表裏冠者vs見送り
街を去っていく二人、アルシュカとドランを見送る。
その背が見えなくなるのはすぐだった。
内と外とを繋げるアドルインの門は、ド辺境都市であろうとも往来はそれなり以上にある。
特にライヒがぶち上げた決闘の話は瞬く間に近隣都市からはるか遠方まで話は広がり、
空に浮かぶ映像や、そもそもライヒという女冒険者が持つ人気なども相まって観光客やそれらを捌くために必要な物資、それ以外でも一攫千金を狙う商人から取り入ろうとする廃嫡貴族やら亡国の旗本の三男坊だのも食い扶持を求めて来るようになっていた。
「どうせ家に戻ってもまだ飲んでる連中と、大いびきをかいている連中で休めやしないだろう。
図書館でも行って時間を潰そうか」
ノエルの言葉に頷く。
図書館といっても私設図書館のようなものではある。私服を肥やすことに全力の運営者たちがそのようなものに金を使うわけもないからこそ、郷土愛溢れる人間がそうしたものを作ったりしていた。
「はい、ぜひ」
ミシアは小さく微笑むと頷く。
道中で、
「あれほど歌が上手いとは思わなかった」
ぽつりとノエルが言う。
「練習しましたから」
「いつ」
「ノエルさんがおられないときなんかに」
「……それはたくさん練習できそうだ」
ミシアを守ることに力は注ぐが、それでも四六時中ついているわけではない。
むしろ離れていることの方が多い。
その間は信頼できる人間を警護に回しているし、もしも何かあれば全力で走れば街の端から端まで一息で辿り着ける自信もあった。
それでも、いない時間をというのがちょっとだけ『もう少し対話の時間を増やしたかった』と言いたげにも聞こえて、ついノエルもそのように返してしまう。
すぐに、
「今からでも遅くないなら」
「聞きたいことをなんでも聞いていいのなら」
「手加減はしてくれよ。その……、あんまり人と話すのは得意な方じゃないんだ」
「わかっています」
ミシアも淡く微笑む。
それから彼女が聞くことは大きなことでも、勇者についてのことでも、家のこと、家族のことでもなかった。
幼少期の話、その頃見ていたものや読んでいたもの、今も続いている好きなこと。
同居している相手に今更聞くのもなあと思うようなことをミシアは求めた。
ノエルも答える。
生い立ちについては不幸な方であろうが、それでも戦乱が収まった直後という時代背景を考えれば不幸ではあっても不幸すぎるほどでもない。どこにでも、誰にでもありそうな不幸という程度だ。
いくつかの話をしてから、
「友達とかは」
そう聞いた。
「いると思うか?」
「あはは」
「笑って誤魔化したな」
「バレちゃいました?」
「歌唱は素晴らしいが演技はイマイチと書いておこう」
まるで劇団の面接官のように。書くような動作で。ミシアはノエルにこうしたノリがあることも初めて知った。
あるいは、ノエルにとっても珍しい動作だったのかもしれない。ぎこちない笑みがなんとなくそれを物語っていた。
「でも、できましたよね」
アルシュカとドラン。
夜通しの宴の中で膝詰めで話したわけではないが、それでも付かず離れずの形で何度も会話はした。悪い気はしなかった。いや、楽しいと思えた。
ポールという数少ない友人を失ってから、そうした関係を作って話すのは楽しいものだった。
「ついていってしまえばよかったのに、なんて言ったら決闘に関わっていらっしゃる方々に失礼ではありますよね」
でも、それが本心で本音だから口にする。
ミシアの父であるガイは間違いなくろくでなしではあったが、人たらしの才能には秀でていた。
その血を引いているミシアはガイの悪いところはマイアの素晴らしさで上書きし、あくまでその人たらしの性質だけをうまく活用しているようだった。
その性質と才能は直言を用いても雰囲気や表情で心を逆撫でにはせずに、むしろ慰撫するかのようですらあった。
「したくとも、できないさ」
「ライヒ様があの場にいたら、どうですか?」
「それだとしても……」
「じゃあ、ライヒ様に手を掴まれて引っ張られたら?」
「狡い口ぶりだな」
「自覚してます」
少しだけ間を置いて。
「きっと外に出てしまっていただろう」
ノエルがぽつりと言う。
視線は街を囲む外壁の向こう側、高く高く広がる青空を見ていた。
自由を焦がれる籠の鳥のようにも見える。
「なら、よかった」
ミシアは納得するように。
「じゃあ、手を伸ばされたら絶対に掴んでくださいね」
ノエルはどういうことか、なぜか、そんなことが起きるのか、様々な質問と疑問が思考を走る。
ミシアの視点からしてみればノエルは自分をわけもなく助けてくれたようにしか見えず、
今もなおそれについての理由を掴み切れてはいない。
街中で聞こえてくるライヒの冒険譚。
多くの場合は破天荒からの成功とその後の事後処理で相殺にされるお話たち。ヒーローとトリックスターの両面。そこにさらに道化としての成分を散りばめたのがライヒの物語だった。
だが、その物語の多くでライヒは己が助けてやるべきだと思った相手や気に入った相手には敵であろうと倒したあとには手を差し伸べた。
物語ですらそうなのだ。いわんや本物ならばどうか。
すでに自分の居場所から少し離れていると言わざるを得ないアドルインに自分の配下を送って問題を解決させに来ている……ように見える。実態的にはそうではないが、それでも重要な決闘の前に腹心であるアルシュカを送り込んでいるのは事実であるし、街の平和になるのならばというのもまた彼女が考えるところでもあった。
物語のライヒと現実のライヒにそう乖離はない。何より自分を助けるためにもかのような大舞台を作り上げた御仁である。
間違いなくミシアにとってのヒーローである。
そして、そのヒーロー像に間違いがないのなら、
(私にはノエルさんを救う力はない。
勇者の力というものを別の形で屈させるでもできる人じゃないと話し合いの土俵に立てない。
同じ勇者じゃなくとも、ライヒ様なら)
願いをそのように託している。
だからこそ、そのときが訪れたならスムーズにミシアが望む形になるように、言葉を使っていた。
彼女の戦場は当日の決闘ではなく、今ここが本戦であった。
一方のノエルは、
(手を……。そんなことになれば素敵だが、それでも)
全力で戦うと決めている。
やれることは全てやる。
その上でおそらく、止めたところでギュストークに与するものたちが悪さをするのも見えていた。
そればかりはノエルがいかに止めようとしても不可能なことだった。
ギュストークの手がどこまで伸びているかもまた理解できていないからだ。
汚いやり方の数々を見たあとに、それらの首魁たる自分に手を伸ばすことがあるのだろうか。
(……そうなったのなら、いいな)
望みは結実しつつあった。
図書館で平和な午前を過ごすことになった二人。
決闘の日はどれほど平和な日を過ごそうとも間近へと迫っている。
もう、数日もすれば怒涛のような戦いに身を投じねばならない。
ミシアもノエルもそれを理解して、それでもまるでそれを忘れたかのように過ごした。




