令嬢回顧vs悪天候
依頼を受けて出発したライヒを筆頭とした臨時一党。
天候は少しばかりよろしくない。
大雨にこそならないだろうが、視界を完全に確保できるとはいい難い霧がかったものになっていた。
これがただのピクニックであるなら涼しくてちょうどよかったかもしれないが、あいにくと今回はピクニックではなく賊討伐。
「よもやオルドホルムのお嬢さんが冒険者になるとはのう」
警戒を緩めるわけでもないが、それでも口を開いたのは人の良さそうな小柄な男、ザフトナだった。
悪く言えばロートルの冒険者。出は南方の聖教都市、それらの守りを支える聖堂騎士と呼ばれるエリートを何度も排出する家柄。
冒険者になった理由は酒で身を崩したから。それ以降も酒を断つことはせずに、都市から出て冒険者になったという。
死ぬまで酒を飲む。そのためにロートルとそしりを受けようとも仕事を続けるのだとライヒは聞いていた。
「いつぞやはお世話になりましたものね」
「世話にといっても賊退治の手ほどきをしたくらいだろうに。なあ」
酒豪に対して気安い感じに声をかけたのもまたロートル。隻腕の男で、元々は猟師をしていたものの弓が引けなくなってからは外専門の斥候に転身した。最近は腰が痛くなって引退を考えているとのたまっている。
酒豪はそれに対して、手ほどきもなにも少し教えたらこちらよりも賊を討伐して居心地が悪かった、と返す。
随分と昔にオルドホルムに雇われ、治安維持の仕事を手伝ったことがあった。
そこでお転婆な令嬢(当時は冒険者ではなくちゃんとお嬢様だった)ライヒに乞われて仕事を教えた。
ハルバードを持ち出して大暴れした令嬢はそのまま彼らの仕事以上のことを成し遂げてしまう。
とはいえ、それでは彼らの仕事と報酬の邪魔になるからと半ば押しつける形で手柄を渡されている。
彼女は彼女で働きが過ぎれば両親に睨まれるから、取引としては成立していた。
ただ、恩義を感じた二人はライヒが冒険者になってから何度もサポートに入ってはそれを少しずつ返している。
「ライヒってマジでお嬢だったん?」
獣種とも呼ばれる、人と獣の特徴の混じり合った少女が驚いたように。
ライヒと同じ頃に入った、現在はライヒとは別に三人組の一党を結成している。こざっぱりとした性格の少女で同業者にも市民にも人気がある。
「そうですわよ。見ての通りのご令嬢でしてよ。ホーッホッホ!!」
「それが信じられなくなる原因なんだけどな、その高笑いが」
苦笑しながら獣種の少女の隣で同じく獣種の青年が言う。
彼は少女の兄であり、故郷から共に出てきたという。面倒見がいいのは兄妹揃って。妹と違うことがあるなら彼はそれなりに準備や心配をするほうであるということだった。
「で、どうする。もうじき目的の場所だ。一度野営する?」
雑談を区切らせるようにして冷静そうな青年。
獣種兄妹と共に行動する学士見習い。というか、離脱者というか。彼は様々な知識を広範に取り扱う学士と呼ばれる職に就くはずが、親代わりの人間によって金を持ち逃げされて学費が払えなくなって冒険者になったという。
その親代わりに対しての復讐をする際に獣種兄妹と出会い、共に戦った。
その話はそれなりに壮大ではあるが、三人はあまり口にはしない。すばらしい思い出ばかりではないことはライヒでも察することができた。だから、追求をしたことはない。
「そうですわね。
一応野営の準備はしますけれど、賊のテリトリーの近くなのは間違いありませんし」
ライヒの言葉を続けるように隻腕が、
「警戒をするものと野営の準備をするもので二手に分かれるか」
その言葉にそれぞれが頷いた。
「キンバルさん、見回りですか?」
隻腕……キンバルに問うたのは学士だった。
「ああ、そのつもりだ。ハインも来るかね」
「お願いします!」
ハインは学士を今も志しているが、かつてのように資格としてではない。広範な知識を持ち、多くの人々の助けになることを望んでいた。
キンバルのようなベテランの経験と知識はまさしくハインの求めているものであった。
それを見てうずうずとしているのは獣種の妹。
「だめだぞ、エリチェ。お前がいったら騒がしくするだろう」
「そこまでトーシロじゃないっての!」
兄に先回りで禁止されてムキになって返事をする妹エリチェが、すぐに、
「まあ、こういう仕事は慎重な兄貴向きだとは思うけどさ」
「わかってるならそれでいい。キンバルさん。俺もいいですか」
「もちろんだ、イガネ。お前が来るならついでに狩りもしておくか。少し長くなってもいいように先々の飯のことを考えなくてはならんしな」
「是非そうしてください。ライヒも大飯食らいですしね」
ハインの言葉に反抗するではなく、
「わかってるじゃありませんの、ハイン!
鹿一匹じゃすまないですわよ!
しーっかり学んで、しーっかりハントなさってきてくださいまし!」
「はいはい、わかったよ」
ハインは苦笑しながらも同意する。彼女が軽口で怒るような女ではないからこそ。
心地よい相手だった。それはもちろん、ライヒにとっても。
貴族として遇されるのではなく対等な仲間として接してくれる彼、そして彼らはかけがえのない仲間であった。
「おう、キンバルよ。わかっているとは思うが」
「わかっている、ザフトナ。肝は捨てるな、だろう」
「酒の肴は野営じゃ貴重だからな。ワハハッ」
そうして、二手に分かれる。
✘✘✘
「ねえねえ、ライヒぃ」
「なんですの、エリチェ」
「ハインのことどう思ってるのさ」
「なっ」
不意打ち。
年頃の少女ゆえ、好物は何も食事だけには止まらない。恋バナは食後のデザートよりも好ましいものと考えていた。
「おう、それよそれ。わしにも教えい」
にまりと笑うザフトナ。好色というわけではなく、孫をからかうような。
「べ、別に。普通に仕事仲間だと思ってますわよ。ちょっと顔がよくて、頭もよくて、物知りで、お節介で、声がよくて、気が利くだけの、普通の仕事仲間ですわよっ」
「脈ありね」「脈ありだの」
笑いあうエリチェとザフトナ。
ただただ恋バナをしたいだけ、というわけでもない。彼らはライヒを案じていた。
貴族だから、と線を引いてしまっているのは彼女にもある。
それは下等な人間どもとは違う、などというよくある貴族の思考から来るものではない。今更だ。
彼女は自分が貴族であるからこそ、いつその身分を盾にして無茶なことを命じてくるものが現れるかを危惧していた。
貴族として当然の責務として、死地に赴かせるような依頼をギルドに投げてきたらどうしようと、見えざる敵に警戒していた。
それについては、そうだろうと彼らも理解している。貴族とそれを取り巻いている社会や通念は余人には理解に余ることだが、そうしたことがあることは聞くことが多い。
だとしても、その結果として気の好い女冒険者が一人、孤独なままに冒険を続けるのは寂しい旅路だと思えて仕方がなかった。
エリチェもザフトナも、ここにいない今回の臨時一党の仲間も、ギルドの受付嬢であるフィニーもそれを思っていた。
だからこそ、
「ちなみにねえ、ハインは~」
エリチェがハインの感情について語ろうとするも、
「聞きたくありませんわ!」
「えー、やっぱそれは相手に失礼だからとか?」
「そんな一般的な感性を保っている女だと思ってるんですの、わたくしのこと」
「思ってない」
直球で返されるとむぐぐと妙な悔しさがあるライヒ。
「恐ろしいのよなあ、お嬢。
もしも意中のハインに嫌われてたり、ちょっとでも避けられるようだったらと」
「うう」
思わず呻くライヒ。
それにエリチェは「一般的な感性……っ!」と驚いていた。
ライヒの反応にトナはわっはっはと笑い、
「わかってはおろうさ、お嬢。この依頼に一緒に来たのが答えだろうさ」
「そりゃ、……そう考えたいですけれど」
じゃあさ、とエリチェ。
「依頼終わったら聞いてみちゃったら?」
「何をですの」
「一緒に冒険しない? ってさ」
「ハインは」
「こっちの一党仲間だけど、ならライヒが一緒になってくれれば損ないでしょ?
あ、二人っきりがいいって話? それならこっちは身を引」
「ちちち、違いますわよ!
……その、だって、わたくしは貴族で」
「関係ないって。それにもしもライヒの危惧が現実になったとしたら、そのときは」
ちらりとエリチェがザフトナを見る。
「わしらも、ギルドも全員がそいつを叱りつけてやる。安心せい、お嬢。
お前さんはもうわしら冒険者の一員、かけがえのない家族のようなもんじゃ」
その言葉に感情が大きく揺れる。
「っと、わしはちょっと水でも汲んでくるかの。エリチェ、あとのことは頼むぞい」
エリチェが頷いたのを見て立ち上がったロートル。大きなバケツを二つ持ちながら言う。
水汲みは重要な仕事ではあるが、今回ばかりはそうではない。
泣かせそうになってしまったライヒが、素直に感情に従えるようにこの場からの退場を選んだのだ。同年代の少女の前なら、きっと感情を吐露できるだろう。人生経験からそう判断してザフトナは歩いて行った。
✘✘✘
ふっと急に周りを見るエリチェ。
どうしたのかと問おうとしたライヒだったが、彼女の顔が明らかな警戒であることに気が付いたが、少しだけ遅かった。
彼女が未来にいるライヒのように数多の魔物を討伐し、マルティスコアを退治するような頃であれば別だったかもしれない。だが、それは未来の話。
警戒に応じようとしたライヒよりも先に動いたのはエリチェ。彼女はライヒを押し込むように転がす。
「エリチェ!?」
「ごめ、ん」
言葉は短かった。血が降りかかる。
エリチェの体に穴が空いていた。
「チッ、両取りできなかったか」
魔術士が舌打ちをして杖を構え直す。
「エリチェ……?」
彼女はもう何も言わない。体位を変えて抱き抱えるようにする。眠るようだった。だが、それはただの眠りではないことは理解できていた。ライヒも未熟であっても冒険者であり、貴族の子でもある。世界が残酷であることは理解しているつもりだった。だが、それはやはりつもりでしかなかった。急に到来した無惨な死が彼女の思考を引きちぎってしまっていた。
「ま、もう一発でおしまいよな」
魔術士が再び杖を構え、魔術を行使する。だが、それは
「《雷撃矢》!」
別の魔術によって阻止された。
「ライヒ! 武器を構えて!!」
ハインが叫ぶ。叫びながら駆け寄る。
既にその体にはいくつもの矢が突き立っていた。
それでも彼はライヒへと走っていた。
命は永らえられまい。ハインは理解している。出血量だけではない。痛覚が機能していなかった。
「この依頼は」
ライヒに何かを伝えようとして、だが残酷無情がその速度を上回る。
矢が今度こそハインの命を奪うためにその体を貫いた。
数歩よたよたと歩き、最期にはなんとかライヒのもとにたどり着く。
賊たちはそれを感動的な何かではなく、滑稽なショウとして見ている。
「ハイン……!」
「ライヒ、冒険に」
「ぽ、ポーションを」
止めるように手を重ねるハイン。
「冒険に行くんだ、ライヒ」
一緒に。そう言いたかったのか。答えはわからない。それがハインにとっての最期の言葉だったからだ。
「おい、小娘。冒険者の仲間は他にいるのか?
素直に教えれば命は助けてやろう」
矢をつがえるものたちを止めるように指示しながら現れた男。
ひときわ気配が強い。命令する立場にあるものがはらむもの。カリスマとも言うべきヴェールが少なからずその男にはあった。
「……」
ハインの亡骸の側に座るライヒ。
「そいつの周りには二人いた。それと……ああ、この近くの川にも一人いたそうだ。
そしてここにはお前を含めて三つ。一般的に言えば六人。一党としての正しい数というやつだ。
で、どうだ」
男、ギュストークが言う。とはいえ、顔を隠すために巻いた布によって声はくぐもって聞こえる。それがよりその音を邪悪さを付与するようであった。
ライヒは何も言わない。ただ、ゆらりと立ち上がる。
彼女自身の武器は少し離れたところに転がっている。手近に武器はない。精々がちょっとしたことに使う短刀程度。
ギュストークはその距離もあって、ライヒを驚異とは見なしていない。
だが、側にいたエリチェを打ち抜いた魔術士は少しだけ表情を変えた。
「旦那、あのガキ」
そう言い掛けたときだった。
✘✘✘
カーネイラズ・グレイトキャピタル。
軍神、万人敵、鏖殺卿、対峙者の大敵、決闘者、死に嫌われたもの、メムナイザー……。
多くの二つ名を与えられた武人。
軍略と兵法に通じたものとして高名なライヒの父祖。伝説として語られる人にして人の枠からはずれているもの。
彼の伝説は大抵は劣勢や殿、孤軍による状況によって生み出されていた。敗戦にこそ彼は投じられることが多かったがゆえに。
ひとたび拍子が響けば、目の色を変えて戦場を駆け回った。目の色を変えてというのは比喩表現や詩的表現などではない。
ライヒには数代ぶりの、あるいはカーネイラズ卿の、『唯一にして完全な再来』とまで思わせる特性を備えていた。
立ち上がったライヒの瞳から光が漏れていた。魔力だった。赤色の光。空に迸る雷光とも、風がさらう血涙とも見える。
カーネイラズ卿は魔術をはじめとした魔力を使うことをしなかった。しかし、宮廷魔術士たちはこぞって彼の才能を賞賛する。
もしも本気で魔術などを学べば随一の使い手になっていただろうと、それを確信させるだけの魔力の貯蔵量も生成量も、そのどちらもが優れていたからだ。
戦場で戦うとなったとき、彼はその魔力を身体能力に全て回して戦う。
ただ、この戦い方には問題があった。
魔力に委ねたそれは強烈なトランス状態を呼び込む。魔力を高め、全身に駆けめぐらせるのは本来はシャーマニックの分野であり、人間がより外部、上位、他方へと精神をやるための手段と同じ。
つまり、この状態になってしまえばカーネイラズ卿はわずかな理性でなんとか味方を区別して戦う状態になる。
が、それもわずかなものであるがゆえに事故にもなりうる。だからこそ彼は劣勢を求めて戦っていた。
この状況はカーネイラズ卿であったなら望んだものであったかもしれない。
なにせ、ここにはもうライヒの味方も、友も、もしかしたなら心を深く通わせることになったかもしれない相手もいないのだから。
✘✘✘
「旦那、あのガキ」
魔術士がギュストークに何かを伝えようとした瞬間。
その首が飛んだ。
赤い稲光がその近くで迸っていた。ライヒだった。魔力が彼女に恐るべき脚力と跳躍を与えていた。手に持っていた短刀は砕けていた。カーネイラズの血統、その力に耐えられるだけの代物ではなかった。
「殺」
殺せとギュストークが命じようとする。
それよりも先にライヒは魔術士が持っていた杖を掴むと、その石突き側を上に向ける、つまりは杖でありながらも剣のように構えると無造作にギュストークの顔面へと振り下ろす。鈍い断裂音がギュストークの顔面を引き裂いていた。つらだけではない。中の肉も、重要な器官をも引きちぎっていた。
賊の取った行動はそれぞれだった。逃げるものもいたし、逃げられやしないとライヒに向かうものもいた。
その全てをライヒは殺した。
誰も残さなかった。どこの、誰の一人も。
✘✘✘
戦いは語るまでもなかった。誰一人残さず殺したライヒ。
その後に殺された仲間たちを集める。
ほとんど肉体が残っていないものも少なくなかった。
憎い賊どもの近くには置いておけなかった。
エリチェ、ハイン。川の少し大きな岩に引っかかっていたザフトナの一部と持ち物。イガネとキンバルの亡骸は魔物に食いちぎられて、ほとんどなくなってしまっていた。それでも冒険者としての証である認識票と彼らであろう破片は集めてきた。
五人の亡骸を死体袋にいれる。一人一つに。足りない袋は彼らの遺品から取り出して使う。
認識票と、自身の獲物であるハルバードを片手に、もう片手にボディバッグの紐を掴むと立ち上がる。数も重さも担げるものではなかった。引き摺ることを想定されたバッグではあるが、心情的によいものではないが、仕方もなかった。
アドルインの方向へと歩もうとしたとき。
気配。
魔力の大半は先の戦いで消費していたが、それでも感覚は研ぎ澄まされたままだった。
「おい、そこの貴様」
随分とぼろぼろになった服装。深手には至らないものの回避し損ねて痛んだ防具。それらはまるでどこかから拾ってきた装備で必死に身を固めた賊そのものと言えた。
ボディバッグを引いているのも、本来の使い方ではなく死体から剥いだ装備でも収まっているのかとも思えた。
「ジオットの部下か」
ジオット。ギュストークが使う名の一つだった。ギュストーク・ザイオが彼のこのあたりで賊を束ねるときの名前であったが、元々はジオットが本当の名前である。今でこそ身分を落としているが、元々はそれなりの立場にあった一族、その血裔である。
ベイシンから西側ではジオル家、ジオット家はそれなりに知られた貴族であった。一方は過去形ではあるが。
それでも、
「このすさまじい血の臭い。さすがはジオット家の男。初戦は勝利といったところか」
質問と言葉を続けた人物は先ほどまでライヒが相手にしていた賊どもとは違う。
揃いの鎧を纏う一団だった。
騎士と兵士からなる軍であった。規模は大きくはなくとも、それでも奇襲ともなれば辺境で都市の守りは弱卒ばかりのアドルインは落とされかねない。
彼らの外套や盾にはベイシンの紋章がそのまま刻まれている。つまり、身分を隠して暗躍する『暗黒騎士団』ではないことを示していた。
「……ベイシンの方ですか、お待ちしておりました」
ライヒはまだ彼らが明確な敵かを定めていなかった。ジオットというのが賊のカシラであることは推察が容易であるし、彼らがこの状況に絡んでいるのもまた推測できる。
だが、一暴れしたあとというのもあるだろうが、それ以上にこの状況に至った道のりと真実を彼女は知りたかった。
それゆえに貴族として育てられた彼女の、その一種の貴族流の冷徹さが魂を状況にフィッティングさせていた。
「うむ。で、ジオットは」
「ここはわたくしに任せると」
「ほう。わたくし、か。ジオットめ。賊以外も味方につけていたか」
「詳しい話は騎士殿に聞けとのことでしたが……」
「どこまで聞いている?
我らと合従してアドルインを落とすことは当然聞いているであろうが」
「……はい」
何とかこらえる。まだ情報は足りない。
「それはもちろん。ですが、問題は中に入ってから」
血を吐くような気持ちをこらえて、言葉を紡ぐ。
「市長殿と合流し、内部から統制を利かせる。市長殿は」
「案内の準備は、整っております」
「ほうほう、そうか。うむ。すばらしいぞ」
騎士はライヒの貴族ぶりと少しだけ先回りしての応対に満足するように。
「この計画は、市長が案じたものですか?」
「ジオットとの共同であろうさ。我らを誘うという大胆な手はジオットのものだろうが。
市長も立場がそのままであればより自由な市場にしやすい方にとなびいたのよ」
「冒険者を狙うことなどについては」
「さてな。ただ、無血開城は多くのものは納得しないだろうから、賊が増えて困っていたところにベイシンが協力を申し出て鞍替えするという筋書きだったのは間違いない。
つまり、」
ああ。
そうか。
つまり、
つまりは、
「冒険者は、殺されるべくして……殺された」
「ああ、そうだ。冒険者に身を落とすような安い命の使い方としては価値のあるものだろうと、ジオットも言っていたが、その通りだったな。ハハハッ」
「……そうか」
魂を削るようにして、魔力が満ちていく。
瞳から赤い電光が走る。
「死ね」
もう言葉を交わらせることなど我慢できなかった。死ね、と告げることが彼女の最後の理性となった。
触の二つ名を与えられるに相応しい女であった。怒りと嘆きが他の全ての感情と理性を隠してしまったからだ。
まるでその言葉が発端になったように、さあさあと細かい霧雨が降り始めた。
✘✘✘
その後。
彼女はベイシンの騎士、兵士を鏖殺し、都市に戻り激昂をそれらの事情を知り、裏で利用し、共謀していた官と市長にぶつけた。
本当に都市にいて、計画に関わったものたちを全員殺してやろうかとも思わなくはない。
だが、できなかった。
アドルインがあったから彼らに出会えた。
アドルインで出会ったから今の冒険者である自分が生まれた。
この都市は、彼女にとって大切な場所だった。友に引き合わせ、未来を作ってくれた大切なゆりかごだった。
それからのことは、そこに住むものたちに任せることにした。
そう簡単に都市が変わるとも思えずとも、それでも自分がいてできることなど血を流させることだけであったからこそ、都市追放刑を受けて離れることだけだった。
追放刑とはいっても、彼女が離れて少し経ってから戻ることは容赦されている。戻らなかったのは彼女の意志だった。
それ以後、各地で彼女の活劇が語られ始めることになる。
戦争末期であったからこそ、戦場での働きもあった。
超帝国の重臣たちと共に戦い、今の皇帝との出会いもあった。戦争の傍らで自らが冒険者であることを捨てぬために冒険を必死にした。
大抵の場合は戦時であり、冒険者そのものの質も数も低下してしまっていたからひどいことになったが。
それでも、彼女は戦い、暴れ、冒険し、活劇となり、やがて故郷へと戻ってきた。
錦を飾れるような人間ではないと考えていたし、実際に錦を飾れるほど裕福な土地の状態ではなかった。
それでも彼女は帰ってきた。
彼女にとってアドルインとオルドホルムは還る場所だった。
だとしても、こんな天候と景色の日には思い出してしまう。
若き頃の苦い経験と別れを。
口にはしない。
脚色された物語は街で今も謡われている。
それが真実がかすかに紛れ込んだ物語であることをライヒの寂しげな横顔を見て、リオは理解し、しかし言葉を求めることはなかった。
✘✘✘
時はいま少し、回想の頃へ。
ライヒが騎士との問答をするかしないか。
エリチェやハインが命を落とした場所でうごめくものがあった。
(死、ね、る、か)
思考が定まらない。痛みもない。
その男、ジオットと騎士が呼ぶ男。あるいはギュストークと呼ばれていた男。
その男は顔の半分、あるいは思考をとりまとめる器官を損傷しながらも意識を保っていた。だが、それが長く続かないことは理解していた。
死ぬのか。いや、死ねない。
バカな貴族の一族に生まれ、追放され、さらに一人になって、それでも生き延びた。
幼い頃にたたき込まれた学問と思考方法が彼を生き延びさせた。ジオルとジオットの両家の血にある特異な力である魔物を使役する才能はライヒと同様に父祖より断たれていたはずだが、ギュストークはそれを目覚めさせていた。
魔物と賊。騎士と兵士。野蛮な群とベイシンの軍を使ってアドルインの王になる計画。あんなイレギュラーがいなければ成立するはずだった。
だが、結実はしなかった。
(ま、だ、だ)
やれることを思考する。まともなことは思いつかない。当然だ。頭の半分がないのに思考しているほうがどうかしているのだから。
残った顔面にある単眼がうごめくものを見た。スライムどもだった。
主の一部へと寄り添うようにうごめいていた。命令を待っていた。
(このまま、死ねば、スライムどもの餌になるのか)
今は従うように見えている。だが、それはあくまでギュストークが生きているからに過ぎない。
死ねば、スライムどもは野生へと戻り、思考も思慮も通じずに食らい尽くされるのみ。
(食われるのか。このまま)
いやだ。
まだなにものでもないのに。
(死ねば、なにもなくなる)
(食わてしまえば、あいつらの、スライムの一部になるだけ)
(一部になど、おぞましい)
(あやつらこそ、おれの一部だろうが)
(おれの才能の。力の。行動の。意志の。その一部だろうが)
(……一部)
全体とは何か。一部とは何か。
ギュストークは取り留めもない思考のなかで、ある意味での究極へとたどり着く。
自他の境界とはなにか。世界と自分との境目はどこか。意識と無意識の差は何か。自我とは。無我とは。
全てを理解したつもりになった。きっとなにも理解などできていない。死の淵で見た妄執。
「スライム、ども。食え、おれを、食え!!」
命じた。
スライムが献身的にその命令に従う。
喰らいやすい、破損したところに入り込む。痛みはない。
「おまえは、おれだ」
スライムの肉体が欠損した頭へと同化していく。
「おれは、おまえたちでもある」
欠損した組織の代替をしようとうごめく。スライムはその体色をまるでそこにあった器官のようなものに変えていく。欠落してしまった記憶は戻ったりはしない。だが、それでも記憶にあるだけの部分で表面の粘液は皮膚にも似たものに変質していく。
「そうだ、おれは、おれはまだ、」
ギュストーク・ザイオ。
ジオット家の血裔である記憶も、どうして都市を奪おうとしていたかも、スライムと一体化していく中で失われていく。
だが、それでも自分がなにを求めているかだけは残っていた。
「まだ、なにも成し得ていない」
思考と記憶から多くが欠落しようとも、心魂はとぎれていなかった。
アドルインを奪い、我がものにする。
そこに本来どのような意味と理由があったかなど、ギュストークにはもはや必要なかった。
この日、アドルインの近郊で二つの怪物が産まれていた。
一つはカーネイラズの再来、ライヒ・グレイトキャピタル。
そして、もう一つは妄執と野心の魔物、ギュストーク・ザイオ。




