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23/73

23話

 ヴィクトルは、ミアと別れたあと、一人で屋敷の奥へ向かった。

向かった先は、衣装部屋でも、使用人の控室でもない。


――厩舎の裏。その先は、森へと続く細い道。


 そこは、貴族の令嬢が夜中に足を踏み入れるような場所ではない。だが、彼は知っていた。


(ミア様は……“時折”ここを通っていた)


 それは、以前から気になっていた些細な違和感だった。夜番の下男が、何気なく漏らした言葉。


『たまに、金髪女性の後ろ姿を見た気がするんです。月が明るい夜で……でも、夜更けに女性が通るはずもないし、気のせいかと』


 当時は、誰も深く追及しなかった。

貴族の屋敷では、噂は噂のまま消える。


 だが今なら――。


 ヴィクトルは、地面に残る微かな痕跡に目を凝らす。草が、不自然に踏み分けられている。

最近のものではないが、繰り返し通った形跡。


(ミア様は、夜中に一人で……森へ?)


脳裏に浮かぶのは、“悪役令嬢ミア・ウォルター”としての、かつての姿。


人目を避け、秘密を抱え、誰にも知られず、誰かに会いに行っていたとしたら?


――そして、その夜。

王子の誕生パーティーの夜。

破れたドレス。

ミア様の部屋から出てきたフードの人物。


(もし……)


もし、うぐみと“入れ替わる前のミア様”が何かを隠していたとしたら。

もし、その秘密が露見するのを恐れていたとしたら。ヴィクトルは、拳を握りしめた。


(いや……これも憶測でしかない。)


証拠はない。

今のミア様は、あまりにも違う。

歯に衣せぬ発言、遠慮がなく、身分を気にせず、

使用人でも対等に扱う。

あの頃のミア・ウォルターとは、まるで別人だ。


(それでも……)


“別人のようだ”と感じていること自体が、すでに異常なのだ。ヴィクトルは、森の奥を見つめながら、静かに息を吐いた。


(この件は、私一人で確認する。)


 今のミア様には、言わない。

疑いも、可能性も、仮説も。

彼女が、真実を知らない“今”が、

最も安全であると――ミアの下僕として、判断した。


 闇の中、風が葉を揺らす。

まるで、誰かがこちらを見ているかのように。


 ヴィクトルは背を向け、屋敷へ戻った。

その胸に、決して口にしてはならない疑念を抱えたまま。


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