56話
一週間、という期限つきでヴィクトルはレオンの屋敷へやってきた。
以前のヴィクトルだったら、考えられないことだ。
それも主人であるミアのために。
ミアのことを考えると、胸のあたりが暗闇に灯りがともったようにあたたかくなる。
どうして、そうなるのかはヴィクトルにもわからない。
でも、悪い気はしなかった。むしろ、そのあたたかい灯りをいつまでも傍で見ていたいと思った。
コン、コン、コン!
快活にドアがノックされた。
「やぁー、ヴィクトルくん。荷解きは一段落したかい?」
妙なテンションのレオンが、部屋に入ってきた。
「終わりました。伯爵」
ヴィクトルは椅子から立ち上がり一礼した。
「そんなにかしこまらないでいいよ」
「私はミア様の下僕ですから、かしこまらないわけにはいきません」
頭を下げたまま、ヴィクトルは微動だにしなかった。
「はぁー、ヴィクトルくんは、本当に真面目なんだねぇ。ここには君の主人のミアはいない。もっとリラックスしてくれていいんだ」
「そういわれましても……」
ヴィクトルが困惑していると、レオンは気安くヴィクトルの肩に腕を回してささやいた。
「今日は1日、僕につき合ってもらうからね」
「はい……」
ヴィクトルからすれば、伯爵のいうことをきかないわけにはいかない。
「じゃあ馬車を用意させたから、行くとしようかー」
レオンはヴィクトルを逃がさないとばかりに腕に力をこめて歩きだした。
いったい、これからどこへ行くのだろう?
ヴィクトルは訝しんだが、レオンの横顔はどこ吹く風で、何も読み取ることができなかった。
馬車はレオンの屋敷をはなれ、どんどん下町へと下っていく。
夕闇にガス灯の火がともる頃、石畳の細い通りで馬車はとまった。
「着いたよ、ヴィクトルくん!」
レオンは陽気な声を出した。
「ここはどこです?」
「まあー、入ってみたらわかるよ。心配しないで。僕も一緒なんだから」
「はぁ……」
ヴィクトルはレオンの後ろに付き添う形で、目の前の小さな店に入っていく。
中に入って驚く。店の入口に体格の勇ましい人狼2人が立っていて、ヴィクトルはギロリと睨まれた。
その先に更に扉があった。
「ここ、軽く身体検査しないと入れてくれないんだよー」
レオンは2人の人狼(おそらくこの店のボディーガード)に服の上からチェックされている。
大貴族のレオンにこんな扱いをするとは、いったいどんな店なのだろう?
ヴィクトルはその事実に一抹の不安を感じた。だが、もう後戻りはできない。
「さあ、ヴィクトルくんもパパっと受けちゃって」
身体検査を軽く済ませたレオンは、さっさと店に入っていく。
「次はお前の番だ。こっちへこい」
人狼たちはヴィクトルを見て、顔を見合わせニタニタいやらしい笑みを向けた。
これは嫌な予感がする……ある程度覚悟しておいた方がいいかもしれない。
人狼たちは入口そばの小部屋にヴィクトルを招き入れた。
「身体検査は外でやるものでは?」
ヴィクトルは用心深く声をかけた。
「いや、お貴族様の身体検査は軽くでもいい。だが、お前は主人の下僕だろう?」
「ああ」
「どこの馬の骨かもわからん奴を簡単に入れるわけねーだろ」
横にいたもうひとりの人狼が言うと同時に拳をふった。
ヴィクトルは腰をかがめ咄嗟にそれをよけた。
「よけんじゃねーよ!」
前にいた人狼が飛び蹴りをする。
「ガッ……!!」
見事に腹に食らって激痛が電気ショックのように全身に走る。
壁に背中を打ち付けた。
続けて、パンチの連打。
「そのキレイな顔はやめといてやる。でも、これをよけたら中には入れさせねぇよ!」
身体検査とは名ばかりで、これは完全なリンチだ。
よく見たら、ひとりの人狼の左目は潰されていた。
こいつらも散々主人にいたぶられてきたのだ。その腹いせが同じ同属とは笑えてくる。
ヴィクトルは店に入るため、ひたすら暴力に耐えるしかなかった。
早く彼らが自分に飽きることを願って。




