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没落令嬢vs金策  作者: yononaka


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再誕騎士vs巨獣

「やるじゃねえか、オイ」


 模擬戦をしていたときから明確に格を一枚上げたアルシュカに対して、我がことのように嬉しそうな笑顔を向けるドラン。

 この笑顔と、自他の境界をよい意味で曖昧にする天然の性格が彼を持たざるものたちの王へと引き上げた理由の一端であった。


「今の、……」

「才能を掴む瞬間を見るってのは、いつ見てもいいもんだな」

「才能?」

「ああ。お前は今、己の才能ってヤツを掴んだんだよ。

 馬を走らせるのと同じさ。どんな風に手綱を取ればいいか。鞭を入れる必要があるか。声をかけるのか、撫でてやるのか。馬一頭ずつに個性があって、接し方もあるように。

 才能も同じだ。

 他人には理解できない関係性ってのが、才能ってヤツさ。お前は自らの馬を御すことを理解したんだよ」


 剣を握る手を見る。

 アンデッドフォールから向こう、必死に鍛えてきた。冒険を含めて実戦を多くした。その中には領内にふらりと現れた賊どもの退治も含まれている。人間相手も、魔物相手もどちらもこなしていた。

 それでも、強くなった気がしなかった。


 だが、ようやくわかった。

 自分に足りなかったのは危地と死地だったのだと。

 あの騎士スライムは紛れもなく強敵であった。普段であれば避けるべき相手として判断するような存在だ。

 戦いは人を成長させる。ライヒが転戦を繰り返し、やがて強大な魔物たるマルティスコアを撃退することに至ったように。


「手助けなんて不要だったか」


 ふっと声が響いた。


「なんだ、手伝ってくれてもよかったんだぜ」


 ドランは声の方を向くことなく返す。

 ふらりと影が現れた。

 片手には布まみれの剣を持つ、すらりとした青年。下水には似合わないどこか怜悧な美しさを備えている。


「勇者様よ」


 勇者。あるいはノエルとも呼ばれる男であり、あるいはドランからその本来の名を簒奪したに等しい男だった。

 アルシュカはいささかの警戒の色を見せるも、仮に何かをするのであればスライムとの戦いでしてくるだろうことは当然であり、直前の言葉からも彼に敵意がないことはわかる。


 なにより、彼からしてみれば決戦を前にしてわざわざ相手の手札を狩るために狡っからい手を取る必要もない。

 たとえそうだとして、彼自身が実行犯になるリターンなどありはしないのだ。


 つまりは、


「どうして下水に。……まさか、この場所をなんとかするために?」


 アルシュカの疑問に対してさっぱりと、


「そうだ」


 一言だった。特に気負うこともなく。


「マフィアのトップが?」

「お前の横にいる人間も元マフィアのトップだぞ」

「……それは、まあ、そうだ」


 今のはツッコミどころのあるところを言ってしまった自分が悪いなと思いつつ、


「いや、でも立場が違うだろ。

 アンタはライヒ様との決闘を間近に控えてるってのに」

「俺とアイツとの決闘と、この辺りに住む人間の明日に繋がる安全に、大きく繋がるところなんてない。

 今日と、よくて明日くらいしか思えない街の人間たちに俺ができることなんて戦うことくらいなんだ」


 ノエルは(てら)いなく言う。

 それに対して、茶化すように、しかし挑発ではないような口ぶりでドランが、


「さすがは勇者様ってところか。それとも、マフィアとしての自覚か?」


 一拍だけ言葉を返すのを止めるノエル。

 そのどちらでもあろう。そして、そのどちらかに寄っているわけでもない。

 この街にはスライムを扱って、危険な仕事をしている人間が存在するという噂は聞いている。


 ミシアを守るためという理由もあって危険な相手を探っていたノエルが見つけたスライムの残滓は下水へと辿られることになる。

 騎士鎧のスライムは倒されたものの、ポールを殺した下手人かの判断はつかない。スライムを扱うものが存在するというのならば騎士鎧は使い魔かなにかだろうとまでは予測する。


 だが、それがよもや腹心であるギュストークであるとはノエルも気がついていない。

 ドランにとっても、当時のギュストークはそれほど目立つ存在でもなかったから余計に。


 勇者としてか、マフィアのトップとしてか、行動の理由を問われればそのどちらでもあろう。

 だが、明確にそのどちらかと答えをノエルは出すことはできない。


「殺して奪ったとはいえ、その椅子に座ったんだ。アンタがしていたことを倣わずにどうしてドラルディンとして()られる」


 それでも言えることがないわけではなかった。

 勇者やマフィアとしてではなく、奪ったものの責務を語る。厚顔無恥と罵られる覚悟もあった。

 だが、


「そいつァ、フーム。過大評価だろ。俺様は子分どもによくしてやっていただけだ」

「子分と考える範囲次第だろう、ドラルディン」

「今はドランさ、勇者様よ」

「ノエルだ」


 ドラルディンとしてではなく、真の名を発する。

 ノエルはいささかそれに気分がほぐれる気持ちがあった。

 殺した相手と、この後に殺し合いになるかもしれない相手。

 それらを前にしてなお、自分がノエルであると名乗れることは妙な安堵があった。

 もしも決闘の中で死ねるなら、ドラルディンとしての緊張からも解かれるのだろうか。


「共闘でもすりゃあもう少し仲も良くなれたのかね」


 ドランの言葉に、


「仲良くなりたいのか? いや、殺した俺にその余地が与えられるのか」

「殺したくらいでその余地がなくなるのか?

 ま、身内なら許さねえ、ぶっ殺して仇を取りてえ、余地なんてねえってなるかもしれねえがなあ。

 ……当人からすりゃ別に、特に思うこともねえよ。いつか下るであろう裁きってのがあの日に下ったってだけさ」


 裁きを下したお前からすりゃしんどかったかもしれねえけどな、と。

 他人事のように。

 悪党であり、相手が自分とどっこいの悪党相手にしていたとしても悪事を重ねていたことそのものは事実なのだから、下るものは下るだろうと。


「とはいえ、問題になっていた下水の悪党は今しがたこのアル坊が倒しちまった。

 勇者様のお株を奪って悪かったな」


 ワハハと笑うドラン。

 鬼の首をとったようにではないが、勇者といえども万能ではないと言いたげに。


「悪党?」


 だが、ノエルはその対応に対しては不快には思わず、しかし疑問系で返す。


「下水にいるっつう悪党が下水の清掃人に悪さをしているっつう話だろう」

「いや、俺が聞いていたのは──」


 ノエルが言葉を終えるより先に、彼が話している道の近くを流れる水が震え、膨れ上がり、

 ごぼ、どばあと水が大きく柱を作るように逆巻いた。


「なっ」


 アルシュカはそれに圧倒されて、声を失う。

 ドランは苦笑いを、ノエルはまっすぐにそれを睨む。


「なんだよ、これ……。

 ど、ドラゴン……?」


 アルシュカは寝物語でのみ語られるような存在の名を、無意識のままにか呟く。

 そして同時に納得もした。

 都市の地面が落盤するなど、どのような原因かと。

 騎士鎧が何かをするには破壊力が足りていないとも心のどこかでは思っていた。


 ドラゴンと呟いてしまうような怪物ならば、なるほど落盤させることもあるだろう。



 ✘✘✘



 ドラゴンとしか思えないそれ。

 いや、実際にそれはドラゴンのようなものである。

 人間たちがドラゴンと呼ぶものと、ドラゴンたちが自らを定める範囲には乖離がある。

 真のドラゴンは知恵と知性を持ち膨大な魔力を備える。寿命も古代の時代に存在していたという永世を歩む始祖のエルフたちの如くに長いとも。


 だが、人間はドラゴンを、


 ・強くて

 ・デカくて

 ・恐ろしい

 ・空を飛んだりもする可能性がある

 ・トカゲめいたもの


 という大雑把な定義で語るものが多い。


 人間と猿を並べるようなものである。いや、それにすら劣るほどの比べ方だとドラゴンは憤慨するだろう。


 ともかく、それはドラゴンではない。

 アクァヴと呼ばれる水棲生物だ。当然ながら魔獣の一つであり、しかし知性においては獣と変わらない。


 特定の魔族に用いられることはあっても、基本的には野生生物のそれ。

 ただ、アクァヴは大きくなる。

 生まれたときはカエルの子程度のものだというのに、その成長には際限がないとまで言われる。

 運に恵まれ続けた個体が目の前のドラゴンもどきのような威容を得ることもある。成長の中で魔術にも似た呼気、ブレスとも呼ばれる破壊の力を伴った吐息を吐き出すようにもなる。中にはブレスではなく魔術そのものを行使するものすらいるとも。

 目の前に現れた巨躯のアクァヴは、その大きさからどれほど永く生きたかも知れない。魔術を行使するに至るほどの個体である可能性すらあった。


「気をつけろ、この大きさは水を吐き出してくる!

 それこそ城壁すら壊すような勢いがあると読んだことがある!」


 即座に行動したのは全員だった。

 まずは助言を吐いたのはノエルだった。普段は大きな声は出さないが、今は違った。アクァヴが動くだけで下水が嵐の中の海のような勢いで動き、その音は大抵の声を打ち消してしまう。

 大声を出すことに不慣れなノエルであっても必死に声を絞り出した。


「マフィアのくせに知識まで出せるのかよ!

 俺とは違うな!」


 笑いながらドランが答える。

 陽気なその態度は警戒するほか二人に余裕を思い出させた。


「こいつも討伐対象ってことでいいんだよな!」


 再びアルシュカが加速する。

 疲れた様子やうんざりした風は一切なかった。むしろ、微かに喜んですらいた。

 先ほど掴んだ感覚をより強固なものにすることができる。

 そこらの三下相手では掴めない経験をここで明確なものにすることができる。そう考えたからだった。


 その加速に一拍遅れでドランとノエルも続く。

 凄まじい斬撃の嵐がアクァヴを切り裂き、ブレスを吐き出そうとした体勢のままにドランに殴りかかられ、ノエルにもまた切り払われる。

 下水の大河にいながらも、アクァヴはその巨体を踏み台にされることでむしろ窮地に陥っていた。


 それでもアクァヴは痛みのかけらすらないのか、首を振り、尻尾を回し、反撃を即座に試みた。

 その度に傷口から出血するも、それすら意に介していない様子だった。

 暴れ方がさらに強まったせいで足場にするのも難しくなり、三人が通路へと戻る。


 どうすれば勝てるのか。

 あれだけの攻撃を加えているはずなのに弱っている様子すらなかった。


「あれは、……そういうことか」


 ノエルがぽつりと呟く。

 もったいつけることはしない。すぐに言葉を続けた。


「アレは外装だ」


 端的な言葉だった。

 それに対してアルシュカは、


「外装って?」


 素直なものを返す。


「街で晴れの日だったり、店の新装開店だったりするときに雇われる奴と同じだ」

「着ぐるみとか、そういう?」

「それだ」


 ドランはそれを聞きながら殺すべき相手を探すようにあてもない方向に叫びをあげたりしている。


「ドラゴンじゃねえってことか?」

「ああ。アレの正体はスライムだ」

「スライムって、さっきみたいな」


 自然界の分解者の一つ。

 あるいは死体が持っていた装備は分解できずに体内に貯めるために自然の宝箱などとも言われることもある怪物の一種。

 動きは遅く、弱点も明確なことも多いからこそ駆け出しが敵を倒すということそのものに慣れるために的にされることも少なくない。


 だが、人里からずいぶん離れた場所であったり、迷宮の奥底まで行けばその限りではない。

 致命的な毒を持つものから、魔術や錬成術を使ったかように電撃を発するものなど、

 持ち得る力は独特な方向に進み、倒しやすいという意味での馴染みやすさからは一転、凶悪な怪物へと成っていることが少なくない。

 見た目で騙されて痛い目どころか命を落とす冒険者も珍しくない相手。


 数多の変化球を持つとされるスライムでも、


「宝箱だの鎧だのに寄生するなんて話は聞いたこともあるし、実例も見たばかりだ。

 けどよ、よそ様の肉体に寄生して操るスライムなんざ聞いたこともねえ」


 そうは言いつつもドランは否定はしなかった。

 剛腕からの一撃も烈脚からの一蹴も通用していなかった。命があり、痛覚の一つでもあれば何かしらの反応は見せるであろうのに、相手は一瞥すらしなかった。

 いや、知見を得た上で目を見る。


 そこにあったのは眼球ではなくみっちりと詰まった粘質の何かであった。一瞥をするわけもない。

 そこは目があるべき眼窩ではなく、スライムが収まるに心地よい揺籠でしかなかったのだ。


 斬撃を繰り出して滲み出たものも血でもなんでもない。中に住んでいたスライムどもが家を修復していたに過ぎない。


 観察を続ければ他にもわかることはあったかもしれない。


「Gooo'Vaaaazii'zzziiiiiiiieee...」


 それは声ではない。叫び声でもない。


 アクァヴは魔獣である。野生生物に近い。

 だが、この巨体に至るまで生き延びた個体は確実に老齢と言えるもの。貪食に生きて、多くを食らい、あるいは戦いで狩りを達成し、勝利を重ねてきた。貪欲にそれを突き詰めた純粋な捕食者である。


 その半生の中には野生の獣ではなく魔獣であるがゆえに大いなる進歩を得られる機会も少なからずあったのだろう。


 大気が震えるような魔力が周囲を揺らしていた。

 叫び声。それは人間たちが魔術を行使する際に扱うこともある詠唱そのものであった。

 言語ではなくとも、魔力を扱うという純粋な目的のためにあることを考えるのなら、それは詠唱であった。


 生前の記憶でも利用しているのか、口を開くと歪な魔術陣が構築される。

 いや、された、と完了とするべきかもしれない。


「ウオオオォォァアアァッ!!」


 それを感知してか、その魔術が効力を発揮するよりも前。即座に一歩前に出て、裂帛の気合を吐き出したのはドラン。


 魔術陣が完成し、爆炎が一直線に三人に向かっていく。

 それに対してドランは体を捻り、両手で何かを包むようにした体勢から体を戻すと同時に包んだような両手を前に突き出す。

 魔術でも錬成術でもない力がその手から発せられる。

 宙空で二つの力が衝突し、汚水を他方に押し出すほどの力が生まれる。


「い゛ま゛た゛、い゛ま゛し゛か゛な゛い゛!」


 気合を吐き出した影響か、血のあぶくを吐きながらも攻勢へと進むことを頼むドラン。

 即座にアルシュカとノエルも動く。

 アルシュカの疾風迅雷の速度にノエルも連携していた。


 貪食アクァヴは魔術陣の後遺症か、口から肉やら牙やらが爛れて抜け落ちる。それをスライムはなんとか口を閉じさせる。まるで、何かを隠さねばならないように。門扉を必死に閉じる門番のように。


「口を開かせられないか?」


 迅雷の速度のアルシュカと同じ速度で進むが故に、ノエルの声はくっきりと聞こえた。


「──やってみる」


 相手はライヒと直接する相手。

 改めてその意識で彼を見ていたが底知れなかった。

 強力な暴の気配を漂わせるドラン、

 巨躯からなるものだけではない恐ろしき気配を漂わせる貪食、

 そのどちらもが自分よりも格上であると伝えてくるものがある。


 だが、ノエルに対してはそのどちらでもなかった。

 手応えがなかった。


 予測もできないほどに格上であるのかもしれない。あるいは、彼が特別な存在であり、生物として既に領域外の場所に立っているのか。

 予想を立てたところで妄想にしかならなかった。

 そんな存在に「できないか」と問われた。頼まれた。あるいは、頼られた。


 正直、悪い気はしなかった。

 このあとに主君と殺し合う道にいる相手だとしても。

 いや、ライヒであればそんなことを思う必要はないと叱り飛ばすかもしれない。

 嬉しく思うことと、それらは別問題なのだと。感情を他の理由で押し潰してはならないと。


 アルシュカは一面的にリオよりもライヒを理解していた。

 直感的に。感情的に。

 だからこそ、彼は「やってみる」と同意し、頼られた分だけ自らがそれに値するものなのだと見せてやることにした。


 踏み込み、跳ね飛び、意識を集中させる。

 加速し続ける疾風迅雷の領域に早くも自在に入れるようになりつつあった。

 アルシュカにはわからぬことだろうが、ノエルとドランはそれぞれに小さな笑みを見せる。


 ここに、この街のために動くライヒの下に、あるいはまだ未完の器であるのに、これほどの少年がここにいる。

 未来の可能性を見る。眩いものだった。

 だから少しだけ目を細めたようにして笑ったのだろう。


 斬撃。

 一振りにしか見えないそれはいくつもの小さな斬撃で構築された野太い一振りだった。

 通り抜けるようにしてアルシュカがそれを放つ。

 一拍遅れて、籠城する門扉の如くに閉じた口が分割されてかち割られた水音が響き、そこに口腔を曝け出すことになった貪食だけがいた。


 ノエルが入った。

 口にだけではない。

 喉を布まみれの剣で叩いて開き、さらに進む。

 じゅうじゅうと音を立てて彼を焼く。胃液だけではない。肉体の腐液と、そして寄生者たるスライムたちの溶解液が彼を焼く。

 気にもせずにノエルは着地した。

 剣を覆っていた布が焼けて消えていた。


 空のように蒼い刃だった。

 魔剣空色に酷似した剣であった。


「勇者の血と魂において魔剣に命ずる」


 ノエルの言葉に呼応するように蒼い蒼い輝きが満ちていく。溶解液すら消していく強力な力。


「俺の一撃を、この地に届かせろッッ」


 振り下ろす。

 ただそれだけだ。

 そのただそれだけの行いに耐えうる武器を、ノエルはこの一振り以外には知らない。


 ドラン──いや、ドラルディンが持っていた、かの練成卿によって生み出された魔剣であった。


(あの自殺希望者の術士の遺品か)


 錬成卿終生の傑作たる逸品。魔剣空色の写し。


(望んで殺されて、得意満面で、あるべきものの元に寄せられるなんて言ってたが)


 魔剣とドラン、パラクタとドラルディン。それらについて知る部外者は少ない。

 当事者以外に全てを知るものはほぼ存在しないと言える。


 錬成卿とドランの間に起こった妙な関係性と依頼。どうあれその果てに錬成卿は死に、剣はドランに託された。ドランを主人としてではなく、本当の主人のもとに届けるために。


(あれが本当の力ってわけか)


 振り下ろされた一撃は次の瞬間に眩い光と共に貪食を内側から破壊し尽くしていく。

 汚水すら跳ね上げて、水底に立っている。

 ノエルの体から迸るのは魔力。それらは魔剣が御しきれない余剰が電撃のようになって走っていた。

 その一撃は絶対のもの。命を、あらゆる存在を破壊しかねない脅威の一撃。

 魔王を撃つべしと天命刻まれし勇者の証であった。


 汚水が戻る前に手を差し伸べたのはドランとアルシュカ。

 それに一瞬だけ迷うも手を取るノエル。

 なんとか引き上げられると汚水が水底に蓋をするように戻った。あれを被ればどれだけの臭いを持ち帰ることになるか。もちろん、体調面だって大変なことになろう。

 むしろライバルを蹴落とすならそうするべきだったかもしれないが、

 そんなことを思うような男はここに一人とていなかった。

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