3話
ここがどのくらい広い森なのか分からない。迷子になりそうだ。
後で元の場所にちゃんと帰ってこられるように何か目印になるようなものはないか? とキョロキョロしながら進んでいくと、木の下に赤い立派な傘を広げたキノコ達を発見した。
これを道すがらちぎって落としていこう!
ファンタジーの世界だなぁ、としみじみ思いながら、キノコの傘をちぎっては森に落としていく。
どれくらい歩いて来たのかな……?
時計がないので経過時間は分からなかったが、三十分はゆうに経ってるような気がした。
なんとか私はあの小さな灯りを頼りにその場所までたどり着いた。
驚いたことに、その小さな灯りは木の枝にぶら下がっていた。
いや、灯りが勝手に枝にぶら下がっているのではなく、ランタンがぶら下がっているのだ。
「アンティークだなぁ!」
私は感嘆の声を上げた。
ゲームの中だと分かってはいても、いちいち感動してしまう。
そのランタンは、現代では見ることのない代物で鉄製の持ち手がついており、同じく鉄製のフレームにはすりガラスが嵌め込まれていてその中に蝋燭の火が瞬いていた。
当時はそれが主流なのだろうが、現代人の私にはとても珍しく感じた。
その温かなオレンジ色の火に私は近付いていった。まるで光に魅せられた蛾のように。
ーーだが、
「ひぁあっ!!!!」
足を一歩ランタンへ向かって踏み出した途端、私の片足は空をかいた。
身体は完全にバランスを崩し、前のめりで気味に落下した。
そこに落とし穴があったのだ。
私は穴の底でおでこと鼻を強打した。ついでに膝頭もかなり痛い。
「誰よっ! こんなところに穴を掘るなんて!!」
私は流石にキレた。
普通、こういった危険な場所には立ち入り禁止のポールやらロープやらで囲まれていて、他の人が入れなくしてあるのもだ。
この穴がもし土じゃなく、コンクリートで出来ていたらと考えただけでもゾワッとする。
穴に落下した拍子に、打ちどころが悪くて亡くなることも大いに有り得るのだ。
取りあえず、この穴が土で出来ていて良かった!!
そう思わずにはいられない。
私は悪態をつきながら、穴の底で四つん這いになると上体を起こした。
落ちた穴はそれほど深くはなかった。
そして、おやっ? と思った。
「この形って……!?」
今気付いたのだが、この穴は長方形をしていた。穴の深さは私のアパートの風呂場にある浴槽と同じぐらい。
この穴は何なの――??
偶然にも死体を埋める為の穴を欲している時に、ふってわいたかのような最適な穴を見つけた。
天の恵み……?
自分で穴が掘れないのなら、この穴を利用しない手はない。
だけど、誰が何のために準備していた穴なのだろう?
不可解な穴であることは間違いない。
灯りのついたランタンがあるなら、穴を掘った人物も周りにいそうなものだが見当たらなかった。
……どうする??
少しの間、私は考えを巡らせた。
これはゲームの世界だし、悩んでも仕方ないや……。さっさとミアの死体を運んでこの穴に埋めてしまおう。
私は穴から出ると、森に落としてきたキノコの欠片を辿ってミアのいる場所まで戻っていった。
ミアと肩を組み、よろけながらも死体を運んだ。
こんな時はミアの死体が自分で穴まで歩いて行ってくれたら、どんなに楽だろうかと思った。
魂の抜けた人の身体はこんなにも重いものなのかとつくづく思い知らされたのだ。
運ぶだけで玉のような汗がやいてくる。
そして、私は先ほど見つけた丁度良い穴にミアを寝かせると、その上にどんどん土を被せていった。
ミアの姿が完全に隠れてしまうと、もう私の中にあったささやかな罪悪感は消え失せていた。
「ふぅ……、疲れたなぁ」
その場にどっこらしょ、と座り込む。
大好きなゲームの世界へ転生したというのに、初っぱなから悪役令嬢を殺してしまい、森に埋めるという後味の悪いことばかりをしてきている。
おそらく、自分はこのゲームの主人公に転生してはいない。
ゲーム中の主人公のイベントにこんな場面はないからだ。
……主人公ではないとすると、私は一体誰に転生したのだろう??
私はゲームに出てくる女性キャラの顔を順に頭に思い浮かべてみた。
「鏡でもあれば、すぐに分かるのに」
こんな森の中に民家さえ見当たらないのに鏡なんて物があるはずもない。
それに、中世の頃は鏡も高級品だったはずだから、そうそう巷でお目にかかれないだろう。
せめて小川でもなればな。自分の姿が見れるのに。
そう思うのにすぐには見れそうになかった。
中世って不便なことばっかり……。
私はため息をついて項垂れるしかなかった。
ーーパキッ、
私はハッとした。
遠くの方で地面の小枝か何かを踏みしめたような音がした。灯りを見つけて人がこちらに向かってきているようだ。
私の心はざわついた。
ミアの死体は完全に埋めてしまったが、この状況を人に見られたくない。
慌てて立ち上がると枝にぶら下がっているランタンをこじ開け、息をふいて蝋燭の火を消した。すると、スッと暗闇の幕が下りた。
近くの茂みに姿を隠して、私はそっと耳をそばたてる。
サクッ、サクッ、と地面を踏む音がどんどんこちらへ近づいてくる。誰かがこちらに向かってきているのは間違いなかった。
勝手に胸がドキドキと鳴る。
誰だろう? 私でも分かるゲームキャラだといいけれど……。
拝むような気持ちで、その人物が姿を現すのを待った。




