30話
「……戻りましょう」
ヴィクトルの声は、これ以上踏み込ませない強さを帯びていた。
私はしばらく崩れた土を見つめていたが、やがてゆっくりと息を吐く。
「……ええ」
今、ここで掘れば、きっと何かが壊れる。
本物のミアの秘密――。
私は背を向けた。
森を出る直前、振り返る。
月明かりの下、崩れた土は白く浮かんでいた。
まるで、何かが呼んでいるようにみえた。
私は後ろ髪をひかれたが、仕方なく歩き出した。
城へと戻る。
今は、まだ死にたくはないから……。
◆◆◆
森に、再び足音が響いた。
はぁ、はぁ、と荒い呼吸。
「……ミア?」
森に誘われ月光の中へ現れたのは、王子だった。
場違いなほど、輝くブロンド。
父親譲りの女性うけする優男顔。
王子は、外套も羽織らず、ただ焦燥だけを纏っている。
「どうして……」
誰に向けたものでもない呟き。
侍女から報せを受けたのだ。
あの令嬢が森に向かっている、と。
王子は足早に崩れた場所へ向かう。
そして、立ち止まった。
「……っ」
視線が、地面に落ちる。
崩れた土……。
その隙間から、白いものが、わずかに覗いている。
最初は、小枝だと思った。だが違う。
細い……不自然なほど、滑らかで。
月光を受け、静かに光っている。
王子の喉がごくりっと鳴った。
ゆっくりと、膝をつくと、震える手で土を払う。
さらり、と土が崩れ落ちる。
そこに現れたのは――人の手の指の骨。
「ひっ!」
慌てて手を引っ込めた。
細く、小さな、女性のもの――。
その薬指には、何もない。
けれど王子は確信していた。その指の持ち主を。
かつて、恋い焦がれたあの娘のものだ。
「……嘘だ」
掠れた声が、森に溶ける。
「これは……違う……。そんなはずはない!」
否定するように、さらに土を払う。
だが、骨は確かにそこにある。
逃れられない、現実として。
森が王子の脳裏に、ミアの記憶を呼び覚ます。
月明かりの森。
あれは、私の誕生日パーティーの夜。
二人で会う約束をしていた――。
『うれしい』
と涙を浮かべながら、それでも笑った娘。
『もし、私がいなくなったら』
冗談のように言った言葉。
『貴方は探してくださいますか?』
「どうして。そんなことを聞く?」
ミアは、答えなかった。
いや、答えられなかった。
約束したあの夜。
私の誕生日パーティーの夜。
城から出られなくなった。
“国のため”という名目で。
私になんの前触れもなく……、聖女との婚約が、急遽発表されたのだ。
この国では、聖女が絶対的な権力をもつ――。
森へ向かおうとするたび、止められた。
護衛に。側近に。
そして――自分自身の弱さに。
「……私の、ミア」
掘り出された指先に、月光が落ちる。
王子の影が、その上に重なる。
「う、うそ……だ……!」
本当に、ミアが埋められているのか?
「わたしの……最後の希望……。わたしの天使……」
苦しみで言葉が続かない。
風が強く吹いて、森がざわめいている。
まるで、責めるように。
王子は、震える手を伸ばしかけ――止めた。
触れてしまえば、認めることになる。
これは事故ではない!
パキッ。
そのとき、背後で、枝が折れる音がした。
王子は、はっと振り返る。
闇の奥に、人影。
月明かりが届かない位置だ。
だが、そこに“誰か”がいる。
「……誰だ?」
低く問うたが返事はない。
ただ、わずかな衣擦れの音。そして逃げる気配。
王子は立ち上がる。
ふらりふらりと、踏み出した。
「……わたしは、何も信じない」
霧が出てきて、森は王子の姿を隠した。




