルは裏手の小道にこっそり出ると、身を隠すように静かに走り出した。
レオンはその様子をじっと窓辺で確認していた。
ヴィクトルはまんまと罠にかかってくれた。
昨晩、あの金髪の娼婦に金を渡して、ヴィクトルをベッドで誘惑するように頼んだ。
普通の状態だったら、彼はその誘惑を突っぱねたはずだ。娼婦は本物のミアではないのだから。
だが、この魔窟ではそうもいかない。
大金を受けとった娼婦は、うれしそうに頬をゆるめて、意気揚々とヴィクトルをたらしこんだ。
幻覚剤入りの香も、睡眠薬入りの酒も、娼婦の提案でこちらが準備したものだ。
娼婦に誤算があるとすれば、大金を受け取ったのにそれを使わずに死んでしまったことだろう。
まあ、私が始末したのだが――。
レオンは窓の外をみつめながら、クスッと笑った。
「可愛そうなヴィクトルくん……。でも、君が悪いんだよ、身の程をわきまえずに高貴な主人を愛してしまったのだから」
「はい? 何かおっしゃいましたか?」
レオンのそばではヤードの二人が死んだ娼婦を調べている。
「レオン様、この娼婦を殺した犯人を知っているのですか?」
年配のヤードがレオンにきく。
「ええ。信じられないことですが……私が連れてきた人狼の侍従です。」
「な、なんですと!?」
「あぁっ……! 彼をここへ連れてこなければよかった!! 彼は身のほどをわきまえずそこの婦人にいいよって、フラれると我を忘れて襲ったのです!」
「人狼め、か弱い女に手をかけるとはッ!! けしからん!」
単純なヤードはレオンの言葉を鵜呑みにしたようだ。
簡単な仕掛けだった。
侍従で、かつ人狼では部が悪すぎる。
――これで、邪魔物はいなくなった。
「ミア、待ってて。今度は容赦しないからね」
不敵に笑うレオンを、ヤードは不思議そうにながめていた。




