52話
レオンに聞かれてないか確認して、私は口を開いた。
「困ったことになったわね……。まさか、レオンがあんな提案をしてくるなんて……」
髪をかきあげて、グシャグシャとする私を、ポカンとした顔でヴィクトルはみつめている。
「どうしたの?」
「そんなに困ることなどないでしょう」
「本気でいってるの!? あなたもレオンの裏の顔ぐらい知ってるはずでしょう?」
私は口調を強めてヴィクトルをみた。
「はい……、乳兄弟の王子様のためならば、身内だろうが顔色ひとつ変えずに処刑する、血も涙もない黒騎士ですよね」
「随分と淡々とこたえるのね……。そんな黒騎士が、あなたのことを自ら躾るなんていうのよ!? 絶対にただではすまないわ!」
レオンが人の死を軽く飛び越えてしまう質なのは、前世で処刑された私には十分すぎるほど分かっていた。
「いくら婚約者の従者だからって、大目にみるような人でもないし、ましてや、躾としょうして、あなたを殺すかもしれない!」
かも……といったけど、おそらくは殺すだろう。だから、このままヴィクトルを連れていかせるわけにはいかない。絶対に!
「レオン様のこと、よく分かってるんですね……。ちょっと意外でした」
急にヴィクトルはしおらしくなって、ボソリとつぶやいた。
何を言い出すかと思えば、そんなこと!?
私は何ともいえずにヴィクトルの横顔をみつめる。
この端正な横顔に傷ひとつも付けたくない。私は心からそう思った。
それは単なる所有権からくる感情なのか、はたまた、別の何かなのかはよくわからない。
「私がレオン様より弱いと思ってますよね??」
唇をとがらせて、まるで子供みたいなことを尋ねてくる。ヴィクトルって、こんなに可愛い性格してたんだ。
ああ、新鮮だな~!
私はあらたな彼の一面を知れて、嬉しく思った。
「どちらが強いかなんて、レディの私にはわからなくってよ」
ここは濁らせるのが一番。
ヴィクトルは人狼だから、いざという時は変身すれば強そうだし、レオンは騎士として日々鍛えている。
どちらも強いともいえるけど、腹黒さや立場を考えると、レオンが一歩も二歩もリードというところだ。
「主人に頼られない従者なんて、いてもいなくても同じですね」
「何拗ねてるのよ! レオンの所にいったら、死ぬかもしれないって言ってるでしょうが……」
「信じられませんか? この私のこと……」
ヴィクトルは真剣な表情で、私に近づいてくる。私はそろそろと後退しながら壁に追いつめられた。
(な、な、なに? この状況??)
これじゃあ、まるで壁ドン、みたいじゃないか……??
ヴィクトルの美しい顔をずっと見ていたくなるけど、中身平凡な私にはまぶしすぎてムリ~ッ!!!!
ということで、彼の胸を軽くおして、囲いからすり抜けた。
「言っとくけど、レオンと妙な意地のはりあいをしてるみたいだけど、やめてちょうだい」
「はぁ……、この状況がどうしておきてるか分かっていないんですね」
ヴィクトルはため息まじりにいった。
「ど、どういうこと……??」
私はわけがわからず、ヴィクトルの顔をみつめた。
「ミア様、あなたは以前みたいな、高慢で召使いたちを家畜扱いするような人ではなくなった。馬車にはねられたアーミラを手当てしたり、お葬式まで手厚くしてくださった……」
ヴィクトルはアーミラのことを思いだし、苦しげに胸の前で手を握りしめた。
「そ、それは……以前の私がレディとして非常識だったのよ。なにも、特別なことをしてるわけじゃないわ」
「それでも! 私たちは……いいや、私は嬉しかった。下僕でしかない私をちゃんと人間扱いしてくれた」
ヴィクトルはいつになく熱弁をふるっている。やっぱり、今日の彼はどこかおかしい。
みれば瞳が金色に輝いて、頬がかすかに赤らんでいる。
いったい、どうしたんだろう??
「ミア様、私はレオン・クロフォードの元へまいります。絶対に、やつに殺されたりなんかしない!」
ヴィクトルはいつの間にか、私のあごをすくいとり、サッと自分の唇を重ねてきた。
っっっっ……!!!!
やわらかくて、あたたかい。
それに、なんだかいい匂いまでする。
わたしは目の前がぐるぐると回っていることにきがついた。
(ど、どうなってるの……これ!?)
意識がもうろうとしてくる。
あ、息をしていないからだ!
でもでも、口が塞がったこの状態でどうやって息を吸えばいいの!!?
もう、頭の中でパニックになりそうだった。
すると、「ぷっ、あはははっ!」つと唇をはなして、ヴィクトルが笑っている。
「ちゃんと、息をしてください。これじゃあ、私がミア様をキスで窒息させそうです」
キラキラと輝く笑顔が、憎らしいほどに素敵だった。
「もう! どうやって息をしろっていうのよ!!」
私はヴィクトルを押しやると、プイッと顔をそむけた。
絶対に彼に顔をみせちゃダメだ。
今の私はとっても……。
「可愛らしいです……」
「へっ?」
「あなたは、世界で一番可愛い人です」
さらりと、ヴィクトルはそう言ってきた。今まで生きてきて、男性からこんなセリフを言われたことがない。
プシューっ!!!!
私の頭は沸点にたっしたヤカンのように湯気をだした。
立っているのもやっとかもしれない。早くここから、いや、ヴィクトルから離れた方がよさそうだ。
私はヨタヨタと廊下を歩きだした。
悪役令嬢ミアが、人狼のヴィクトルとキス?
そんなストーリー展開がゲームにあったのだろうか? もしくは、隠れストーリー!?
私は子首をかしげていた。




