11話
「では、本当に良いのですね? 後になって、やっぱりやーめた、などと仰らないでくださいよ。あとで金を払えと言われても困りますからね」
執事頭は血走った目で、念押しするようにしつこく言ってくる。
「大丈夫よ……疑り深いのね、あなたも」
私はそっと溜め息をついた。真面目なのは分かるけれど、彼と話していると、どうにも気疲れしてしまう。
「先生。彼女の怪我が治るまで、どのくらいかかりますか?」
話題を変えるように医者へ向き直る。
医者はベッドの上の怪我人に視線を落とし、顎に手を当ててしばらく唸った。
「骨が固まるまで、最低でも一か月半。完治となると、四、五か月は見ていただいた方がよろしいでしょう」
腕の骨折なら、それくらいかかっても不思議ではない。どうやらヤブ医者ではなさそうだ。
「分かりました。完治するまで、定期的に診察をお願いします。それから――先ほどお伝えした通り、診察代、薬代、包帯代など、すべて私が支払います」
「それは良いご判断ですね。それなら、彼女も安心して療養できます」
医者は穏やかに微笑んだ。
「ひいぃぃっ!! ミア様、本当に大丈夫なのですか!? 馬鹿は風邪をひかぬと言いますが、熱でもあるのでは!? それとも、外で変なものでも口に――」
「くどいっ!」
気づけば私は、執事頭を睨みつけていた。
「いい加減にしなさい。それ以上口出しするなら、この子の診察代も薬代も、全部あなたに払ってもらうわよ?」
「ご、ご勘弁をっ! わたくしめが出過ぎました!!」
執事頭は冷や汗を噴き出しながら、勢いよく頭を下げる。
「彼女が完治するまで、東の角部屋を使わせてあげて。それと、腕が使えないと不便でしょうから、気心の知れた使用人を一人、世話係につけなさい」
「それでしたら、同じメイドの――」
「私が、彼女の世話をします」
唐突に声を上げたのは、それまで気配を消していたヴィクトルだった。
話を遮られた執事頭が、あからさまに不快そうな顔で彼を見る。
「……彼女と、親しいのですか?」
「はい。それなりに。私にとっては、妹のような存在ですから」
「そう。それなら、世話はヴィクトルに任せるわ。その間、あなたは私に付かなくていい」
「え……しかし……」
一瞬、ヴィクトルが困惑した表情を浮かべる。
彼がこんな顔をするのは珍しい。なぜか、少しだけ得をしたような気分になった自分に、内心で首を傾げる。
「私は当分ひとりでいいわ。……あ、でも調べものをしたいから、書物に詳しい人だけは付けてほしいわね」
「それでしたら、わたくしめがヴィクトルの代わりにお役に立てましょう! この屋敷で、最も博識なのはわたくしですから!」
「そう。じゃあ、明日からお願いするわ」
「かしこまりました!」
執事頭は誇らしげに返事をすると、脇に立つヴィクトルへちらりと勝ち誇ったような視線を向けた。
その様子に私はクスッと笑ってしまう。
だって、当のヴィクトルは、まるで気にしていない様子だったのだから。
けれど――この二人の間には、どうにも埋まらない溝がある。そんな予感だけが、胸に残った。




