58話
ヴィクトルは燃えるような熱い体をもてあましていた。やはり、さっき飲んだ飲み物に何か入っていたのだ。
ベッドから起き上がろうとすると、
隣で金髪の美しい女性が横になっていた。しかも、彼女は薄い下着をみにつけた状態だった。
「……ミ、ミアさま!?」
信じられないことに、女性はミアだった。ミアがヴィクトルの隣ですやすやと眠っていた。
「ミアさま! 起きてください」
驚いたヴィクトルは彼女によびかけた。
「あら、起きたのね」
目を開けたミアは、ヴィクトルに笑いかけると、彼の首に腕を回した。
身をくっつけられて、ミアの胸のやわらかさや、心臓の鼓動を間近に感じて、ヴィクトルは意識が遠のきそうになった。
「っ……ミアさま……お願いです、離して下さい」
ミアを押し返す。すると、ミアは不思議そうな顔をして更にぐっと身を寄せてきた。
「どうして? ……わたしのこと、嫌い??」
耳に甘い吐息がかかって、ヴィクトルはめまいがした。
(どうしたんだ私は!? やっぱり何かが変だ。)
「ハァ、ハァ……」
心臓が弾んで、野を駆けた時のように息が上がってくる。
「ハァ、ハァ……お願いだ……私から……はなれて」
頭はグラグラして最悪なのに、妙に体は熱く冴えていて、何かを急かしてくる。
「大丈夫……?」
心配したミアの顔が近くに、ぼやけてみえる。
赤い口紅をぬった唇が自分を誘うように妖しく動いている。
「ミア……さま」
ヴィクトルの中で、がんじがらめにしていた理性がいっきに吹き飛ぶ気がした。
貴族と従者という身分差も、人と人狼という種族の壁も、もうどうでもいいと思えた。
今はただ何も考えず、熱く冴えたこの感覚にゆだねてみよう。
(ミアさまが、ほしい……。)
ヴィクトルはミアの細い腕をつかむと、自分の唇をミアにおしつけた。
……くん。
(だれ?)
……トル、ヴィクトル……くん!
(男の声!?)
ヴィクトルは自分の名をよぶ低い声に慌てて目を覚ました。
「ああ、良かった。ずっと眠りっぱなしだったから、心配したんだよ」
黒豹のような雰囲気をもつ鋭い男。
ベッドの側でレオン・クロフォードがヴィクトルを見下ろしていた。
「ど、どうして……?」
起き上がると、ズキンッ! と頭がハンマーで殴られたみたいに痛んだ。
「うっ!」
その場でうめいて頭をつっぷする。
「大丈夫かい?」
「……はい」
「まあ、水でも飲んで落ち着いたほうがいいよ」
レオンは親切にもヴィクトルに水のはいったグラスを差し出した。
「あ、ありがとうございます」
ヴィクトルは素直に受け取って、乾いた喉に水を注いだ。
――ゴク、ゴク、ゴク。
水は、おいしかった。
昨日の夜に飲まされた赤い酒のせいで、絞りきったブドウの皮のようにカラカラだった自分に気づく。
ふうっと一息ついたところで、レオンが口をひらいた。
「起きたばかりで申し訳ないのだけど、実は困ったことになってね……」
レオンは眉を八の字にして、弱りきったネコみたいな顔をした。
「どうかされましたか?」
ヴィクトルは気になって尋ねてみた。
「うーんと、君の隣に眠っている女性のことだ」
レオンはヴィクトルのすぐ隣を指さした。
(……女性?)
そこでヴィクトルはハッとした。
そうだ! 昨日はなぜかミアが側にいて、私にあの酒をのませて……それで2人はベッドで……。
甘い夢をみたと思っていた。でも、
あれは、夢ではなかったんだ!!!
ヴィクトルは期待をこめて隣を振り向いた。
「!!?」
そこにはミアはいなかった。
硬く目をとじ青い顔をした女性。
ミアとは似ても似つかない素朴な顔立ちの金髪だった。
「……彼女は、誰です?」
見知らぬ人だ。
いや、この店にきた時に目があったのかもしれない。
でも、なぜ? 彼女が隣で眠っているんだ……!?
ヴィクトルは訳がわからず、頭が真っ白になった。
「おやおや、もしかして、ヴィクトルくんは昨日の夜の記憶がないのかい?」
「はい」
そうだ。レオンを追って薄暗いこの店に入ってきて、奥へ奥へと進んでいくうちにどこかの部屋に迷いこんでいた。そこまでは覚えている。でも、そのあとは……。
ベッドでミアが優しく自分に話しかけ、赤い飲み物を飲ませてくれた。
体が熱くなって、頭ももうろうとしてきて……。
「きみ……娼婦とやって、殺しちゃったね」
「えっ?」
「その娼婦、名前をなんといったかな。そう、ミナだ! 昼になってもミナがいないって、店で大騒ぎしてたんだよ。それで、探してたら夜に君と一緒にいるところを見た娼婦がいて」
レオンは口元に手をあて沈痛な顔になる。
「……そ、そんな! 私は、殺していません!!」




