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19話

「……ない、ですね」


 仕分けを終えたドレスの山を前に、ヴィクトルがぽつりと呟いた。


「ない?」


 私は軽い気持ちで聞き返す。


「なんど確認しても、目録と数が合いません」


 その一言で、空気が変わった。


「……数が合わない?」


「はい。こちらをご覧ください」


 ヴィクトルは一冊の分厚い帳簿を差し出した。

金箔押しの表紙。いかにも「由緒正しい家の大事な帳簿」って感じがする。


「ドレスの目録です。保管場所、着用日、着用した催し、すべて記録されています」


「へぇ……管理、ガチだね」


 ざっと目を通すと、気が遠くなるほど細かい。

私なら三日で投げると思う。

ヴィクトルはその中の一行を指差した。


「こちら。先日の王子殿下の誕生パーティーで着用されたドレスです」


「王子の……?」


 心臓が、きゅっと縮んだ。

これはミアじゃなくて、私の体なのにどうしてだろう?


「色は?」


「淡い月白色。銀糸の刺繍、背中が編み上げ式。――ですが」


 ヴィクトルは衣装部屋を見回す。


「そのドレスが、どこにもありません」


「……ない」


 私は反射的に、仕分け済みの山を見た。

いる、いらない、流行遅れ、売却予定。

どこにも、そんな説明に合うドレスはない。


「売る方に混ざったとか?」


「いいえ。あのドレスは“売却不可”です」


 きっぱり言い切られる。


「王子殿下の目に触れた衣装です。万が一、外に流れれば問題になります」


「……じゃあ、汚れたりして処分したとか?」


「ありえません」


 即答だった。


「ウォルター家の令嬢が、公式行事で着たドレスを勝手に処分することはない」


 私はごくりと喉を鳴らす。


(つまり――)


「最初から、ここに無い?」


「その可能性が高いですね」


 ヴィクトルは静かに頷いた。


「最後に確認されたのは、パーティー翌日。洗濯後、この衣装部屋に戻された記録があります」


「……じゃあ、そのあと?」


「消えた、ということになります」


 言葉にした瞬間、背中がひやりとした。

誰が? いつ? 何のために……!?


「ねえ……それ、ミアがやりそうなこと?」


 私は探るように聞いた。

ヴィクトルは少しだけ考え、首を横に振る。


「いいえ。ミア様は、あのドレスを気に入っていらっしゃいました」


「気に入ってた?」


「はい。珍しく」


――嫌な予感しかしない。


「じゃあ、誰かが盗んだ?」


「断定はできません。ただ……」


 ヴィクトルは声を潜めた。


「王子殿下の誕生パーティーで着たドレスが消える、というのは、噂になるかもしれない」


「噂に?」


「ええ。“何か不都合なことがあったのでは”と」


「まさかー、それぐらい失くなったって誰も気がつかないんじゃない?」


「いえ、年に一度、執事頭により、衣装も宝飾品にもチェックが入ります」


「そう……」


 ぞわりと肌に鳥肌が立つ。

 悪役令嬢、王子、公式の場、悪い噂。


(どうにも、いやな予感しかしない。)


「ねえ、それ、放置したらどうなる?」


「最悪の場合――」


 ヴィクトルは私を見た。


「噂が広まり、ミア様が、王子殿下に無礼を働いた、という話になります」


 心の中で、鐘が鳴り響いた。

――これ、破滅フラグの匂いしかしない。


「すぐ調べましょ」


 私は即答した。


「心当たりのある関係者は?」


「衣装係、洗濯係、警備……それと」


 ヴィクトルは一瞬、言葉を切る。


「その夜、ミア様の部屋に出入りした者」


 私は笑顔を作った。


「なるほど。身内からってやつね」


 ……笑ってる場合じゃないけど。


「この件、できるだけ内密にできる?」


「はい。ただ、執事頭は私を嫌っておりますので……」


 執事頭がヴィクトルを見るときの目付きを思い出す。邪険にしているのは確かだ。


「そうね。執事頭にはわたしから話すわ」


 私は深呼吸をひとつ。


(はぁ、ドレス一着で処刑とか、笑えないんだけど……)


「じゃあ、まずは衣装係から聞き込みね」


「承知しました」


 ヴィクトルは一礼し、ふと付け加えた。


「ですが、ミア様」


「なに?」


「この件を調べるほど、貴女は“目立ちます”」


 ……知ってる。


「でも、放っておいたら死ぬ気がするの」


 ヴィクトルは、ほんの少しだけ口角を上げた。


「ミア様の口から死ぬなんて言葉が出てくるとは……」


「似合わない、でしょ?」


 私もつられて失笑する。


 こうして私は、消えた一着のドレスをめぐる、

面倒で、厄介で、命がかかった調査に足を踏み入れることになった。


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