15話
翌朝目を覚ますと、やはり私はミアの姿のまま、フォルトナー家の立派なお屋敷にいた。
(……やっぱり、夢じゃない、よね)
はぁ~と小さくため息をつく。
姿鏡の前には、ファイアレッドのドレスに身を包んだ金髪の美少女が、困ったような顔で立っていた。
鮮烈な赤は目を引くが、背中は大きく開き、どうにも落ち着かない。
「まあ~! とってもお似合いですわぁ、ミア様ぁ~!!」
背後からやたらと陽気な声が飛んできて、私はびくりと肩を震わせた。
振り返ると、銀髪ロングのカツラをかぶった中年の女性が、にゅっと顔を覗かせている。
面長で馬面、白粉を厚く塗り、左目の下には星形のつけボクロ。
どう見ても服飾商人というより、道化師だ。
「今年の流行色、ファイアレッド! これほどお似合いになる令嬢は、なかなかおりませんのよぉ~!」
「……そ、そうかしら」
私はぎこちなく笑った。
今日は月に一度の、服飾ギルドの訪問日らしい。
ミアは毎回、新作ドレスや宝飾品を勧められるまま購入していたという。
(お金持ちって、すごい……)
動かなくても、向こうから商品と人がやって来る。
しかも、選ばず全部買う。
その事実を、朝ヴィクトルから聞いていた。
視線をやると、彼はいつものように部屋の隅、ドアの横で気配を消して立っている。
『悪い話じゃない』
昨夜の彼の言葉が、ふと脳裏をよぎった。
確かに——ミアでいれば、こんなドレスも宝石も、望まずとも手に入る。
前世の私は、白シャツに黒ズボン。
仕事が終わればそのまま眠るだけの毎日で、服にお金をかける余裕も気力もなかった。
(……少しくらい、楽しんでもいいのかな)
「では次はこちら! リラックスグリーンのドレスはいかがでしょう!? 胸元のレースが、とても可愛らしいのです!」
「じゃ、じゃあ……試着を」
「はいっ、喜んでぇ~!」
商人は手際よくドレスを脱がせ、新しいものを着せる。
さすが、慣れた動きだ。
再び鏡の前に立ち、スカートを軽く持ち上げる。
(……こっちの方が、落ち着く)
色味も柔らかく、胸元のレースも上品だ。
「いかがでございましょう?」
私は答えず、別の人に視線を向けた。
「ヴィクトル、このドレス……どう思う?」
突然振られて、彼は一瞬目を瞬かせたが、すぐにいつもの表情に戻る。
「……ファイアレッドより、こちらの方がよくお似合いです」
「なっ!?」
商人が裏返った声を上げた。
「下僕の分際で、何が分かるというのです!」
「率直に申し上げただけです。ファイアレッドは派手すぎて、少々下品に見えます」
「黙りなさい!! 下僕の分際で今期の流行色を侮辱する気!?」
商人は顔を真っ赤にして怒鳴る。
「ミア様ぁ~、こんな者の意見など聞く必要はありませんわぁ~」
猫なで声で、私にすり寄ってくる。
「……そうね」
私は一度、頷いた。
商人は勝ち誇ったように、ヴィクトルを睨みつける。
「では、いつものように、本日お持ちした品は全て——」
その瞬間。
彼の指に光る、大きなダイヤの指輪が目に入った。
(……この人、ずいぶん儲かってる)
頭が、すっと冷えた。
「全部はいらないわ。このリラックスグリーンのドレスだけでいい」
「は……?」
「他は不要よ」
「ど、どうしてです、ミア様!?
今までそんなこと——!」
「着ないものを買っても意味がないでしょう」
私はきっぱり言った。
「それに、宝飾品も十分すぎるほどあるわ」
実はミア専用の衣装部屋は三つ、宝飾品の部屋が二つもある。どこも埋め尽くされるほど物であふれていた。今それを思い出した。
「それから、毎月来なくていいわ。
必要な時はこちらから伺います」
「そ、そんな……!」
商人は蒼白になり、縋りつこうとする。
「くどいですわ」
私は低く言い放った。
「あと、二度と、“下僕の分際で”なんて言わないで。聞くだけで不愉快よ」
「ミア様ぁぁ——!」
スカートを掴まれる前に身を翻し、部屋を出た。
胸の奥が、ちりちりと熱い。
(……なんで、こんなに腹が立つんだろう)
廊下を歩く私の後ろから、足音が追いついてくる。
「あれで、良かったのか?」
ヴィクトルだった。
「ええ。あの赤いドレス、たぶん売れ残りよ。流行色でも、品がないなら選ばれないでしょ。それを分かってて勧めてきたなんて、バカにしてるわ!」
彼は目を丸くした。
「……どうかした?」
「いや……何でもない」
視線を逸らした彼の口元が、ほんのわずかに緩んだ気がした。
それは、主人にむける強制的な忠誠ではない。
でも、まだ“個人の意志”とも呼べない——
その、はざまの表情だった。




