令嬢回顧vs中抜き
「ぬ、う……」
その男──ギュストークは痛みにうめく。
雨が強く降る日はたびたびこのように痛む。
外にある水を求めるようにか、あるいは雨の後にある晴れ間には同胞が地上に這い出ることを知っていて、群れたくて動くのか。
痛む。ぎしぎしと痛む。
「く、ぐぐ、ぎ……」
痛みが強い。頭蓋が内側から破裂でもしてしまいそうな痛み。
「大丈夫ですか、ギュストーク様」
見かねたのか、側に付いていた事務方が声をかける。
「水です、飲んでくだせえ」
心配したのはその人物だけではなく、護衛についていたチンピラもだった。
彼らは単純に雇用主である彼を心配するのみであった。
彼がどのような人間で、どのような悪党で、どのような思考を持っているかは知らない。
語られない以上知る由もない。とはいえ、何もかもを知る必要も業務上で必須なことでもない。
だから深くは問わない。
ただ、苦しんでいる人間がいたからなけなしの善性によって彼の世話に近寄った。
「うぐご、ごぼあああ!」
刹那。その口から、眼窩から、液体が吹き出る。それらは滴るような液ではなかった。液状ではあっても、まるで一つの生物、あるいはその触腕かのようにして動く。すぐさま近くにいる二人にからみつく。触腕は彼の顔から出て、太い一つの幹となるようにして膨らんで、その後に二つに枝分かれしていた。
二人は次の瞬間に、熟れた果実が吹き出すようにあっさりと握り潰された。圧搾という言葉が似合いだった。
「ああ、ぐううう。ライヒ、ライヒ……ライヒ・グレイトキャピタルゥゥ」
痛みに苦しむ。
ぞり、ごりゅと砕いた二人を補食していた。触腕はすぐに血液の色に変わる。
「あと、少し。少しだ。苦しめてやる。辱めてやる。ぎいい、ぎ、がああ」
メリメリと頭蓋が破裂するではなく、ヒビが入ってはゆっくりと持ち上がる。そこから見えるのは人体の持つ本来の構造以外であった。
「もう少しだ。もう少しで」「都市は私のものだ。支配する。搾取する。王権を得て野心を満たす」「殺してやる。精神がそれを叫ぶのだ。殺せと。ライヒ。殺す。辱め、砕き、剃り、削り、溶かし、殺してやる」
二つの声が頭蓋と口から響く。どちらもがギュストークという男のものであった。それはまぎれもなくギュストークという男の本心であった。
この苦しみは発作のようなものだった。
発作が始まったのは最近のことではない。このような肉体になったのもまた、最近のことではなかった。
✘✘✘
ギュストークが回顧する。
今ではない、かつてのライヒ・グレイトキャピタルが未だアドルインにて冒険者をやっている頃。
首都から西側に進んだ地で盛業に励んでいた男──ギュストークは緩やかに北上していた。
先々で問題を起こしつつ、着実にキャリアを重ねていった。
おかげで行く先々でチンピラや賊を仲間とした。
それだけではない。
彼の持つ先天的な才能もまた、大道を進まず野を行くからこそ役に立った。
彼の才能は即ち、魔物使い。それも犬猫やゴブリンのような知性を一定持つものではなく、スライムのような一見すると意思疎通が不可能であろう生物に限定しているもの。
彼からしてみると第二言語を持つような感覚で、魔物と対話をすることができる程度の認識であったが、言葉を交わせばあっさりと従わせることができる。
そして、特化しているがゆえにか、彼はスライムの扱いをよく心得ていた。
まるで一流の魔物使いのようにゴブリンを使役しているが、実態としてはそれはゴブリンの中でも多少の権威を持つもの──つまりは猿山のボスのようなものを殺し、亡骸にスライムを寄生させて動かしているだけだ。
しかし、大抵のゴブリンの知性では死体が命じているのと、生きているボスが命じていることに差を覚えることができない。
それを利用してギュストークは魔物による分隊を指揮、運用していた。
(人間を操れるなら早いのだが)
そう考えることもあったし、実際に試してみたものの、スライムにとって人間は御するにはあまりにも複雑らしい。成功した試しはなかった。
人間に限らず生きているものに寄生を試みることもしたが、生きているものはどうにも、何か……精神や魂とでもいうべきものに反発されて、スライムが生存するに適した環境にならなかった。
寄生による傀儡化は現実問題として実行できずとも、それでもスライムに外装を着せて動かすことはできるのならば今はそれで十分。
操る魔物によって得た暴力、それを『効果的に使って』獲得した賊の群れ。
彼は賊と魔物の一団を引き連れ、根城としたのはアドルインからそう離れていない場所だった。
ここを選んだのは単純に都市の力がそれほど強いものではないから。
都市が強ければ目立つ賊がいればあっさりと騎士や兵士を使って退治されてしまう。
食い扶持が大量にあるからこそ次から次へと賊は現れるものの、命を大事にしたい彼のような人種からすると稼ぎのうま味が命の価値を上回ることはなかった。
一方で、都市の力が弱い場所というのはつまりは辺鄙な田舎であり、
そうなれば稼ぎは悪くなる。
だが、そのあたりを自分の力と影響力で寡占状態にしてしまえば言うほど悪い稼ぎというわけでもない。
ギュストークは命と稼ぎを常に天秤に掛けて生きてきた。
「今日の稼ぎは」
近くに侍る男に問うと、
「ニックスが行商の馬車を一台やりました。
あとはカシラが倒した冒険者一組でさあ。稼ぎとしちゃ十分です。買い取り業者は明後日には来る予定になっていやすぜ」
「残したいものはなにもない。全部売って飯と酒に替えていい」
「げへへっ、ありがてえ」
飲めないわけではないが手下どものようにガバガバ呑る方ではない彼は、酒に替えるというのはそのまま手下どもに振る舞うことを意味している。
(お陰で数は増えてきた。都市一つを落とすにはまだ足りない。もう少し、いま少し……)
彼らを退治しに来た冒険者や見回りの兵士と戦った。実力は正直、想像未満もいいところ。都市間を旅する行商のほうがいい腕っ節をしていた気すらする。
だからこそ、それを知ったギュストークには夢が根付いた。
立身出世。
戦争が終結し、超帝国が覇者となったこの時代で立身出世を願うのは難しい。
それでも一国一城の主を夢に見るのは戦争中に生まれた男として備えてしまう夢想ではある。
勝ち得る手段がありそうな都市。都市の主は即ち王そのもの。いっときの儚い玉座であっても目指す価値はある。
いや、やりようによっては認められるかもしれない、と甘すぎる見込みもゼロではない。
勢力をいま少し強めたなら、いよいよ動き出してもいい。
魔物どももよき具合に集まってきている。
散歩がてらにふらりと覗く魔物の待機所では先日の冒険者たちがまだ半ば生きた状態でもてあそばれていた。
飼い慣らすことは簡単だった。
それから三ヶ月ほど、彼は野盗を指揮し、ときおり自らも戦って研鑽を積む。
魔物どももそうして得られた人間という戦利品を耽溺した。だが、問題が起こった。
魔物の一部が殺され、逃げ出した戦利品がいた。人間だ。流れの商人であった。
追いかけるも消息は掴めなかった。
都市に駆け込まれれば現状の手札を見られることになる。
(いや、いい機会かもしれん)
逃げた商人は冒険者ギルドやアドルインの役人ともべったりだったと当人から聞いている。自らの無念を語れば依頼となり、自分たちに武力を向けさせるかもしれない。
そうなれば、彼が計画している戦いの呼び水にできる可能性も出てくる。
(それだけでは足りないか。であれば、より刺激になる行動をしてやろうか)
刺激的な行動。つまりはこちらから打って出てやればいい。
「全員集めろ」
ギュストークの命令に従う手下たち。
統制のとれた軍勢ではないが、それでも一週間もあれば手勢の全ては彼の元に参集するだろう。
✘✘✘
ギュストークが根城を得てから少しの後。
一人の商人がアドルインに逃げてきた。転がり込んできたというほうが表現としては正しいか。
その人物はひどい傷と疲弊、無茶な逃避行。それらすべてが祟って死んだ。
商人はギュストークが集めた魔物たちに慰み者にされていた商人だった。
仲間の仇のためにと知る限りを伝えようとした。
全てを伝えきる前に命は尽きたものの、都市にとって十分にやっかいなことであるのは明白。
それを聞いたのは都市の運営を担うものたちであった。
「市長、いかがします」
問われた男は少し考えていた。
面倒な状況だと、口にも顔にも出さないが考えていた。
なにせギュストークには甘い蜜をそれなりにすすらさせてもらっている関係があったからだ。
「アドルインは超帝国の膝元にある。ここに仕える兵士もまた超帝国の大切な武。誉れある戦いならばまだしも、賊と魔物の群れ如きに使うなど不名誉とは思わんかね」
甘い蜜を啜っているのは市長だけではない。彼の側近は市長の言葉に酷薄な笑みを浮かべて、確かにと頷く。
彼もまた、汁を存分啜っていた。
「では、汚れ仕事は専門のものにやらせましょう」
「そうしろ。まあ、報酬については色を付けてやれ。馬鹿でも金額から面倒ごとだとわかるようにな」
感慨深げに市長が、窓から外を望みながら、
「計画は少しばかり前倒しになるが、むしろ楽しみだったことがすぐに来ることがたまらんな。
都市の大変革は眼の前にあることに興奮を抑えきれんよ」
市長の言葉に側近であるベッツメンも不敵な笑みを隠さず浮かべた。
✘✘✘
ほどなくして、冒険者ギルド。
「賊討伐、ですの?」
紆余曲折を経て、依頼は冒険者ギルドに渡されている。
「うん。街の近くまで勢力を伸ばしているらしいんだよね。依頼元はゾナリア商会ってところ」
「ゾナリア……」
少し思い出そうとしている表情の冒険者。
長い金髪に大きな瞳。整った肢体。気品を感じさせる佇まいは当然である。彼女は貴族だった。元ではなく、今も貴族である。一応は。
名をライヒ。
駆け出しを抜けた程度の冒険者ではあるが、実力はすでに都市屈指と言えた。
高名な都市ではないし、優れた冒険者が在籍しなければならないようなやっかいごとが多いわけでもないから実力の天井はそう高くはないが、それでもライヒの持つ才能は誰しもが認めるものであった。
何より、その外見には似つかわしくない豪放磊落な性格と物言い。冒険者であればあるほど、理想ともいえる性質の女であったからこそ認められるのも早かった。
「ああ。運営とべったりの男の」
ゾナリアは元々ひどい汚職をいくつもしていたと噂されていた男であり、それが明るみにでる前に辞職した。
その後、商会を作ったものの、それは完全に運営と繋がっているものである。つまりは汚職の最前線ともいえた。
それでもゾナリアはキャラバンを抱えていたので賊の出現に対してナイーブに反応するのも理解できる。
報酬に関しては、
「んー、安くはないですけれど」
「高くもないよね。
けど、ほかの商人が犠牲になったとか、犠牲になったのは個人だったとか、規模は大きくないってのが商会の見方みたい」
どこまで信用できるのかというのもあるが、よもやこのあたりで都市を陥落させようとする野心あるものが、実体的な戦力を持って潜んでいるなど誰が思うだろうか。
「この金額だと個人と言うよりは」
「一党になるね。っていってもライヒは固定の一党はないから臨時になるかな」
「臨時っていっても顔なじみでしょうけど」
金額は個人で受けるには大きいといえる。ただ、高くはないという言葉の通りだ。
一党で分けてしまえばどぶさらいや暇な都市外パトロールよりはマシな程度にはなってしまう。
ただ、本来であればその金額は三十倍以上のものになっているはずだった。
市長が太っ腹というよりは、暗黙の了解を持たせるためのもののはずであった。
ただ、同時に市長はいくらかの中抜きがあるだろうとも思っていたからこその費用を考えていた。
汚職の土壌を作り育てた市長は自らの作り上げた腐りきった運営をなめていたともいえる。
結果として殆どを中抜きされて、現状のようなことになってしまっていた。
「それでは、わたくしは依頼にサインしますわね。
よき状況になったらお声かけいただけるかしら、フィニー」
「オッケーだよ、ライヒ」
ライヒとフィニー。
互いにまだ駆け出し同士ながらも、いや、だからこそ生まれからくる身分に差はあれども友情がそこにあった。
✘✘✘
数日もしないうちに臨時一党は作られた。
ライヒが冒険者になる頃から冒険者のベテランであったもの――つまりはロートルが二人。
ライヒと同程度の経験者が三人。
一説には一党はその命令系統の規模感やダンジョンに潜った際の幅や消耗品の持ち込み具合などから六人程度がちょうどよろしい、というお作法がある。
ただ、お作法はお作法。
今回の場合は参加希望者がきっかり六人であっただけだ。
野戦になる状況においては、お作法を超えるだけの人数が集まっても悪くはないと思ってはいたものの、辺境においてはそもそも参加者の数を揃えること自体のハードルが高い。
それでも六人は集まったのだ。それも完全な駆け出しを含めない一党になったのは喜ぶべきことだろう。
「人数がいれば安心感もあるね」
「とはいえ、油断は禁物だが」
「ライヒ、よろしくね」
エリチェの一党の三人。つまり、エリチェを筆頭にして兄のイガネ、学士見習いのハイン。
彼らとの連携については既に何度も経験している。
ライヒにとって組みやすい相手だった。
「実はお嬢と組める日を楽しみにしとったのよ」
「こんなジジイ二人を臨時に加えてもらって悪いな」
アドルイン冒険者ギルドのロートルと言えばで出てくる二名。
ザフトナとキンバルのタッグである。
魔術に頼らぬ戦士と猟師の経験を経た斥候。
肉体のピークこそ過ぎているが、まだまだ半人前に落ちはしていない。
「こちらこそ、よろしくお願いしますわね。それあ、出発と参りましょう!」
ライヒの声に一党がまるで古馴染みかのように「おおーッ」と手と声を挙げて賛同した。
「行ってらっしゃい!!」
それをフィニーが見送る。
それはいつもの依頼の始まりと何ら変わらない風景。
そのはずだった。




