27話
夜が更けてから、私とヴィクトルは屋敷の裏口から森へ向かった。人目を避けるためだ。
「夜に森へ行くなんて、悪役っぽいわね……本当に悪役に出会ったりして」
「冗談でも縁起の悪いことはおやめください」
ヴィクトルの声は低い。
本当ならこんな面倒事に巻き込まれたくはないはずだ。
私だって、本当のミアが埋まっている森へなんて行きたくはない。でも、裂かれたドレスの謎を放置しておくこともできない。
だって、王子誕生日パーティーで着ていたドレスがなくなったと、周りに知られたら死刑!?
(たかが、ドレス一着で死にたくないわ!)
そういうことで、鼻息荒く、私は森へ行くことに決めたのだ。
月明かりだけが、足元を照らしている。
(本物のミアも、こんなふうに歩いたのかしら)
胸の奥がざわついた。
でも、私にはここの思い出はない。
あるのは、他人のミアの記憶だけ。
森の奥へ進む。
人狼のヴィクトルは、夜目も鼻もきく。
普通の人間なら夜の森などはいったら、迷ってしまうだろう。
(ほんと、下僕をしているのが勿体ないほど、完璧なんだよね。)
前を進むヴィクトルが足を止めた。
「こちらです」
踏み分けられた草。
わずかに窪んだ地面。
「誰かが、繰り返し立っていた形跡があります」
私はしゃがみ込み、地面を触れた。
――ずいぶん、固い。
だが一箇所だけ、わずかに土の感触が違う。
「ここ、柔らかいわ」
ヴィクトルが目を細める。
「……最近掘り返された形跡ではありません」
「でも、何かを埋めた跡みたい」
私たちは無言で土を掘り始めた。
やがて、指先に硬いものが触れる。
「……箱?」
出てきたのは、小さな木箱だった。
装飾も何もない、簡素なもの。
だが、鍵は壊されていない。
「開けます」
ヴィクトルが慎重に蓋を持ち上げる。
中に入っていたのは――青い布切れ。
そして、小さな金の紋章の指輪。
「なにこれ!?」
私は息を止めた。
(指輪に紋章が……?)
「これは、王家の紋章ですね」
「王家の紋章ですって!?」
ヴィクトルが静かな声で教えてくれる。
――王家の紋章。
「正確には……王子個人が身につける、私的な装身具に刻まれる印です」
「確か、王子は、聖女と婚約したばかりよね?」
「はい」
――それなのに。ミアの手元に王子の指輪があった?
「これは……偶然ではありませんね」
ヴィクトルの声が、氷のように冷える。
「指輪の匂いは、王子殿下と一致します」
「つまり、本物の指輪」
森で、王子と会っていた可能性が高い。
月明かりが、金の紋章を鈍く照らす。
私はゆっくりと息を吐いた。
「ねえ、ヴィクトル」
「はい」
「もしこれが密会の証拠なら、どうして埋めたのかしら」
彼は即答しない。
「おそらく、隠すためではありません」
低く、重い声。
「……守るためでしょう」
「誰を?」
沈黙。王子か。それとも――ミア自身か?
そのとき。
風が強く吹き、木々がザワッと揺れた。
ヴィクトルの視線が、鋭く森の奥を射抜く。
「……誰かいます」
「だれ?」
私の背筋が凍る。
次の瞬間、遠くで枝が折れる音がした。
私たちは同時に振り向く。
闇の向こうに、人影が揺れた気がした。
「追ってみます」
すぐさまヴィクトルが駆け出した。
「待って、ヴィクトル!」
だが彼はもう走り出している。
私は、足元の木箱を見下ろした。
青い布切れは、あの夜のドレスの裏地と同じ色。
つまり……ドレスは裂かれたのではない。
“証拠を残すために裂かれた”。
そしてこの箱は――、
誰かが、後から掘り出すことを前提に埋められている。
(本物のミアは……何を残そうとしたの?)
闇の奥から、鋭い声が響いた。
「――ミア様!」
ヴィクトルの声。
ただ事ではない。
私は箱を抱え、森の奥へ駆け出した。




