26話
追憶……。
――森の中であの子と待ち合わせ。
なんて、わくわくするこどだろう!
あの子と会えると思うと、私は、夜も眠れず、まるで、クリスマスを待ち遠しく思う小さな子どもみたいに、指折り心待ちにしていた。
このウェンティン王国では、聖女が絶対的存在価値をもっている。
かくゆう、私の母も、昔は聖女だった。
町の屋台で果物を売っていた母は、28歳の時に、突然神より天啓を賜り、聖女となった。
――聖女の力は国家の礎となる。
国中で、聖女の誕生を喜ぶ祭典が連日催され、母は当時の王子、私の父と結婚した。
果物売りの一般人から、いきなり聖女となり、王妃へ……! なんて羨ましいのだろう!
このシンデレラに、国民から羨望と少しばかりの嫉妬がまざっていたころ。
しかし、聖女になった母は、これっぽっちも嬉しくはなかった。むしろ、絶望していた。
当時の母は結婚をしていた。
愛する夫と、幼い娘がすでにいた。
慎ましくも幸せな暮らしは一変し、聖女となった母は、家族から引き離された。
聖女となった以上、一般人の暮らしはできなかった。
国からは聖女の力を期待され、国民の前では泣くことも、不満を言うことも許されず……随分と辛い思いをしてきたそうだ。
そんな母と結婚した父は、当時19歳。
王立アカデミーを卒業したばかりで、輝くプラチナブロンドに、端正な顔をしていた父は、周りの淑女も放ってはおかず、頻ぱんに女性をとっかえひっかえするような女好き。
そんな二人の気が合うはずもなく、無理やり結婚させられた。
気高き王族として育てられた若き父は、年増でなんの教養も美貌も持ち合わせていない母を軽蔑していた。
対する母も、年下で頼りがいもなく、自分を常に冷たく見下してくる父を好きになれなかった。
周りの期待は大きく、冷たい結婚生活を送っていたが、数年後には私が生まれた。
――私は、母からも、父からも、愛されたことはない。
両親は、いつも、自分達のことで忙しく、顔を合わせるのも年に数回のみ。
会ったら会ったで、まるで、忌々しいものを見る目つきで私をみた。
私は、ただ、王子として生まれた。
はたからみれば、恵まれていることだろう。
王族としてなに不自由のない暮らし。
父から譲り受けた、若い頃の父にそっくりな美貌。
それをずっと嫌悪している母。
私もまた、父と同じく、聖女が現れたら、国のために聖女と結婚をしなければならないのだろう。
(肩書きだけ異様に大きく、誰にも愛されない……私のようなものが、また生まれてくるのだろうか?)
しかし、祖父の時のように聖女が現れない場合ももちろんある。
そうしたら、大貴族の娘と結婚をすることになるのだろう。
王族・貴族にとって結婚は政略でしかない。
愛など持ち合わせようもないことは、わかりきっていた。だから、どちらに転ぼうが、私には関係ない。
この牢獄のような孤独が癒える日は、永遠にくることはないのだから……。
――そんな時、あの子に出会った。
いや、幼き頃、王宮で一度だけ顔を合わせたことはあった。
親に手を引かれ、新年の挨拶をしに来た。
長いブロンドに、まだ幼さの残るぷっくりした頬。
少しつり上がった大きな瞳。
幼いなりに、気品と愛らしさをもっていた。
2度目にあったのは、最近のこと……10年ほどたった、クルーデンス公爵のパーティー会場でだった。
成長した彼女は、眩い光を放っている蝶のように艶やかで美しくなっていた。
一目で心を動かされた。
こんな経験ははじめてだった。
彼女の名前は、ミア・フォルトナー。
私の最愛で、最高な人。




