再誕騎士vs兜割り
下水。
とは言っても、アドルインは元々遺構を利用して作られた区画がある。
居住区、低層エリア、あるいはスラムなどとも呼ばれる場所だ。
かつての遺構を下水の流れ道として使っているため、広い空間が使われており閉塞感がない。
「なあ、装備とか良かったわけ?」
「あー? 問題ねえよ、元々俺様は」
「下水に出てくる怪物だろ、バッチくない?」
「……」
ナイーブというわけではないが、仮に情報が正しく、水棲生物めいたものが相手となるのなら下水から現れるということになる。
つまりは、
「……素手で。……うむむ」
殴り飛ばすにしても、である。
血反吐に汚れることは厭わずとも、想像しうるありがたくない未来を考えて足を止める。
明確な時間制限があるわけでもない依頼。
一度地上に戻って、ギルドであれなんであれ、そこで武器を買うなり借りるなりする選択肢はある。
「いや、行くぜ。アル坊。
何か持ってくる間に下水がどうにかなっちまったらコトだ」
「……意外だな。元はマフィアのアタマだってのに……」
「善性でひた走るとは、ってか?」
その言葉が少し攻撃的に思えて頷くのは一瞬躊躇われたものの、その間が既に感情を語っていると考えて、頷くことにするアルシュカ。
それに対してドランは一笑に付するようにして、だが、取り合わないわけでもない。
「俺様がドラルディンでなくなろうとも、あの野郎は俺様の弟分で、
この辺りは俺様の縄張りだ。
何かあっちゃあ沽券に障るのさ」
「そういうもんか」
「どこまで行ったって俺ァは喧嘩小僧さ。マフィアだなんてもんはハナから似合わなかったわけだ。死んでようやくわかった。
喧嘩小僧ってのはな、メンツが全てなのさ。ソイツを損なわないために拳を振るう。
今回の問題だってそこらの連中と殴り合うのと変わりゃしねえ。いつも通り、喧嘩をするだけだ」
アルシュカの問いはドランにとってありがたいものだった。
久しく忘れていた感覚が取り戻されるような。
ノエルに殺されたときにどうして、ここで死ぬのか、そうした悔恨がないわけではなかった。
だが、その悔恨の根源はわからなかった。
ここでようやく気が付いたのだ。
マフィアになったことそのものを後悔していたのだと。
オングをはじめとした兄弟分たちとバカをやっていた時代が一番楽しかったのだと。
「アル坊」
「なに?」
「さっさと戻って、オングにデカい顔して、それからライヒお嬢にもデカい顔してやらねえとな」
「あんまりライヒ様にデカい顔したら対抗心燃やされて毎日下水通いになりかねないよ」
「ハハハッ、それも悪くねえ!
いや、下水まで来るってんならやっぱり俺様の憧れたライヒ様様だぜ。ハハハハッ」
心から笑った。
マフィアになってから死ぬまでを振り返って、笑うことはどれほどあっただろうか。
ドランは今の自分の生が思う以上に楽しめていることを自覚する。
✘✘✘
オングや他のものたちが清掃や管理をきっちりとこなすためであろう、下水には錬成術由来の灯りがいくつも置かれているほか、洞窟型のダンジョンのようにコケが自ずから発光しているのもあり、下手な屋内よりもよほど見渡しが効くようになっている。
広さにおいても都市の路地を歩くのと遜色のない程度には開けていた。
「オングさんにもらった情報からすると、書き残しとかがあったのはこの辺りのはずだけど」
周りを見渡す。アルシュカは警戒を強めるようにしながら。
ドランも余裕綽々といった雰囲気ではないにしろ、それでもアルシュカからしてみれば強者の余裕というものが見てとれた。羨ましいがなりたいとは思えない。彼は自身の評価を小心者と定義している。死んだあの日にそう定義した。
自分自身への過大評価が過ぎたから死んだのだ。
改めて頂戴した命のために、小心者と自己を見定めるくらいがちょうどいい、それが今の彼の考えだった。
下水がざあざあと音を立てて流れている。
幾つかの支流が流れ込んでいる場所だった。
とはいえ、本流からはまだ幾つかの合流点を必要としている。目立たない場所といえば目立たない場所だった。
(そういう場所ほど奇襲に適している)
元々傭兵をしていた経験もあるアルシュカだからこそ、そこが襲撃の多い場所だというのなら理解できた。
ライヒから賜った剣の柄を握る。
「……ギギ。ギギギ」
声ではない。さりとて物音とも言えない。
不気味で耳障りな音が響く。
「噂の答えはあれか」
ドランが拳を固めて睨む。
それは騎士だった。いや、騎士のようにも見える、というべきか。
板金鎧に身を包み、両手剣を杖にするようにして歩いてくる姿は敗残兵の如くであった。
ただ、観察すればそれが騎士でもなければ敗残兵でもないことに気が付く。
板金鎧には幾つもの孔が空いており、それらを修復したものかと思えばそれはただ金属片が張り付いているだけであり、
籠手や脚甲は四肢それぞれでものが違う。
前衛的な傾奇者の装備でもない。大きさが異なっている。
極め付けは兜だ。全面を覆うものの奥に光るのは双眸ではない。単眼であった。そして、より観察すればそれが単眼ではなく──……。
「核、魔物の……。いや、スライムッ!」
アルシュカが剣を抜き払い構えると同時に鎧騎士──否。アルシュカの言葉を是とするならば騎士スライムが杖のようにしていた剣を振るう。腕の部分が伸びる。四肢に見えるものは四肢ではない。粘性物質の塊に過ぎない。手足を伸ばしているという感覚はないだろう。あくまで、触腕を扱ってみせただけだ。
だが、それが脅威だった。両手剣を振るってちぎれない証明である。振り回し叩き付けられるその一撃は遠心力も相まってアルシュカに防御を強いらせるだけでなく、釘付けにするだけの威力がある。
そこに、
「ッラァ!!」
踏み込み、側面に向けた強打をお見舞いするドラン。
鎧が粉砕されるも、衝撃で粘性体が弾け震えるも、痛覚を持たないそれは足を鞭のように振り回す。片足立ちに見えるもその足は幾つもの根を這わせるようにしてガッチリと地にこびりつく。
ドランも回避際に転ばせてやろうと考えて、それが難しいことを理解してそのまま距離を取る。
「おいおい、スライムってのはもっと弱っちいもんじゃねえのか」
「都市近郊の森林にいるヤツはね。
戦場で現れるスライムは厄介なんだよ。栄養は豊富に摂って大きく育ったヤツは密度もあるし、カタツムリみたいな嗜好でも持つのか人間の持っていた防具をああやって纏う。
もしかしたら、そういう知性があるのかも……っと。ライヒ様じゃないんだから、そういうのはさておいて──」
次々襲い来るしなる粘性体による剣を鞭のように扱う恐ろしい連撃。
だが、
(ほう。どれもこれも見切ってやがる。自分でどう言おうとお前は才能があるぜ、アル坊)
小心者と自らを定義するアルシュカ。
命を二度落とすような真似をしないための誓い。
ライヒが望まないときに死なないとする騎士としての矜持。
それらが渾然一体となって、アルシュカには一つの才能が開花しつつあった。
(見える。予測できる。そうか、ドランとあれだけスパーさせてもらえたから、目が慣れてるのか)
どこまで行っても自らの才能だとは思わない。
誰かのお陰だと考えられるのは美徳と言えるか。
(余裕だ。
思考を読むんじゃない。土台スライムの思考なんて分かりようもないが。
ともかく、動きだ。あの触腕はどこかの位置から好きに動かせるわけではない。
胴体、根本となる部分から強引に振っているだけだ。見きれないほど加速している先端ではない。
見るべきはその出所。だが、それが誘いの可能性もある。油断はするなよ、オレ……!)
弾くべきは剣で弾き、避けられるものは回避をし、跳ねるようにして騎士スライムまでの距離を詰める。
それだけではない。
(オレにはライヒ様のような剣技も、ドランみたいな腕力もない。
けど、二人に並べるようなものを一個だけ、オレは持っている。
足だ。
傭兵時代に散々鍛えさせられた足の強さはオレの強みだ。
アンデッドフォールの影響もあるかもしれないけど、疲労も感じにくい。心がもたないところまで鍛えられるからこそ、今のオレの足は)
加速する。
加速する。
加速する。
(速えな、アル坊。オレですら目で追うのが精一杯かよ)
戦いの中で育ちゆく彼をフォローし、その生育をより有意義にするためにと側にあろうとしたが、あっさりと追い抜かれていった。
圧倒的な速度だった。
人間的な思考を持たない騎士スライムは極めて原始的な判断をする。
人間である。
捕食可能である。
動きに合わせて武器を振るう。
動きが鈍くなれば追い打ちをする。
あるいは、勝てないと判断したなら逃げる。
だが、そうした思考が追いつく前に。
かあん、と甲高い音が短く響く。
ライヒの愛剣であったそれが騎士鎧をあっさりと真っ二つにする。
袈裟懸けだ。斜めに寸断される。
元々、かの魔獣マルティスコアをも屠った剣である。古びた騎士鎧の如き断てぬわけがない。
必要なのは持ち主がその技量に達しているかだ。
その技量が至らずとも、いや、至らぬことを理解しているからこそアルシュカはそれを埋めた。
圧倒的な速度で。
だが、スライムは即座に判断する。装甲が切られた。そもそも、剣の連打が通用しない。
格上の生物。戦いをすることは無意味。
騎士スライムの目的は捕食であって決闘などではない。
まるで断頭されたかのように、しかし自らの意思で首を切り離す。兜と共に飛んだのはコアだった。
兜を備えたままなのは兜が強固であるから。スライムは元より、アルシュカやドランが知る由もないがその兜は戦争で死んだ某国の将軍のものであり、流れ流れてこんな僻地まで転がってきていた。
一軍を率いる人間の命を守る壁の役割をするためであるからこそ、その兜は他のものよりも圧倒的に強固であった。魔術による被覆もされており、そこらの剣士や戦士では全力の振り下ろしでも砕くことはおろかへこみ一つを作るのが精一杯だろう。
「ふうッ──」
一方。アルシュカは読めていた。むしろ、この展開になることを予測して袈裟斬りにしたのだ。
飛んだ兜を睨む。息を整える。
賜った剣を構えた。刃を握るではなく添えるようにして、上段に構える。半身の姿勢。白刃を押し出すようにしながら、加速した刃と同調して腕を振るう。
音すら断ち切るように流れた一刀。
瞬くよりも速く、刃が地面をも切り裂いて、満月を描くようにして放ったときと同じ構えに備え直される。残心だった。無闇な追撃な不要だと理解していた。
次の瞬間、空中で兜が真っ二つに割れた。
ヒョルド・アルバネットに続き、この地に二人目の兜割りが新たに誕生した瞬間であった。




