再誕騎士vsおじさん
訓練用に刃引きされたロングソード。それであろうと風は切れる。
唸りをあげて振り、払い、回転、叩き伏せ、突きが放たれた。
技の持ち主はアルシュカ。ライヒの騎士であり、少年ではあるがその腕前はそこらの人間とは一線を画す。
才能もあろうが、力の出どころのほとんどは命を救い、自我を保たせてくれたライヒへの忠義と恩義。
精神的な部分が、アルシュカの才能の全てを引き出していた。
だが、
技を向けた先の相手にはそのいずれの攻撃も掠りもしない。
必要に応じた分だけを最小の動きだけで弾き、それ以外は見切る。
動きの終わり際を見切ると手に持っていた訓練用の木杖を容赦なく鳩尾に叩き込んだ。
比喩抜きにアルシュカの倍はあるのではないかという大男であった。
「ダメだダメだ。まるでなっちゃない。なっちゃないぜ、アル坊よぅ」
その男はかつてドラルディン・ファミリーの長として君臨していた都市暴力の根源であった。
名もファミリーが冠したものと同じ。
とはいえ、そのままではまずいと言うこともあり、現在は──
「痛っつつ……。ドラン、アンタが強いのは認めるし、格上なのだって認めるよ。
だからさ、オレの何がなっちゃないか教えてくれよ」
今、彼の男はドランと名乗っていた。
偽名にしてはまるで隠す気がないようにも思えるが、当人としてはそれでよかった。
仮初の肉体と命。造物主は破壊した。自らの肉体にメンテナンスが必要なのか、あるいは存在そのものに設定された残り時間があるのか、あるのならばどれほどか。
恐らく期限はある。残りが存在する。彼はそう考えていた。
人生を営々として生きるつもりならば新たな身分とまっさらな名前が必要だろうが、そうではないと考えているならば適当にもなる。
元々、永らえることなど考えていなかった。ノエルに殺されたことも特に何も思うところはない。せいぜいがこのガキ如きが俺様を殺すってのか、程度のものだ。
自我と自己に根差した感情はあれど、もっと生きたかったと願う心などこの男にあろうはずもない。
そんな男、ドランは溜め息を吐いてからアルシュカへと言葉を投げる。
「殺したいのか守りたいのか、半端なんだよ。坊は」
暴力の化身と、都市の中では言われていたドランだが、わかりやすい暴力と恵まれた肉体頼みというわけではなかった。
武芸者が進む果てに哲人と同じ場所に辿り着くように、ドランもまた武芸というものに深く知識と思考を割いていた。
「わかんねえよ。それじゃあ」
アルシュカが端的に返す。
彼にとって、粗雑に扱ってもよく、粗雑に扱ってもくるドランはこの環境において稀な相手だった。
一言で言えば、気楽な相手なのだ。
ライヒは主人であるし、リオは同じ年頃で、なにはなくとも美少女だ。
家族同然だと思っていても、あるいはいるからこそ粗雑に扱えるかどうかの割り切りは難しい。
そして仲のいい冒険者たちもいるが、アルシュカと冒険者は立場で言えばホストとゲスト。
あとはこの領地に根差したジジババがメイン。
目の前にいる男がただのチンピラであれば軽蔑もしたかもしれない。
なにせ悪党なのは経歴上間違いのないことだからだ。
だが、
「しゃーねえなあ、アル坊は。ほれ、見てろ」
杖を置くとアルシュカが持っているのと同じ訓練用のロングソード掴む。
構え、息を吸う。ドランの持っていた荒々しさがなりを潜める。
次の瞬間に踏み込み、空気を引き切りするような振り下ろし。
一拍置いて、気配を変えて荒々しい踏み込みと共に振り下ろし、それよりも早い刀身のかち上げ。腕力ではない。技であった。
「この違い、わかるか?」
一つ目は浅い踏み込みだった。だが、それは踏み込みが甘いのではなく必要最低限の踏み込みでしかないように見えた。
次の一撃は荒々しく、どんなものも踏み込みだけで砕いてしまいそうな勢いがあった。それは大型の肉食獣が獲物に飛びかかり噛み付く様子にも思えた。
「技の種類の違いはわかるけど、なんていうか」
「言語化は追いつかねえか」
「……」
小さく頷くアルシュカ。
「じゃ、もう一個見せてやる」
次に見せたのはドランの披露した技ではなく、先ほどのアルシュカがドランに向けて放って見せた技の幾つか。
そこでようやくアルシュカが「ああ」と納得した。
「……オレの技。……半端、なんだな」
「ハッ。見せてわかるだけまだ見込みアリだぜ、アル坊よ」
彼がアルシュカに見せた最初の技は守るためのもの。次に見せたのは倒すためのもの。
アルシュカの技はどちらでもなかった。どちらにも割り切れていない、半端な精神が技に宿ってしまっていた。
「騎士なら、やっぱり」
「守るための技がいいかってか?」
「違うか?」
「どうだろうなあ。お前の主人が可憐でか弱いお姫様ってなら、まあ、そうだろうよ。
けどあのお方だぜ?」
蹴り一つで常人であれば七孔噴血させかねない技を放つ。
あれが超帝国にとっての令嬢のスタンダードだというならおそらく、戦乱はより深くなっているか、あるいはあっさりと片付いていたかもしれない。
令嬢の数だけ剛力蛮族が増えると言うことなのだから。
実際はそんなことはないので、歴史もまた今の形で落ち着いている。
「あのお嬢さんが頼むことは守れと砕け、どっちが多くなりそうだと思うよ」
「それは……後者、だと思う」
「お前の中の主人がそう言ってるってんなら、進むべき方向も『そう』なんだろうよ」
アルシュカが頷き、ロングソードを構え直す。
「もう少し、付き合ってくれ」
「いいぜ。その代わり、晩飯は奢れよ?」
「店を困らせない程度の食事量にしろよ」
二人が再び、研鑽を始める。
✘✘✘
「っつーわけでよ。アイツも頑張ってるぜ」
「ドラン、案外面倒見いいんですのねえ」
夜。
その日のこと、つまりはアルシュカとの練習についてのことを報告をする。
もちろん一対一ではない。ライヒは気にしなくとも流石に男女、それも元ドラルディンがどれほどの人間かもわからないのに二人きりにしたくないと考えるのは家臣であれば当然のこと。
リオがきっちりとライヒの側に立つ。
とはいえ、睨むためではなく基本的には状況を見聞きし、必要な範囲で業務に組み込むなりするためである。
「どうにもガキには好かれるタチでな」
リオはドランが領内に来た時点で彼についてのことを徹底的に調べ上げた。
見知らぬ男が大事な大事なライヒの側に来るなどと、考えるだけ恐ろしいからだ。リオは偏執的なところがあった。
その結果、わかったことはドラルディン・ファミリーの成り立ちは彼と、行き場のない少年たちが群れたことから始まった。
おそらくアルシュカの面倒を見るようにしていて、結果としてファミリーの成り立ちに至ったのだろう。
当初からいた人間の全てはドラルディンが『代わる』前に去っている。
完全な悪党組織になる前に可能な限り更生の道を模索し、そのように向けたのだという。
もちろん、彼がその後に暴力を主体とした組織を持ち、その主であった時点で善人であるなどと口が裂けても言えないだろうが、それでも多くの人間がそうであるように、彼にも美徳の一つが備わっている。
少なくともリオはその点を見て、警戒をひとつ緩める程度に信用したくなったのは事実だった。
「で、本題はここからだ。
アルシュカはこの後の戦いに入れるんだろ、あのガキとの決闘によ」
「ええ。信頼できる我が騎士ですもの」
「アンタから見て腕はどうだ」
「未熟、なれど充分」
「ま、俺様も同じ見立てだ。……けど、あと一歩欲しい」
その切り出しに興味を持ったようにライヒがそれでと言いたげに瞳を動かす。
「ここに出入りしている商人の一人が昔のツレだったんだ。偶然だぜ、そいつとの再会は」
リオもそのことは知っていたし、当然ライヒにも共有していた。
商人は問題のある人物ではなく、むしろ公正な人物であったし、会話の内容自体もある程度は抑えていた。
大抵は都市についての雑談。とりわけ彼がいなくなったあとについての話がメインである。
「そいつ曰く、マフィアの勢力圏だったエリア──下々の連中のねぐらになっている場所があるんだが、そこの幾つが地下に張り巡らされている下水エリアに落盤したらしいんだよ」
ちらりとライヒがリオを見ると彼女は小さく顔を横に振る。
「知らねえのも無理はない。
運営連中はひた隠しにしているからな。
落盤が『そういうエリア』だけなのか、もしもそれが他の地区にも影響するのか。
つまり、裕福な連中に影響があるかもってことになっちまったら金持ちはこぞって別の都市に逃げ出すだろう。
そうなりゃ」
「彼らの懐を暖めてくれる人間が目減りする、ってわけですわね」
「そういうこった。
だから隠している。
冒険者ギルドと秘密裏の連携をとってその落盤についてを調べて、原因が分かり次第解決したい、んだとよ」
ギルドとべったりとはいえ、流石にライヒも秘密裏の連携のことなどは共有されるわけもない。一応とはいえ、ギルドは半ば公的な組織も同然なのだから。
「で、その依頼を受けてえのよ。俺様は。
落盤が起きて依頼を出した大元は俺の顔なじみでもあるんでな」
「アルシュカも連れて、そういうわけですわね」
「ああ。落盤の原因もなんとなくわかってる」
「魔物ですの?」
「魔物だろうな。ただ、ライヒ様が出張るようなもんじゃない。
そこらの冒険者じゃ命がけにゃなるだろうが」
言外に、その程度の相手に苦戦するならアルシュカはこれからの戦いに付いてはこれない。
この依頼は試金石であり、あるいは修行にもなるのだとドランは含めていた。
ライヒにとってアルシュカは騎士。可愛い可愛い年下の少年であるものの、そこを重視するわけではない。
彼の名誉と、ライヒの尊厳を以て、決してそのように扱わない。
それを示すためであろう。
「可愛い子には旅をさせろ、ですわね」
「そういうこった」
つまり、そういうことになった。




