32話
――城の回廊。
コツコツ……自分の靴音のみが聞こえる。
夜の城は不気味なほど、シンと静まり返っていた。
だが――。
王子の様子を確かめにきたレオンは足を止めた。
ひどい胸騒ぎがした。
理由は特にない。それでも、確かに感じる。“王子の違和感”。
窓から遠い森の方向を眺める。
どこまでも続いていそうな黒い闇。
あの方角に、ミア・フォルトナーがいるはずだ。
でも、今は違う――?
「……まさか、生きていた?」
低く、自分だけに聞こえる声音で呟く。
あの夜――。
俺の判断は正しかったはずだ。
だが、森を見つめると、喉の奥が冷える。
誰かが、あそこを掘り返した?
埋められたものに気がついた??
いや、そんなわけない。
レオンはまた歩きだした。
向かう先は、王子の私室。
王子の私室前につくと、扉の前で立ち止まる。
中から、水音。
ずっと止まらない。
夜更けにはまだ遠いはずなのに。
きっと、眠れないのだろう。
「……殿下」
軽く、扉を叩く。
水音が、ぴたりと止まった。
数拍の沈黙。
「何用だ」
かすれた声。
「ご無事を確認に参りました」
短い間がおりてくる。
「……問題ない」
即答だった。
だが、その声音は平静ではないとわかっている。
これでも、幼い頃からの付き合いなのだ。
レオンの目が細まる。
「眠れませんか?」
シンと空気が凍る。
扉越しに伝わる、わずかな動揺が感じられた。
「……なぜ、そう思う?」
問い返しをしてきたなら、今日はまだ大丈夫なのだろう。レオンはそう確信する。
「またお手を洗っているのでしょう? 安心してください。ここは安全です……」
静かに告げる。
「はは……安全な場所? ここがか? 冗談はよせ」
中から、荒い呼吸。
王子の拳が、ぎりりっ、と固く握りしめられる。
「はは、ははは……!」
静寂に笑いが漏れる。乾いた、ひび割れた笑いだ。
「もう、壊れている」
王子が口走る。
レオンの瞳が、わずかに揺れる。
「殿下」
「私は守りたかったんだ!」
声が強くなった。
「あの娘を、守るために……なんでもした」
あの娘とは、ミア・フォルトナーのことだ。
レオンの表情から、温度が消える。
「……今日は森へ行かれたのですね? だから、眠れないのでしょう?」
扉の向こう。
王子は、血のにじむ手をじっと見つめている。
「……」
沈黙は、肯定を示している。
「何もなかった」
レオンは目を閉じる。
このお方は、この国の次の国王になる人だ。
幼なじみで、美しく、聡明で、なにより心根が優しい。
それなのに……最悪の事態が、現実になった。
「殿下」
声が、氷のように冷える。
「あなたは、あの日、どこにいましたか?」
答えは返らない。
ただ、かすかに誰かの指先が、床をガリガリと掻く音がした。
同じ夜。
王子は恐怖にさいなまれ。
レオンは王子を監視。
その頃――。
ミアは、再び眠れずに天井を見つめていた。
三人の運命が、森で結び直された。
もう、後戻りはできないのだ。
新たなストーリーが、紡がれていく。




