辣腕事務vs公爵
決戦という晴れ舞台にふさわしい、どこまでも見通せそうな青空が広がっていた。
もっとも、決闘が行われるのはダンジョン内であるから外の状況はあまり関係ないものの、それでも気が塞ぐような曇天などよりはよっぽどやる気も湧くというもの。
「それでは、決闘のルールを改めて確認いたしたくあります」
オルドホルムのライヒとその仲間たち。
ドラルディンファミリーのノエルとその協力者たち。
それぞれが対峙する形になっている。
「ですが、その前に。
……僭越ながらも、今回の進行を務めさせていただきます私のことから。
冒険者ギルドで受付をしています、フィニーと申します。
それと、」
街の空に映し出された巨大な映像。
そこにフィニーと、そして視点が引いて隣の人物が映りこむ。
白い髭を蓄えた老人であった。
いかめしい顔付きが歴戦を感じさせる。
「アドルインの隣領、ディサアド公爵領のディサアドである。
今回は請われて来たというよりは特等席で見たいからなんとかしてくれとこの都市の有力者に泣きついて、こうして席を確保させてもらった」
進行を務めるのは冒険者ギルドの受付嬢であるフィニー。
フィニー自身がオルドホルム側に寄っている人間ではないのかという意見が都市運営から言われたため、冒険者ギルドが一人の人間を招致した。
ディサアド公爵家は永きに渡ってヴァルカインに尽して来た一族である。
公爵という大権力を有していながらも、野心のかけらもなく従う。忠義の一族。
当然ながらも戦後のドタバタによる政争と権力闘争においては徹底的に参加しており、帝国の利益と安定第一のために奮闘し続けている。
今回の一件で中立者としてディサアドの騎士であるチルファにこれを依頼。
チルファは当然ながら主家であるディサアドに報告すると公爵自らがそれを買って出ることになった。
公爵がほいほいと都市のイベントの一つに、それも他領に顔を出すことは珍しい。
そこには他人のナワバリに踏み込むのかだとか、単純にどこに暗殺者がいるかもわからないのにだとか、そういうものも含めて珍しいことだった。
出るとなればよほどの下準備がなければそうはならないし、直接ではないにしろ、殴り合いで決着をつけるという野蛮なルールで執り行われるイベントに参加するというのも貴族的ではない。
が、そこには理由があった。
✘✘✘
依頼を受けたチルファはディサアドで簡単な会議と承認を取るつもりだったのだが。
「チルファ、その依頼はおんし宛かね」
長い白い髭を蓄えた大柄な老人。
二つ名をそのままに白髭公、年老いてなお毎朝巨大な槍矛を振るって鍛錬をすることを欠かさない。
その上で明晰な頭脳を持つ稀代の名武将であった。
戦後にあっても尚──戦後であるからこそ戦いがあることを睨み、油断はしない。
「いえ、ディサアド公爵家宛となります」
フィニーにとっても借りたいのは他領の中立的な立場というだけ。
ここでチルファを名指しにすれば結局は中立者かどうかの問題は拭えないままになる。
だからこそ公爵家宛とした。
「送り主はマイルス嬢か。相変わらずよな」
すぐさまに意図を理解した白髭が微笑む。それに対して不思議そうにチルファが問う。
「フィニーさんをご存知なのですか?」
「辺境には勿体無い、頭脳明晰な人物であったからな。ある会合で会ったときに誘ってみたのよ。給金だけでなく立場も用意すると」
その際に提示されたのは文字通りの破格。
金のみではなく貴族として雇い入れる。それも一代貴族ではなく、ディサアドに仕えるならばその末もと。
フィニーが処理し、解決していた多くの問題は常に冒険者ギルドという巨大組織の問題点の解決だった。
彼女はライヒが去った後、辺境にいながらも恐るべき集中力と行動力によってギルド全体の清浄化や効率化を進めていた。
いつしかフィニー自身が冒険者ギルドにおける裏の法律番だと言われるほどに。
(辺境にいたのに、ではない。あの娘は辺境という邪魔の入らない場所をこそ選んでいるのだろう)
実際に、余計な横槍が入りにくいからこそ彼女は内部からの改革などを達成していた。
その手腕を知り、調べた結果としてディサアドは彼女を求めた。
文官として優秀な人間は何人でも必要な時勢だった。
謀略の類とてすぐに学んで手足のように使いこなすだろうとも読んでいた。
他者を値踏みする能力があったからこそディサアドは今も激しい政治の現場で戦えているとも言えた。
「まあ、断られたがね。冒険者ギルドで待たないとならない人物がいると言われてな。
それがよもやカーネイラズの再来に向けたものだったとは」
そう言ってからぽつりと「二人が求めるものを見たいものよな」と漏らす。
「殿、それは」
チルファはその呟きにどう反応するべきかを悩む。
だが、呟かれた時点で止めようもない。
一度動けば徹底的に。戦時を生き抜いてきたヴァルカイン人はそういう精神構造になっている。ライヒも同様だが。
「先方に連絡をしておきます」
「うむ、頼む」
こうしてあっさりと彼が行くことが決まる。
ただ、そこにはただ見たいという野次馬根性があったのみではない。
辺境都市アドルインは元々悪徳の巣窟であった。
それは変わらないだろうとも思っていた。むしろ、その悪が極まれば大々的に公爵家が動き、その土地を自領として立て直せるとも考えていた。
状況が変わったのはライヒが前市長を退陣に追い込んでから。
(それなり以上に時間はかかったが、結末次第でどうとでもなる)
辺境都市は元々の歴史としても厄介なことが多い。例えば大名貴族が直轄するのではなく選任された市長職の人間が都市を運営することもそうだ。
だが、戦後からずっとベイシンの隣にあるそこは本来、より強固な防衛能力を持つ必要がある。
(我が領にしたいわけではない。
あのようなところ、価値そのもので見れば薄いが、国防的観点から見れば重要視せねばならないところでもある)
悪徳によってその繋がりは保たれていた。ある種の平和条約のようなものだった。
その平和もいつまで続くかもわからない。
であればやはり、力あるものが押さえておくべき。
(カーネイラズの再来と、ギルドの法律番。
二人がアドルインを押さえられたなら、それが一番こちらとしても気が楽よな)
そこまで考えてから、
「チルファ、書状を用意するのでそれを街に持っていくように。
一枚はマイルス嬢に。
もう一枚は──」
✘✘✘
「いやはや。急にこのような席を用意してもらって、都市運営に携わっているベッツメン殿には面倒を掛けてしまったよ。ふぁっふぁっふぁ」
鷹揚に笑う。
いかめしい顔付きに似合わず、笑い声は朗らかだった。
だが、名前を出したのも、ベッツメンを使ったのも冷たい計算があってのもの。
彼は汚職派を使うことで自らの立場をそちらに寄せるように見せたのだ。
こうすれば何かあったとしてもこの決戦のイベントにおいて水を差されることはない。
汚職派に近いように見えることについての不名誉はいくらでも弁護ができる。抜かりはなかった。
フィニーはディサアドの思考と行動に未だ自分には足りない思考があることを理解し、内心で感謝をしていた。
が、それと同時に、
(大変な人に借りを作っちゃったなあ)
胃も痛くなる思いがあった。




