5話
おぼろ気にゲーム中のミアの下僕のことを思い出した。
彼の名前は、「ヴィクトル」
彼は下僕をしているから異国民の奴隷なのは分かる。しかし、人狼族だったとは知らなかった。
いつも悪役令嬢ミアの後ろに静かに控えていて、彼女が目障りな他人を陥れたり、虐げたりするのをただ見ているだけで決して止めることはしない。
最終的にミアはそれまでの悪行の数々が国王陛下の耳にまで入り、裁判にかけられ、死刑を言い渡される。
(自業自得だ。)
そして下僕のヴィクトルはミアの死を見届けた後、どこかへ姿をくらまして彼らの登場はそこで終わりだ。
(おそらく、ヴィクトルは主人の巻きぞいを食らうのが恐くて逃げたのだろう。と私は思っている。)
とにかく、情報が極端に少なすぎる……!
名前とミアとの関係性が分かったところで、今の私にはどうしようもなかった。
それより、この状況はいつまで続くのだろう?
人生初のお姫様抱っこ……は……。
こんな時、高貴な生まれのお姫様だったら、どんな顔をしているの?
……澄ました顔? 堂々とした顔?
それとも、悦に入ったうっとりした顔?
私の視線の斜め上にキリリとした男前がいる。スッとした鼻筋、彫りの深い目元は確かに異国の血筋を感じた。
そして、唇は十分な厚みがあって……。
んん? 何のための十分な厚み?
それって……キ…………、
いやぁーーーーっ!!
これは見ているだけでも罪っ!
うぶな私は色んな妄想が働いて、頭がプシューって噴火しそうだった。
とにかく、意識を別の方向へ向けよう!
「えっと、ヴィクトル……さん?」
私は恐々と彼に向かって呼びかけた。
「はい?」
耳に心地よい低音ボイスが返ってくる。
それにしても悪役令嬢ミアの下僕って、脇役の更に脇なのにこんなに良い男で良いのだろうか?
「そろそろ下ろして貰えませんか? もう足も痺れていないし、自分で歩けるから……」
これ以上こうしていたら、私の心臓は高速で働きすぎショートしてしまいそうだ。
「……本当に今日のミア様はいつもと様子が違いますね。いつもなら意地でも自分の足で歩きたがらないし、私のことをヴィクトルさんなんて呼ばないです」
いや、だって私はミアじゃないから!
「そ、そうかしら……? オホホホ……」
適当に誤魔化すしかない。
だって、このゲームの世界を実体験するのは初めてなんだもん。手探りで慎重にいくしかないでしょう?
「そんなに仰るなら、仕方がありませんね」
ヴィクトルは私をようやく地面に下ろしてくれた。
「あ、ありがとう」
自分の足で歩く安心感……。私にはこっちの方がずっといい。
お姫様抱っこはやっぱり高貴な生まれのお姫様がされるものだ。
今まで忙しく働いていた私の心臓はひとまず落ち着きを取り戻してくれた。
しばらくヴィクトルを先頭に森の中を歩いた。
森の暗闇も彼の前では無意味のようだった。ランタンを持ってはいたが、その灯りを頼りにしなくても人狼は暗い森でもすいすい歩いていく。
「あと少しで、馬車を停めてある場所に着きます」
「はい」
私はこの先のことを考えていた。
ヴィクトルについていけば、この森は抜けることが出来そうだった。
馬車に乗せて貰ったら、ミアのお屋敷で雑用でもよいので働かせて貰えないかと頼んでみよう。
前の職業はホテルでフロントを担っていたのだ、やる気さえあればなんとかなるだろう。
ホテル業務は表向きの優雅な雰囲気とは打って変わって、裏側はなかなかに精神的にも肉体的にもハードな仕事だ。
接客業の中では上位ランクになる花形だが、様々なお客様を対応するため気苦労も多い。
公爵家がどんな人々の集まりなのかまだ分からないが、まずは住みかと食べ物は最優先に確保すべきだ。お屋敷でお貴族様やメイド達に多少いじめられようが、生活できるお金が貯まるまでは我慢するしかないだろう。
私は腹をくくった。
「なんでも、どんと来いよ!」
きっと、私なら大丈夫。このゲーム世界でもやっていけるはず!
現世では三十五歳という若さで早死にしちゃったけどね……!
「急にどうされました? ミア様??」
ヴィクトルはいつの間にか豪華な四輪馬車の前で待っていた。そして、怪訝な顔をして立ち止まっている私を見つめていた。
「いいえ、何でもありません!」
しまった! 私がミアじゃないと分かったら、馬車に乗せて貰えないかもしれない。
ここは屋敷につくまで大人しくミアっぽくしていよう。
ヴィクトルさんには申し訳ないけれど……。
私は彼を騙している負い目から自然と下を向いていた。




