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28話

 ヴィクトルの声がした方向へ駆けつけると、

彼はすでに一人の人物を地面に押さえつけていた。


「離しなさい……!」


 かん高い、女の声。

月明かりに照らされ、フードが外れる。

現れた顔を見て、私は目を見開いた。


「あなたは……?」


 赤毛に白い頬にはソバカスがある。


(うちにこんな人いたかしら?)


 私は首をかしげる。

 すると、ヴィクトルが教えてくれた。


「彼女は、聖女の侍女です。王宮で何度か見かけたことがある」


 ヴィクトルが侍女に目をむける。

 常に聖女の一歩後ろに控えている、控えめな女。


「聖女の侍女が、どうして、ここにいるの?」


 侍女は唇を強く噛み、答えない。

 ヴィクトルの声が冷える。


「偶然、とは言わせません」


「……っ」


 彼女の視線が、私の腕の中の木箱へ落ちる。

一瞬、ほんの一瞬だが、明確な動揺が走った。


(この人は、知っている)


 私は確信する。


「この森に、何があるのか知っているのね?」


 沈黙……代わりに、震えた声が漏れる。


「……それを、掘り起こしてはなりません」


 空気が凍る。


「なぜ?」


「それは……」


 侍女は、ゆっくりと顔を上げた。


「聖女様の御身に関わります」


 ヴィクトルの指先に力が入る。


「どういう意味です?」


「王子殿下は、聖女様と婚約されたばかり。今さら、過去のことが掘り返されれば――」


「過去?」


 私は一歩近づいた。


「何の過去?」


 侍女は、観念したように目を閉じる。


「王子殿下は……この森で、ミア様とお会いになっていましたでしょう?」


 心臓が強く打つ。

――やはり。何かあるとは思っていた。でも……。


「それを、聖女は知っているの?」


「……知っています」


 静かな肯定。


「ですが、聖女様はお優しい。婚約は国のため。過去の情は一切問わないと」


(情って?)


 つまり、本物のミアと王子は――

 ただの政治的接触ではない。

そこまで考えた瞬間、侍女の声が鋭くなる。


「でも!」


「……?」


「王子殿下は、あの夜を最後に森へは来られなかった」


「どういうこと?」


 侍女の視線が、ゆっくりと地面へ落ちる。


「“来られなかった”のです」


言い直した。

来なかった、ではない。来られなかった。


「誰が、止めたの?」


私の問いに、侍女は答えない。

だが、その沈黙こそが答えだった。

ヴィクトルが低く告げる。


「つまり、あの夜、王子殿下は森へ近づけなかった」


「ええ」


「そして、あなたはそれを確認しに来た」


 侍女の肩が震える。


「……もし、あの証拠が残っていたら」


「聖女が困る?」


「違います!」


 初めて、彼女が声を荒げた。


「困るのは、王子殿下です!」


 森に沈黙が落ちる。

私は、腕の中の木箱を見下ろした。


王子の紋章に、裂かれたドレスの布。

そして――森に埋められているはずの、本物のミア。


「ねえ」


私は静かに言った。


「あなたは、ここに、何が埋まっているか、知っているの?」


侍女の顔色が、さっと変わる。


「……私は、何も」


だが遅い。今の反応で、確信した。

彼女は、知っている。

この森に、ただの思い出以上のものが埋まっていることを。

風が強く吹き抜ける。

ヴィクトルの声が、低く落ちる。


「ミア様。この者は、屋敷へ連れて帰りますか」


私はしばらく考え――

首を横に振った。


「いいえ。帰しなさい」


「……」


「その代わり、伝えて」


私は侍女をまっすぐ見た。


「私は、掘るわ」


「……!」


「過去も、証拠も、全部!」


侍女の唇が震える。


「それは……聖女様への宣戦布告になりますよ」


私は、静かに笑った。


「なら、受けて立つわ」


月明かりの下。

森は、完全に敵の領域になった。

そして私は、勢いよく足を踏み入れたのだ。


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