再誕騎士vsひとっ風呂
三人が地上へと戻るとドランとアルシュカの依頼人であるオングや、他の人物が待っていた。
どうやら依頼のブッキングになってしまったことをどうしたものかと相談していたらしい。
ノエルの方は依頼者というよりはどちらかというと相談に来ただけの市民たちだったようで、当代のドラルディンの人徳にオングはそれなり以上に納得と理解、そして賛同を向けていた。
本当のドラルディンであるところのドランに対しての忠義とはまた異なる、同じ地区に住む住人同士の信頼といった類のものだった。
「兄貴ぃぃ! ご無事だったんですね!」
「おう。そっちは」
ドランが目を向けた市民たちについてはオングが説明を始めた。
大枠のこと、例えば落盤の件を解決するために依頼を出したことなどを口にした。
それから更に詳細なことについては、この場においては最も発言に信頼性を持たれるであろうノエルが事細かに状況を説明を受け継いだ。
彼の説明に過不足はなく、アルシュカたちの手柄を奪うようなこともしない。
そして、貪食アクァヴの話になると一同が不安げに、
「安心しろって。あんな大物、現れることもねえよ。似た個体がいたところで育つのに何十年もかかるし、それまでに下水の処理能力をなんとかすりゃあ棲みつくこともなくならあ」
大柄なドランの言葉は体格と、それに見合うだけの自信を以て言い放つ。
市民の中にはドランの正体を理解したものもいたが、それを口に出すようなこともしない。
恩義を仇で返すまねになることを理解したのだ。
「ただ、その。わかるだろ?」
手を広げたドランが求めるように。
誰かが答えを言うよりも先に、
「俺様たちはくっせ〜んだ。ひとまず水浴びてよ。多少綺麗になったら風呂屋で本格的に綺麗にしてえんだが」
やはり余裕を見せるその態度こそが市民の求めていた安心の形であった。
✘✘✘
井戸で一通り、ざっくりと水を浴びて汚水だのなんだのを流す。
風呂屋に迷惑がかからないだろうと言う程度まで洗ってから三人はマフィアたちの支配圏の一角にある大衆浴場へと向かった。
「ドラ公、なんじゃお前。生きとったんか」
「だあ。しーっ。こっちにも色々あんだよ」
「ん、おお。そりゃ悪いな」
ドランがまだまだ喧嘩自慢のクソガキであった頃からジジイの、風呂屋の番台が禿げ上がった額をピシャリと叩いて謝る。
「ドラルディンの旦那もご一緒かい」
「ああ」
ドラルディン交代の真実を知るものは少ない。だが、ドラルディンの名が世襲するように変わったと考えるものは下層市民たちの中では多少なりとも知られた話だ。
それでも妙なゴシップが流れないのはギュストークが情報網を使って様々なコントロールをしたことと、ドランの行いによって街や市民が得ていた一定の秩序はノエルが保ち、あるいは促進させたからである。
「今日はご機嫌そうですな、旦那は。
っと、これも深入りかね」
とドランをチラリと見ると彼は肩をすくめた。
「今日の湯はちっと熱いからな。のぼせるなよ、ガキンチョども」
ジジイの話を聞きに来たのではない。風呂に入り来たのだと言うことは忘れていない。
話を区切ると三人を通した。
施設だの使い方だのタオルだののについては、と番台は言ってから、常連であるノエルと常連であったドランを見て、説明はいらんわなと笑った。
✘✘✘
「あっっ……っつぅ」
一番大きな湯船に浸かるとアルシュカはたまらず声を上げた。
熱いが、出ることはしない。
風呂は熱けりゃ熱いほどいい、傭兵時代に先輩が言っていたのを覚えていた。
一方でノエルもドランも吐息を漏らせど弱音は吐かない。
アドルインっ子は熱い風呂で弱音を吐くのは格好悪いとされていた。無意味な痩せ我慢文化ではあるが、その無意味さが帰属意識を満たしたりもする。
「報酬だが」
ノエルはふっと切り出す。
アルシュカとドランが顔を向けると、ノエルは続けた。
「オングからも貰うだろうが、正直、支払う報酬が釣り合うとは思えない」
オングはせいぜいがちょっとしたスライムか、そもそも魔獣の類ではなく一般人が行くのを怖がる場所に詰まりでもあるのか程度としか思ってなかったのではないかとノエルは言う。
実態としてはそうではないが、それでも異常な強さをもったスライムたちが出現するのは予想外であり、冒険者としても、傭兵としても、あるいはマフィアの暴力仕事としても、オングが支払えるものがあるとしても釣り合うものではない。
そもそもオングは仕事の幅や役割は大きいが仲間を食わせるためにあまり儲けようともしていない。多少の蓄えがあってもそうしたものを支払いきれはしないだろう。
「報酬は俺が払いたい。マフィアとの繋がりが直接的では困ると言うのなら」
「いや、そもそも報酬なんてもらうつもりないよ」
アルシュカが言った。
「……どうしてだ?」
「修行のために来ただけだから。もちろん、アンタやそのお仲間に負けを認めさせるためだ」
だから、仕事じゃないんだと。
「だが、ライヒは金に困っているのだろう。それくらいはこちらも調べてはいるんだ」
「う、それは、まあ、弱いところではあるけど」
だとしてもライヒは困っている人間から金を貰って喜ぶとは思えなかった。
本当に仕事として受けるなら正規ルートを使う。そうではないということは、ライヒの考えはアルシュカと同じところにあった。
湯気が立っている。
我慢比べをしているわけではないが、それでもそ長々と入っていられない程度の温度だった。
この辺りの人間にもプライドがある。恩人にタダ働きなんてさせるわけにはいかない。
ドラルディンとしてというよりは、この辺りの顔役の一人であるノエルとしての言葉だとアルシュカには理解できた。
「ううん……」
参ったな、どうすれば納得するんだ。この頑固さはライヒにも通じるところがあるぞ。似たもの同士め。などとアルシュカは思う。
その思考を一度取り払うように湯船の湯をすくって顔に当てる。
熱い。
「……ん?」
熱い。
風呂。
「欲しいもの、一応あるかも」
熱い湯を見つめながらアルシュカは、
「言うだけ言ってもいいか?」
そうノエルへと求めた。
✘✘✘
風呂から上がったあと、やはりというかオングや他の市民たちからも報酬の話となる。
だが、アルシュカとドランが断ると、
「それじゃあせめて飯だけでも」
「酒だけでも」
「女……はまずいか」
最後についてはアルシュカをちらりと見て。
アルシュカもそれがわからぬ子供ではないが、今はとてもではないが欲望に我が身を浸すようなつもりにはなれなかった。
ともかく、せめてものお礼にと食事会が催される。
場所はノエルの一声で、彼の自宅でと言うことになった。
ノエルの部屋は博覧強記ぶりを隠していないような本の壁や山が作られている。
それらをノエルと同居人であるミシアが大急ぎで片付け、元々はここにマフィアたちが来ては会議をするために使っていた大きな机が物置から運び出されて設置。
場所が決まったあとには参加者たちは一度自宅だの仕事場だのに戻り、歓待のための食事やら酒やらを持ち運ぶために帰宅していた。
その帰宅組もほどなくして集まり、ノエルの家は大きな酒宴会場となった。
誰ともなく楽器を奏で、それに合わせてミシアが歌を唄う。それは見事なものであった。人前で歌うことはほとんどないが、マイアが幼いミシアを慈しむために聞かせていた子守唄の影響か、歌唱に関しての素養を備えていた。そこにノエルが彼女を一人にすることで、暇になった彼女は誰もいないことをいいことに自宅を歌唱練習場にすることもしばしばあった。
お披露目としては十分に盛り上がったことでミシアは胸を撫で下ろしていた。
そこから少し離れた席で、歌声を聞くアルシュカとドラン。
「上手いもんじゃねえか。さっさと連れて帰ってオルドホルムの酒場で歌ってもらったらどうよ」
全くの新参者であるはずのドランはすでにオルドホルムを我が家のごとくにして扱う。
傲慢というよりは人好きの類か。
聞いているアルシュカもライヒの懐でもあるオルドホルムに価値があり、そこをさらに高めたいよなといいたげなドランの言葉に悪い気はしなかった。
「一件が終わったらマイアさんに相談するよ。流石に親の頭越しで決めるわけにもだろ」
「そうかあ。あの嬢ちゃん、アル坊とさして変わらんだろう。もっとチビ助だった頃ですら自分のことは自分で決めてたろうに」
「それを言われると、まあ、弱い」
ライヒとノエルの世紀の大決闘があり、その目的の大きなところはミシアを助け出すためというのが大きい。
それがいつの間にかアルシュカにとってミシアを無力で助けてやらねばならない相手だと思い込ませていたのだと、彼自身が内心で自分を叱って戒めた。
「話し合いの途中ですまんの」
声をかけてきたのは風呂屋の番台だった。
彼は番台ではなく、この風呂屋の主ではあるのだが、営業している時間の殆どを番台で受付をしていることから誰も彼もこの老人を『番台のじい様』と呼んでいた。
「爺さん、どうしたよ」
ドランが応じる。
「ドラルディンの若様に頼まれてな、その話をしにきたのよ」
アルシュカとドランが顔を見合わせる。
「ん? 風呂のことで頼みがあると言われたんだがの」
報酬の話だった。
言葉が少ないのがアドルインっ子の美徳、と言うわけではない。
単純にノエルのコミュニケーションコストの支払い方の問題である。
それでもアルシュカもドランも、今回のことやライヒたちから聞いていることもあって、仕方のねえやつだ、くらいの感想しか出てこない。
大問題でない限りは可愛げの範囲として許されることだった。
「そんじゃあ、このまま話してええかいの」
番台のじい様が言葉を続けた。
✘✘✘
酒宴は夜通しどころか朝まで続いた。
いや、今も続いているだろう。
流石に帰宅せねばならぬということでアルシュカとドランはこっそりと抜け出す。
アドルインと外とを区切る門を通り抜けようとする前だった。
「間に合った」
ノエルとミシアがその背を追ってきていた。
「おっと。こっそり抜け出した方がそっちのためかと思ったんだがな」
ドランは言外にかつてのトップであった自分と、ライヒの腹心であるアルシュカとの関係性をそこまで表にするようなことなのかと言いたげだった。
それはシンプルにノエルの立場を心配してのものであるのがこの場にいるドラン以外の三人にもしっかりと伝わっている。
「そんな未来のことのために、礼を失するなんてことはできない。あくまで礼をしたいってのも自分勝手な感情ではあるが」
「いいって。そういうのはよ。
でも、送り出しには感謝するぜ。ライバルにそうされるのは悪い気持ちはしねえ。なあ、アル坊」
アルシュカは頷く。
そして一歩前に出る。
「ドタバタして遅れたけど、風呂の件助かった。
結果がわかるのはまだ先だろうけど、恩に着る」
「着なくていい。報酬だって言ったはずだ。俺からではなく、俺たち街の人間からの」
「……言わなくてもいいことだけど、一応言っておくか」
「ああ。言おうとしていることはわかるが、わかるからと言って語らないと俺みたいになるぞ」
「自覚ありなのかよ。……はあ」
苦笑を漏らしてからアルシュカは右手を差し伸べる。
「結果はどうなるかわかんない。当然だけど手を抜くつもりなんてない。
全力でやる。
あの戦いから酒宴、それに今こうして来てくれたことも、」
取り戻すべき相手であるミシアを側に置いて守ってくれていることも、アルシュカはノエルを好ましい人物だと評価していた。
「嬉しいと感じてる。
だから、その気持ちに嘘はつかない。決闘では本気だ。
そっちも」
「ああ。本気で行く。俺も裏切りたくはない。お前も、ドランも。ライヒも」
アルシュカの手を握る。
奇妙な友情と言えるものだった。
このあとに主君たるライヒが全てを賭ける戦いがある。
目の前の男の全てを、その先には命を失うかもしれないような危険すらも賭け金にした戦いがある。
それでも二人は誓い合う。
決闘のルール上、二人がぶつかり合うことが叶わずとも、彼らそれぞれの動きは戦いに大きく影響を与えるもの。
その戦いにおいて決して手を抜かないと。
手を離す。
「マイアさんに伝えることはある?」
それから、アルシュカは彼女にも問う。
「存分に戦ってください、ママのかっこいい姿を見たいと伝えてください」
「……わかった、必ず伝える」
「それじゃあ、行くか。アル坊」
頷くと二人が背を向ける。
夜通しの酒宴の成果、疲れが少し見える歩みだった。
「ああ。そうだ」
ふっと足を止めてドランが振り返る。
「市民どもを守ってくれていて、ありがとよ。ドラルディン」
その言葉は自らの命を奪ったものへの、容赦だった。
単純に気にしていないと言ったところで伝わらないと考えたドランが、ふっとそうした言葉を選んだ。
「……ああ。あの目は、裏切れないから」
市民たちの目は助けを求めるものだった。
ドラルディンが大々的にではなく守っていた互助的な援助。助けることで咎人たる自身を慰める、エゴイスティックな、精神への対症療法。
それでも救われたものは喜んでくれた。
たとえ援助がエゴから来るものでも、助けを求めてくるものはそうしたものを構うものでもない。ただ、助けて欲しいと悲鳴をあげる。大なり小なりの悲鳴を。
一人の男としては当然、それ以上に彼はその声を無視できない。
忌々しい、生まれついての性根。あるいは存在意義そのもの。
勇者という生物が無意識下で行なってしまう救済機構の発露。
勇者であるということが彼にとっての呪いであった。
それでも、その行いは悪いことではないのだと、同じやり方で人を助けていたドランの言葉は勇者の傷だらけの心を少しだけ癒す力があった。
「それじゃ、決闘でな」
「ああ。決闘で」
ただ、友情は友情だけでは終わらない。
つまりは、そういうことになった。




