18話
「これで……だいぶ、スッキリしたわね」
私は満足げに衣装部屋を見渡した。
山のように積まれていたドレスはすっかり整理され、部屋には久しぶりに“床”というものが見えている。
仕分けはまず「いる」「いらない」から始まり、そこからさらに流行のもの/流行遅れ、高級品/プチプラ、状態が良いもの/傷みが激しいもの、
と細かく分類していった。
「これなら、フリーマーケットパーティーもばっちりね」
「……フリーマーケットパーティー、というのは。まさか、ミア様ご自身が売り子をなさるつもりでは?」
ヴィクトルの声音が、わずかに低くなる。
「え? そうだけど。それが何か問題?」
即答した私に、彼は露骨に険しい顔をした。
「何度も申し上げますが、貴女はそこらの貴族令嬢ではありません。ウォルター家の令嬢が商人の真似事などすれば、家名に傷がつきます」
「……なんだか、執事頭みたいなこと言うわね」
「フンッ。ご冗談を」
鼻で笑われ、氷点下のような視線を向けられる。
(ひぇぇぇっ!)
慣れているとはいえ、毎回ちょっと心が冷える。
「じゃあ、誰が売り子をやるのよ?」
「それなら、メイドに声をかけては?」
「うーん……」
私は腕を組んだ。この屋敷のメイドたち。私が確認しただけでも12人はいたと思う。
彼女たちは信用できるのだろうか?
『人殺し!』と書かれた手紙が脳裏をよぎる。
あれを私の部屋に入れたのは、ヴィクトルではなさそうだ。それならメイドかもしれない……。
「正直、まだ信頼関係ができてないのよね。進んでやってくれるとは思えないわ」
「……確かに」
あっさり同意するな。
私はじっとりと彼を睨みつけた。
整った顔立ち、無駄のない体躯、やたら目を引く美貌。
――その瞬間、私の頭の中で何かがパッと弾けた。
私にしては、素晴らしい思いつきよ!
「……ねえ」
「なんですか、嫌な予感しかしませんが」
「あなた、売り子やらない?」
「……はい?」
「その顔なら十分客寄せになるし、値切ろうとする客がいたら、ひと睨みで即退散。これ以上の適任、いないと思うの」
「それは褒めているんですか? それとも侮辱ですか?」
「褒めてるわ。悪口に聞こえたなら、ごめんあそばせ」
「…………」
露骨に嫌そうな目を向けられる。
「無理にとは言わないわ。嫌ならいいの。だから最初から、私がやるって――」
「……いえ。ミア様に売り子などさせられません」
ヴィクトルは小さく息を吐いた。
「仕方ありません。私がやります」
「ありがとう。そうこなくちゃ!」
思わず声が弾んだ瞬間、彼の目がさらに険しくなる。
「お礼など、本当のミア様は言わない」
「はぁ?」
(……じゃあ、どう言えば正解なのよ)
「当然という沈黙です」
「じゃあ、感謝の気持ちを表したい時は、どうすればいいわけ?」
「貴族は下僕に感謝などしません……」
「そんなのおかしいでしょ」
私は半ば本気で怒った。
「お礼の言葉をかけるのに、貴族とか下僕とか身分を持ち出すなんて、どうなってるんだこの社会は!」
「貴方は、大貴族の令嬢をするには、少し単純すぎる」
哀れなものを見るような目付き。でも、その奥には面白がるような光をたたえたいる。
金色の宝石みたいな瞳。
あー、なんて綺麗なんだろう。
(うぅ、綺麗すぎて、見ていられない……。)
私は話題を変えることに意識をむける。
コホンッ。とひとつ咳払いをした。
「話をフリーマーケットパーティーに戻すわね。売り子については安心してちょうだい。変装と化粧をすれば、誰にも分からないわ」
「変装……?」
「そう。元がいいから、絶対化粧映えするもの」
にこにこ言う私に、ヴィクトルは露骨に疑いの眼差しを向けた。
――と、その時。
「……なにか、おかしいですね」
不意に、彼の声の調子が変わった。
「どうしたの?」
ヴィクトルは手にしていた革表紙の冊子――ドレスの目録に視線を落としたまま、眉を寄せている。
「この前の王子殿下の誕生パーティーで、ミア様が着用されたドレスが……ありません」
「え?」
「間違いありません。深い夜色のブルー、銀糸の刺繍、背中に小さな王家紋章。あれは確かに――」
彼は棚を一つひとつ確認し、仕分け済みの山にも目を走らせた。
「……どこにもない」
衣装部屋に、妙な沈黙が落ちる。
「売った覚えも、処分した覚えも……ないわよね?」
「ええ。記録上も、そのような指示はありません」
ヴィクトルはゆっくりと顔を上げた。
「ミア様。あのドレスは、ただの衣装ではありません。王家の目に留まる場で着用された、重要な一着です」
胸の奥が、ひやりと冷える。
「……この屋敷から、消えたってこと?」
「可能性は高いでしょう」
彼は静かに言った。
フリーマーケットの準備で浮かれていた気分が、すっと引いていく。
代わりに残ったのは、はっきりとした違和感だった。
(ミアを演じるって……思っていたより、ずっと厄介なのかもしれない)
それでも――私は、なぜか少しだけワクワクしている自分に気づいてしまった。
面倒で、危なくて、それでも目を離せない。
この「悪役令嬢」という役を。




