31話
眠れない。
理由は分からない。
けれど、胸の奥がざわついている。
私は何度目かの寝返りを打った。
カーテンの隙間から、月光が差し込む。
森と同じ、白い光。
まぶたが、ゆっくりと重くなる。
――落ちる。
意識が、深く。
深く。
暗闇へ。
……冷たい。
最初に感じたのは、それだった。
体が動かない。
息が、苦しい。
重い。
上から、何かがのしかかっている。
暗い。
目を開けているのか閉じているのか分からないほど、暗い。
(……ここは、どこ?)
声を出そうとしても、出ない。
口の中に、ざらりとした感触。
土。
舌に触れる。
鼻の奥に、湿った匂い。
理解した瞬間、恐怖が込み上げる。
(わたし、埋まっている!)
叫びたい。
腕を動かしたい。
けれど、腕が遠い。
自分のものではないみたいに、感覚が薄い。
指先だけが、かすかに動く。
冷たい。
細い。
骨のように軽い。
そのとき。
上から、圧がかかる。
どん、どん、と。
踏みしめるような衝撃。
土が、さらに押し固められる。
(やめて!)
心の中で叫ぶ。
誰かが、上にいる。
影が、透ける。
月明かりが、わずかに染み込む。
土の隙間から、ほんの少しだけ光。
その向こうに。
逆光の人影。
背が高い。
揺れる外套。
そして、震える声。
『……これでいい』
聞き覚えがある。
なのに、遠い。
(王子……?)
声に出せない。
喉は土で塞がれている。
指先を、必死に伸ばす。
光へ。
地上へ。
けれど、届かない。
上から土がかぶせられる。
光が消える。
完全な闇。
完全な重み。
息が、途切れる。
(いや)
(私は、ここにいる)
(私は――)
その瞬間。
視界が、ぱきりと割れた。
「っ!」
私は跳ね起きた。
激しい呼吸。
喉が焼けるように痛い。
思わず、口元に手を当てる。
……土はない。
清潔な寝台。
絹の寝間着。
けれど。
指先が、異様に冷たい。
震えている。
私はゆっくりと自分の手を見る。
ちゃんと肉がある。
血が通っている。
なのに。
感覚だけが、違う。
まるで。
さっきまで骨だったみたいに。
「……今のは」
夢?
それとも。
記憶?
私は立ち上がる。
窓へ歩み寄る。
遠くに、森の影。
月光が、静かに落ちている。
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
誰かが、今、そこにいる。
そんな確信。
そして。
はっきりと分かることがある。
あの土の中にいたのは。
“私”だった。
今ここに立っている私ではなく。
けれど、確かに私。
「……どうして」
震える声が、夜に溶ける。
そのとき。
指先に、ちくりとした痛み。
驚いて見ると。
薬指の先に、うっすらと血が滲んでいた。
まるで。
土を掻き分けようとしたかのように。




