↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
14/73

14話

「ハネ……ウグミ……?」


 ヴィクトルは、片言のような発音で私の名をなぞった。言い慣れない響きに舌が戸惑っているのが分かる。


「そう。それが前世での私の名前。この世界とは違う場所で生まれて、過労で死んで……それから、この世界に来た」


「……てん、せい……?」


 理解できない単語の連なりに、彼は眉を寄せる。


「生まれ変わり、ってこと」


 その言葉に、彼はしばし黙り込み——やがて、納得したとも、していないとも取れる曖昧な表情を浮かべた。


「……ミア様は、どこかで頭でも打ちましたか?」


(ガックリ……)


 ほんの一瞬でも、信じかけてくれた気がした私が甘かった。

彼の視線には、警戒と——わずかな憐れみが混じっている。


分かってる。普通は信じられない。


「信じなくていい。でも、嘘はついていないわ」


「…………」


 沈黙が落ちる。

やがてヴィクトルは、低く息を吐いた。


「……なら、ひとつ、提案がある」


「て、提案?」


「取引だ」


 その言い方は淡々としていたが、どこか慎重だった。彼自身が、この言葉を口にするべきか迷っているように見えた。


「あんたには、このまま——ミア・フォルトナーを続けてもらう」


「待って。今の説明、聞いてた? 私はミアじゃないって——」


 私の言葉を制するように、彼は手を上げた。


「本物じゃなくていい……むしろ、その方が都合がいい」


「“都合がいい”って、言い方があるでしょう」


 思わず噛みつくと、ヴィクトルは一瞬だけ視線を逸らした。ほんのわずか——感情を隠す癖が、崩れた瞬間だった。


「誤解するな。俺のためだけじゃない」


 そう言いながらも、彼の声は硬い。


「この屋敷は、ミア・フォルトナーを中心に回っている。彼女が“いない”と知られた瞬間、真っ先に疑われるのは——俺たち使用人だ」


 忠誠。生き延びるための、逃れられない鎖。


「しかし……」


 ヴィクトルは、言葉を切った。

続くはずだった台詞を、飲み込んだように見えた。


「あんたを完全に信じた訳じゃない。だが、前のミア様とは違うのはわかる。このままミアを演じると言うなら——」


 そこまで言って、彼は自分を戒めるように口を閉ざす。


「それに、あんたにも悪い話じゃないだろう。ミアのままでいれば、住む場所も、食い物も、立場も保証される。

……病気で伏せっていると言えば、余計な“婚約話”に、今すぐ巻き込まれることもない」


(婚約……?)


 一瞬、胸がざわついたが、彼はそれ以上触れなかった。


「……考える時間をやる。三日だ」


「条件は?」


「ミアでいること。その代わり、俺が表も裏も支える」


 取引——そう言いながら、決して対等ではない。

けれど、彼の瞳の奥には、命令に従うだけの色とは違う揺らぎがあった。


「三日後の夜、またここへ来る。その時に答えを聞かせろ」



 そう告げると、ヴィクトルは踵を返した。

迷いを振り切るような、早い足取りで。

扉が閉まる音がして、私は一気に力が抜けた。


(……完全に信じた訳じゃない。か)


 それはそうだろう。これだけ容姿がミアそっくりでは、それも無理はない。


 彼もまた、変わろうとしている。

それが分かってしまったからこそ——胸が重い。

私は答えを出せないまま、ベッドに顔を埋めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。