再誕騎士vsドブさらい
ライヒが過去を想起する頃、その一方で──。
アルシュカとドランがアドルインへと到着する。
心なしか人が多い。
いや、心なしではないだろう。
ライヒが打ち出した興行の影響力が大きかった。
『貴族とマフィアの大決闘』というのも大きな売り込みになったが、影響力についての作用はそれだけではなく、空に浮かんで見せたヴィジョンを知り、可能な限り技術を吸収したいと集まった学者や術士も少なくない。
アルシュカは特に普段と変わらない雰囲気だが、流石にドランはオルドホルムから出るにあたってリオとマイアに厳しめに変装を命じられている。
どうせ短い命だろうし名前は適当でいいとしているようなドランであっても変装を求められる理由くらいはわかる。
ドランはかつてのドラルディン・ファミリーの主。
死んだはずの人間が歩いていればアレコレと問題を引き付けかねない。
めざとい、耳ざといものたちは既にかつての主人であるドランに渡りをつけ、協力姿勢を見せたりはしているが、そうではないものたちも当然多くいる。
決闘の前に余計な問題を誘引しないように、ドランは付け髭に貴族服という極めて妙な変装をされている。一言で言えば貴族風巨漢紳士。一言なのか? それはさておき。
ドラルディンを知るものもよもやそのようなトンチキな服装を彼がしているなどとは思わない。
とはいえ、トンチキではあるが彼であることを知らない人間であればどこぞの田舎貴族か、放蕩貴族にも見える。
疑われることなく、ギルド施設へと入る。
流石に冒険者たちの中にはドランの纏う気配というべきか、無意識に出している圧のようなものを察知するものはいる。
だが、それもアルシュカと共にいることを見れば、
『ああ。またあのご令嬢が妙なお仲間を取り入れなさったんだな』
で終わることだった。
フィニーとは事前に人を遣って依頼についての話を通していたので別室へ。
ドランについてはライヒから共有もされている。
が、そのことに踏み込むほどフィニーも抜けてもいない。あくまで彼女にとってドランは現在、ライヒに協力している流れものであり、それ以上でもそれ以下でもないと扱う。
「それでは、依頼は以上です。
……改めてにはなりますが、依頼元については」
「ああ。信用していい。元々は──……」
俺様のと言いかけて、
「筋の悪い連中とつるんでいた時期もあるが、それも随分前の話。
今は清掃を生業にして、人も幾人か雇っている。内容が内容なんだから軽くは裏を取っているんだろう」
「ええ。依頼外での面倒ごとを可能な範囲で排除するのはギルドの業務ですから」
実際、フィニーとギルドは調べている。
彼の言う通り、一時はドラルディンの子分として動いていたが、ある時期……つまり、交代よりさらに前、ドラルディンがファミリーとなる以前に群れから去っている。
現在は住宅エリア、口さがないものの言い方をするなら貧民街で商いをしている男だ。
肉体労働の元締めをしており、特に都市清掃に力を入れている。
裏もなく、依頼者当人は善意から住民たちの福祉を請け負っている。過去に瑕疵があろうとも信用には値すると判断される経歴の持ち主。
「詳しい話は依頼者に聞けばいいんだよな」
「ええ。……一応、依頼が依頼だから」
アルシュカの言葉に業務ではなく年が少し離れた友人としての口調でフィニー。
「余計な横槍は入らないように受注者のこととかは厳格に管理しているけど」
「どこに耳があるかもわかんない、か」
ライヒの行おうとしている興行に何かのビジネスチャンスがないかと、多くの人間が探っている。
ギルドなどは特に情報の宝庫、依頼という形で出されるものはある意味で問題点の最先端に位置しているからこそ、耳をそばだてる人間がいてもおかしくはない。
もちろん、ギルドの職員はそう多くない上、全員が信用できる人間であり、冒険者にしてもそうだ。
アドルインの冒険者であれば、全員がしっかりとした信頼を勝ち得たものたち。
ただ、冒険者ギルドは半ば公的な組織であり、ギルドに登録した冒険者であればその登録場所や主な活動場所に関わらずギルドは冒険者を歓迎することがマナーである。
つまり、今のアドルイン冒険者ギルドには一定人数以上の『よそもの』がいるのだ。
表向きその全員が野次馬であれど悪党はいない。
ただ、その腹の中まで見えるわけでもない。
現状において警戒しなければならない以上のことはなかった。
二人はフィニーからギルドから依頼を受けたことを示す書類を受け取り、依頼者の元へ向かう。
✘✘✘
個人でありながら住宅エリアの福祉に力を入れているのだから、きっと金持ちなのだろうという先入観でそこに来たのはアルシュカだけではなかろう。
今までもそうした考えで来た人間はいるはずだ。
だが、実際に来てみればそこにあったのはあるのは広さこそあれど、みすぼらしいと切り捨てることができるくらいの建物であった。
石造りではあろうが、修繕は行き届いておらず、最低限『崩落しないように』という苦慮が見て取れる手の入れ方をされていた。
アドルイン自体、よく言えば歴史のある都市であり、都市成立より以前より存在するような建築物もちらほらある。
この建物も間違いなくそうした、やはりよく言えば歴史的な建築物であることは間違いない。
入り口には使用人か何かが立っていた。書類を見せればすぐに頷き、中へ。
中は外よりはマシな風に思えた。
古いものの、掃除は行き届いていたし、今のような昼間であればしっかりと取られた大きな窓や明かり取りの窓によって部屋中が照らされている。
幾人もが忙しくしているフロアを抜けて、個室へ。
一人忙しく書類と奮闘している中年男性は来客を見ると、
「ありがとう、戻っていいよ」
とだけ告げて下がらせた。
小太りではあるが、それは金満生活の末ではなく、忙しすぎて運動不足が祟った結果であろうことがわかる。
表情は書類仕事が続いて眉間に皺こそ寄っていたが、その雰囲気は柔和で、他者を諭すことに手慣れていそうな優しさが見え隠れする。
そして、使用人が去り一拍の後。
どん──
中年男性がその体を果敢な猪の如くにドランに当てた。
それは決して、
「うわああああああ!!」
攻撃的ではなかった。
「兄貴ィィィィィッッ!!!!」
声。
そして、瀑布の如き落涙。
状況の目まぐるしさにアルシュカは混乱しつつも男が近寄ったときに構えかけたのを解く。
ドランが体当たりされる前に手でそれとなくアルシュカを制していたのもあった。
「マジで兄貴なんだな!?」
おんおんと泣くどころか、ウオオオンとまるで熊のいびきのような泣き声をあげる男性。
ドランはまるで慣れているかのように、暑っ苦しいぞと言いながらも突き放さず慰めるように肩を叩く。
暫くして、
「すみませんでした。
冒険者の方にみっともない姿をお見せしました」
アルシュカに陳謝してから、
「この辺りの世話をさせていただいております、オングと申します」
オングの曰くところ、ドランとは子供の頃から兄弟分として付き従っており、チンピラの群れからいよいよマフィアとしての設立に移行しようかというタイミングでそれまでやっていたシノギを彼に渡し、更生させたという。
それについてドランは更生させたなんて言うつもりはねえ、面倒ごとを押し付けただけだ、とボヤく。
アルシュカも数日程度の付き合いでもこの男が裏表のない、体に似合わないシャイなところがある人物であることは理解している。
オルドホルムでも力仕事をジジババたちに頼まれて断れないどころか、率先してやっているのも見受けられた。
「現在の主としている事業の一つが下水の清掃と最低限の管理なのですが──」
ここ数日、雇っている清掃人たちが行方不明になっている。
元々このスラムに流れてくるような連中で構成されたチームだから職場放棄を選ぶことは珍しいイベントではない。
ただ、それが一人二人、月に一度程度ならば。
「消えているのはそのペース以上だってこと?」
アルシュカの問いに頷くと社内で管理している報告書が提示される。
それを手に取ると読み進める。アルシュカもリオには及ばずとも利発であり、勉強熱心であろうとしている。最近はその甲斐もあり単純な識字だけではなく、事業に関わる書類や報告書などの読み解きもできるようになっていた。
そこから見れるのは確かに異常なペースだった。
オングもすぐに異常事態であると考えて武力を持つ人間を組織して見回りなどをさせたが、
「壊滅」
「ええ。死体もありませんでした。ですが、装備と幾つかの走り書きがありまして」
報告書によれば、化け物が現れたであるとか、手足のある水棲生物であるとか、騎士の亡霊であるとか。
幾つかの情報は矛盾もあるが、多くは敵対的な存在を知らせるもの。
「でも、どうして最初から都市に頼らなかったの?」
アルシュカの疑問はもっともなことだった。
目下ライヒと都市側はバチバチの状態ではあるが、都市に住むものにとってはそれは関係のないことだ。
であれば──
「そいつは無理な話だ」
「ドラン、どうして」
「連中は俺様らなんざ何も思っちゃいねえのさ」
「同じ都市に住むものなのに?」
「金にならんのよ、連中からするとな」
さして多くの税金を納めるわけでもなく、しかし土地は占有し、汚れを撒き散らすとごく一部の富裕層からは嫌悪され、文句を言われる。
都市側からするといいお荷物でしかない。
そんな彼らが被害をどう受けようとも知ったことではない。
むしろ、掃除にはちょうどいいとすら考えているかもしれない。
アルシュカとて幼児ではない。そうした論理も理解はする。
(それを納得できないって思うのは、ライヒ様の影響かな)
などとも思う。
いや、ともかく、と思考をまとめ直す。
「でも今は」
「上が動いたと言うよりは、冒険者ギルドに丸投げされ、ギルドはそれを重く見て行動してくださったという形ですね」
苦笑しながらオングが言う。
ギルドからしてみれば、一部の富裕層の声であるとか、自分たちの懐に入る金額についてだのというものよりも、都市の多くの人間が恩恵を受けている下水に万が一のことがあったならと思うところが大きい。
清流派のささやかな助力もあり、それなりの規模の依頼として動かそうとも考えたものの、
「都市側から横槍が入って大事にするなと……」
「で、そこで俺様の噂もあって、今に至るってわけだ」
かつてのドラルディンを名乗るだけならばそれはそれでいい。
本当に兄貴分が戻ってきているというのならば、これほど喜ばしいこともない。
彼に渡りをつけたのは淡い希望だったのかもしれない。
結果として、ギルドを通じて現れたのは過日の恩師である男であった。
「支払いのほうも見たぜ。結構張り込んだじゃねえか」
「それだけの事態ですから。それに、報酬そのものは私以外にもギルドの有志の方と、清流派の方々の協力もあったので」
「そうかい。……食うに困ってねえって思っていいんだな?」
「あのときとは違いますよ、兄貴」
捨てられていたカビの生えたパンを分け合うような日々ではない、と。
確かに施設は古いが、困窮はしているようには見えない。
ドランは少しだけ、自分が彼を手放したことを誇らしく思えた。
必要となる情報を全て聞き、あるいは書類として受け取り、
「オング、あとは俺様とアル坊に任せとけ。何もかもすっかり終わらせてやるからよ」
と立ち上がり、足を止める。
「行くのは下水なんだったな。報酬から差っ引いて、俺様たちの替えの服を用意しといてくれ」
豪放磊落な笑みを浮かべて。
それは依頼をきっちりこなし、戻ってくるという宣言に他ならなかった。




