55話
――五年前。
「ベルナルド第一王子様のおなーりー!」
壇上に現れた青年に、下々の者たちは一斉に優雅にお辞儀をした。
今日は、ベルナルド第一王子の二十歳の誕生を祝うパーティーが催されていた。
豪華な料理がテーブルをうめつくし、宮廷楽団の音楽が流れる。
あちこちで、貴族たちが談笑していた。
ベルナルドは国内外の貴賓たちにお礼の挨拶をしていて、少し夜風にあたりたくなった。
慣れているとはいえ、こういつも人に囲まれていては、息もつけない。
ひとりそっとバルコニーに向かった。
しかし、そこには既に先客がいた。
女性……?
月夜に照らされて、その姿は女神アフロディーテのよう。
その神秘さに目がくぎ付けになった。
「そなた……名前は?」
彼女のそばに立つと、声をかけた。
ゆっくりとした仕草で彼女がこちらを見た。
「わたくしは、ミア・フォルトナーと申します。殿下。」
……ごくり。
ベルナルドは思わず唾をのみこんだ。
彼女の瞳は、幼い頃によく遊んだ、スィニー湖の水面を思わせた。
懐かしい……。
欠けていたパズルのピースを見つけたような、そんな充足感。
「そうか、ミア。私と一曲踊ってくれないか?」
「……はい。よろこんで。」
ミアは艶やかに微笑み応えた。
ベルナルドはミアの手を取ると、一緒に室内に戻り、会場の真ん中に歩いていった。
二人が向かい合うと、どこからかホゥとした感嘆のため息が聞こえてきた。
この美男美女カップルには、全くと言っていいほど隙がなかった。
他の誰も寄りつけない、二人だけの完璧な世界。
曲がはじまると、その世界はより彩りを増した。
これが、脇役である悪役令嬢ミアと、主役である白馬の王子、ベルナルドの本当の出会いだった。
◆ ◆ ◆
金髪をハーフアップに結って、サファイアが輝く青いリボンでとめた令嬢が今、さっそうと馬車に乗り込もうとしている。
「ミア、こんな夜遅くにどこにいくつもりだい!?」
ベルナルドは慌てて彼女を呼び止めた。
声をかけられたミアは足を止めると、ゆっくりと振り向いた。
美しい金髪がゆれて愛らしい顔がこちらに見えた。それだけで、今のベルナルドは心が踊った。
「どこにって……殿下に関係のないことですわ」
冷やかな顔でミアはベルナルドを見下した。いつからか、ミアはベルナルドに優しい微笑みを見せなくなった。
「関係がないはすがないだろう!? 私とそなたは恋人同士ではないか!」
「ふっ、ふふ……あはははっ!」
口元にほっそりした手をあて、ミアはかん高い声で笑う。
「何がそんなにおかしいんだい?」
「だって、あまりにも殿下がお可哀想で、わたくし、笑うしかないのですもの……。」
「私が可哀想? どうしてそんなことを言うんだい!? 私はミアといられたら、それだけで十分なのに。」
ベルナルドはどうしてミアがこんなにも態度を変えてしまったのか分からなかった。
「それがお可哀想なのですわ。ちっとも、わたくしのことをお分かりになられていないんですね」
「!?」
冷やかから一転、ミアは目をうるませて今にも泣き出しそうな顔になった。
「わたくしのことをお分かりになりたいのなら、このまま行かせてください」
「だが……、いったいどこへ行くつもりなんだ?」
「お友達とお約束しておりまして。わたくし、殿下もご存知のとおりお友達が少ないでしょう? ですから、お友達とのお約束は大切にしなければならないんです」
「そうか……そんな顔をされたら、嫌とは言えないが……。これからは、夜ではなく、昼間に約束をしなさい」
ミアの悲しそうな顔をみたら、ベルナルドはもう無理に引き止める気持ちも失せてしまった。
「ありがとうございます。殿下。」
にこりと微笑むと、ミアは馬車に乗り込もうとして、はたと足をとめた。
素早くベルナルドの元へ走ってくると、彼の左の頬に軽くキスをした。
「それから、いつも心のこもった贈り物をくださって、嬉しいですわ」
キスだけでなく甘く耳元でミアに囁かれ、ベルナルドの頬は子供のように赤くなった。
「喜んでもらえたなら良かった……」
ミアには定期的に豪華な宝石や、ドレス、靴、化粧品、香水、などをプレゼントしていた。
それに前の誕生日には、ミアを主役にした劇を作成させ、一流のキャストを揃えオリオン座で上演させた。
それには、なかなか喜ばない彼女もかなり上機嫌だった。
ミアに振り向いてもらうために、ベルナルドはこれまでできる限りの時間と大金を使った。
「次の誕生日には何をプレゼントしよう……」
これから会う約束をしている友達が、ミアの何人目かの恋人だと薄々感づいているにもかかわらず、ベルナルドはそんなことを考えていた。




