↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
18/73

18話

「これで……だいぶ、スッキリしたわね」


 私は満足げに衣装部屋を見渡した。

山のように積まれていたドレスはすっかり整理され、部屋には久しぶりに“床”というものが見えている。


 仕分けはまず「いる」「いらない」から始まり、そこからさらに流行のもの/流行遅れ、高級品/プチプラ、状態が良いもの/傷みが激しいもの、

と細かく分類していった。


「これなら、フリーマーケットパーティーもばっちりね」


「……フリーマーケットパーティー、というのは。まさか、ミア様ご自身が売り子をなさるつもりでは?」


 ヴィクトルの声音が、わずかに低くなる。


「え? そうだけど。それが何か問題?」


 即答した私に、彼は露骨に険しい顔をした。


「何度も申し上げますが、貴女はそこらの貴族令嬢ではありません。ウォルター家の令嬢が商人の真似事などすれば、家名に傷がつきます」


「……なんだか、執事頭みたいなこと言うわね」


「フンッ。ご冗談を」


 鼻で笑われ、氷点下のような視線を向けられる。

(ひぇぇぇっ!)

慣れているとはいえ、毎回ちょっと心が冷える。


「じゃあ、誰が売り子をやるのよ?」


「それなら、メイドに声をかけては?」


「うーん……」


 私は腕を組んだ。この屋敷のメイドたち。私が確認しただけでも12人はいたと思う。

彼女たちは信用できるのだろうか?

『人殺し!』と書かれた手紙が脳裏をよぎる。

あれを私の部屋に入れたのは、ヴィクトルではなさそうだ。それならメイドかもしれない……。


「正直、まだ信頼関係ができてないのよね。進んでやってくれるとは思えないわ」


「……確かに」


 あっさり同意するな。

私はじっとりと彼を睨みつけた。

整った顔立ち、無駄のない体躯、やたら目を引く美貌。

――その瞬間、私の頭の中で何かがパッと弾けた。


 私にしては、素晴らしい思いつきよ!


「……ねえ」


「なんですか、嫌な予感しかしませんが」


「あなた、売り子やらない?」


「……はい?」


「その顔なら十分客寄せになるし、値切ろうとする客がいたら、ひと睨みで即退散。これ以上の適任、いないと思うの」


「それは褒めているんですか? それとも侮辱ですか?」


「褒めてるわ。悪口に聞こえたなら、ごめんあそばせ」


「…………」


 露骨に嫌そうな目を向けられる。


「無理にとは言わないわ。嫌ならいいの。だから最初から、私がやるって――」


「……いえ。ミア様に売り子などさせられません」


 ヴィクトルは小さく息を吐いた。


「仕方ありません。私がやります」


「ありがとう。そうこなくちゃ!」


 思わず声が弾んだ瞬間、彼の目がさらに険しくなる。


「お礼など、本当のミア様は言わない」


「はぁ?」


(……じゃあ、どう言えば正解なのよ)


「当然という沈黙です」


「じゃあ、感謝の気持ちを表したい時は、どうすればいいわけ?」


「貴族は下僕に感謝などしません……」


「そんなのおかしいでしょ」


 私は半ば本気で怒った。


「お礼の言葉をかけるのに、貴族とか下僕とか身分を持ち出すなんて、どうなってるんだこの社会は!」


「貴方は、大貴族の令嬢をするには、少し単純すぎる」


 哀れなものを見るような目付き。でも、その奥には面白がるような光をたたえたいる。


金色の宝石みたいな瞳。

あー、なんて綺麗なんだろう。


(うぅ、綺麗すぎて、見ていられない……。)


 私は話題を変えることに意識をむける。

コホンッ。とひとつ咳払いをした。


「話をフリーマーケットパーティーに戻すわね。売り子については安心してちょうだい。変装と化粧をすれば、誰にも分からないわ」


「変装……?」


「そう。元がいいから、絶対化粧映えするもの」


 にこにこ言う私に、ヴィクトルは露骨に疑いの眼差しを向けた。


 ――と、その時。


「……なにか、おかしいですね」


 不意に、彼の声の調子が変わった。


「どうしたの?」


 ヴィクトルは手にしていた革表紙の冊子――ドレスの目録に視線を落としたまま、眉を寄せている。


「この前の王子殿下の誕生パーティーで、ミア様が着用されたドレスが……ありません」


「え?」


「間違いありません。深い夜色のブルー、銀糸の刺繍、背中に小さな王家紋章。あれは確かに――」


 彼は棚を一つひとつ確認し、仕分け済みの山にも目を走らせた。


「……どこにもない」


 衣装部屋に、妙な沈黙が落ちる。


「売った覚えも、処分した覚えも……ないわよね?」


「ええ。記録上も、そのような指示はありません」


 ヴィクトルはゆっくりと顔を上げた。


「ミア様。あのドレスは、ただの衣装ではありません。王家の目に留まる場で着用された、重要な一着です」


 胸の奥が、ひやりと冷える。


「……この屋敷から、消えたってこと?」


「可能性は高いでしょう」


 彼は静かに言った。

フリーマーケットの準備で浮かれていた気分が、すっと引いていく。

代わりに残ったのは、はっきりとした違和感だった。


(ミアを演じるって……思っていたより、ずっと厄介なのかもしれない)


 それでも――私は、なぜか少しだけワクワクしている自分に気づいてしまった。

面倒で、危なくて、それでも目を離せない。

この「悪役令嬢」という役を。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。