↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
30/73

30話

「……戻りましょう」


 ヴィクトルの声は、これ以上踏み込ませない強さを帯びていた。

 私はしばらく崩れた土を見つめていたが、やがてゆっくりと息を吐く。


「……ええ」


今、ここで掘れば、きっと何かが壊れる。


本物のミアの秘密――。


私は背を向けた。

森を出る直前、振り返る。

月明かりの下、崩れた土は白く浮かんでいた。

まるで、何かが呼んでいるようにみえた。

私は後ろ髪をひかれたが、仕方なく歩き出した。

城へと戻る。


今は、まだ死にたくはないから……。


◆◆◆


 森に、再び足音が響いた。

 はぁ、はぁ、と荒い呼吸。


「……ミア?」


 森に誘われ月光の中へ現れたのは、王子だった。

場違いなほど、輝くブロンド。

父親譲りの女性うけする優男顔。

王子は、外套も羽織らず、ただ焦燥だけを纏っている。


「どうして……」


 誰に向けたものでもない呟き。

侍女から報せを受けたのだ。

あの令嬢が森に向かっている、と。

王子は足早に崩れた場所へ向かう。

そして、立ち止まった。


「……っ」


視線が、地面に落ちる。

崩れた土……。

その隙間から、白いものが、わずかに覗いている。


最初は、小枝だと思った。だが違う。

細い……不自然なほど、滑らかで。

月光を受け、静かに光っている。

王子の喉がごくりっと鳴った。

ゆっくりと、膝をつくと、震える手で土を払う。

さらり、と土が崩れ落ちる。

そこに現れたのは――人の手の指の骨。


「ひっ!」


慌てて手を引っ込めた。

細く、小さな、女性のもの――。

その薬指には、何もない。

けれど王子は確信していた。その指の持ち主を。

かつて、恋い焦がれたあの娘のものだ。


「……嘘だ」


 掠れた声が、森に溶ける。


「これは……違う……。そんなはずはない!」


否定するように、さらに土を払う。

だが、骨は確かにそこにある。

逃れられない、現実として。

森が王子の脳裏に、ミアの記憶を呼び覚ます。


月明かりの森。

あれは、私の誕生日パーティーの夜。

二人で会う約束をしていた――。

『うれしい』

と涙を浮かべながら、それでも笑った娘。


『もし、私がいなくなったら』


 冗談のように言った言葉。


『貴方は探してくださいますか?』


「どうして。そんなことを聞く?」


ミアは、答えなかった。

いや、答えられなかった。


約束したあの夜。

私の誕生日パーティーの夜。

城から出られなくなった。

“国のため”という名目で。


私になんの前触れもなく……、聖女との婚約が、急遽発表されたのだ。

この国では、聖女が絶対的な権力をもつ――。


森へ向かおうとするたび、止められた。

護衛に。側近に。

そして――自分自身の弱さに。


「……私の、ミア」


 掘り出された指先に、月光が落ちる。

王子の影が、その上に重なる。


「う、うそ……だ……!」


 本当に、ミアが埋められているのか?


「わたしの……最後の希望……。わたしの天使……」


苦しみで言葉が続かない。

風が強く吹いて、森がざわめいている。

まるで、責めるように。

王子は、震える手を伸ばしかけ――止めた。

触れてしまえば、認めることになる。

これは事故ではない!


パキッ。


そのとき、背後で、枝が折れる音がした。

王子は、はっと振り返る。

闇の奥に、人影。

月明かりが届かない位置だ。

だが、そこに“誰か”がいる。


「……誰だ?」


低く問うたが返事はない。

ただ、わずかな衣擦れの音。そして逃げる気配。


王子は立ち上がる。

ふらりふらりと、踏み出した。


「……わたしは、何も信じない」


霧が出てきて、森は王子の姿を隠した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。