没落令嬢vsフレッシュゴーレム
「ドラルディン様がどうしてここに……。ム。そこにいるのは……、ららら、ライヒ!? ライヒ・グレイトキャピタルゥ!? なぜ、いや、そうか!!」
男の知能に凄まじい電撃が走り、馬の足が倍に増えて駆けていくほどの速度で回る。
「わかりましたよお! ドラルディン様!!
誘い込んだのですな! 悪いお人だ、先に話してくだされば準備をしたのに!!
であれば容赦はせんぞ、死ねグレイトキャピタルッ!!」
一方的に言葉を続け、持っていた杖をライヒに向けると彼の側にあった棺桶から蓋を開けてガタガタと立ち上がるものがあった。
ゆらりと立ち現れたのは完全武装の冒険者。
死者であろうことは間違い無いのだが、その姿は生前そのものというべきか、死んでいないようにしか見えないものだった。
「ライヒ──」
「その話は後で。今はこの目の前の連中を張っ倒しますわよ!! ……辛いんでしょ、アレが出て来てから顔色がひっどいですわよ」
マナ・リジェクトから来る不快感や痛みが脂汗になっていた。
それ以上に、自分がドラルディンであることを不意打ち的に知らされてしまった心理的な追い詰められ方が大きな要因だったが、
それを前にしてもライヒは変わらない。
相手がその後に殴り合う運命にあろうとも、『今は手を取り合って戦うぞ』と発する度量がそこにあった。
頷き、布まみれの剣を現れたものたちに向けるノエル。
ライヒは言わずもがな、拾った喧嘩剣を構えていた。
「武器を、こちらに、……やはりギュストーク殿が仰っていたことは本当だったのか。
組織の毒、偉大な野心の内側に潜む虫!
ならばここで! 見ててくだされ! 私が虫を潰す! 潰せ! 潰せ潰せ!!」
自己陶酔と錯乱気味な態度で術者がけしかける。
「アンデッドですわね」
ノエルの苦しみかたからそれとなく推察するライヒ。
「そうとも、そうとも。これはアンデッド。
だが、ただのアンデッドではないぞ! 受けてみよお!!」
男が杖の石づきで地面を叩く。その意志を汲み取ったようにして動き出す四つの死者。
電撃めいた動き。駆け出し冒険者ではない。少なくとも一定以上の位階にある冒険者のそれ。
一般的なアンデッドと異なるのは生きた人間そのもののように、思考するかのようなものだった。
「ッ!」
布まみれの剣は抜かない。鈍器としても充分な力を発揮する。
ただ、アンデッドたちの巧みなコンビネーションを前に明確な致命打を打つことができていない。
ライヒも同様だった。喧嘩剣は扱いやすいが、死体を改良して作られたその肉体を破るまでの威力を発揮することはできなかった。
「フレッシュゴーレム! 死体を繋ぎ合わせて作り上げた新時代のアンデッドよ!」
居丈高に自らの研究成果をひけらかす男に何かしらのツッコミの一つでもくれてやりたいライヒだったが、その態度に相応しい程度には厄介な戦闘力があった。
(彼らは死体。死人。魂は既になく、思考と感情もない。そう考えろ、ライヒ。
余計な思考をすりつぶせ。戦いに集中しろ)
すう、とライヒの気配がしぼむような感覚をノエルは受ける。
しかし、次に顕になったのはゾッとするほど冷たい気配。
マフィアという組織である以上、道から外れた殺人鬼や碌でもないサディストは何人も見てきた。
だが、そうした連中など生ぬるく感じるほどに研ぎ澄まされた殺意の気配がライヒから放たれていた。
✘✘✘
ライヒはゴキゲンな女である。
ただ、心底ゴキゲンな女、と言うわけではない。
自身についての評価となれば、どちらかといえば根暗で怨みがましい女だと思っている。
彼女がゴキゲンでいるのは、そちらの方が楽しいから。他者にとっても不快ではないだろうから。
ただ、心底からゴキゲンではないものがゴキゲンを気取るというのはそれだけで思考や行動のリソースを少しずつ減らすようなもの。
戦いの中でそうした性質を少しずつ減らしていくことは彼女にとって業腹ではある。
気分がいい女でいることはライヒにとって『理想的な自分の姿の表現』であり、あるいは娯楽であり、それを外すということは理想や娯楽が取り上げられているような気持ちになるからだ。
であっても、目の前のフレッシュゴーレムとやらの相手を長々としてもいられない。
(戦力をバランスよく分けていますわね。
ただ、それはつまり攻め切る気がないか、戦術自体に不慣れな様子。
どちらかに戦力を偏重させて相手のカバーを誘発させた方が理に適っている。つまりは戦術に不慣れだってことですわね)
言葉の端々からも推察できる材料が転がっている。
戦力の振り分けだけではない。この場所が遂に露見したという旨の言葉もそうだ。
そして未発見であるというこのダンジョンの存在そのものが相手に戦いに対する経験値を積む理由のない状況にしていたのではないか、と。
であればこそ、やることは一つだった。
ゴキゲンを捨てて、速戦即決。敵をぶっ散らばして王手の命を獲る。
それが最速でノエルの『悪アレルギー』解消の近道だからだ。
一方、ノエルは気配の質が変わったライヒに目を奪われる。
もちろん、それで隙を晒すような無様は露呈しない。フレッシュゴーレムの攻勢を捌きながら彼女の動向を見つめる。
✘✘✘
ライヒの戦力分析は極めて大雑把である。
見るべき点を絞り、それで判断する。
技の起こり。それだけを見る。起こりの見えない、起こりを殺すことに長けた相手は強い。
見えれば見えるだけ弱いと判断する。
ときおり、あえて技の起こりを見せるものもいる。だが、そればかりに注視してきたライヒからすればできる武芸者がする嘘の起こりは判断が容易だった。
それが嘘だと看破できれば、嘘が何を狙ってのものだったのかも推理できる。
今回の相手、二体のフレッシュゴーレムに関して言えば技の起こりを隠そうとはする。
しかし、生前とは何か勝手が違うのか、隠そうと思えば思うほどにそれは明け透けに見えてしまった。
振るわれた武器を見切り、武器を振った腕が伸び切る直前で踏み込み、振り抜かないで軽い一撃をお見舞いする。とはいえども振るわれるのは生半な拳ではなく刃を備えた喧嘩剣。当たる場所は顔。
常人であれば、あるいは生者であればたとえ手打ちの一発で致命打にならないことがわかっていても全力で回避するだろう。
だが、相手はフレッシュゴーレム。生きているように見えるだけで他のアンデッドとさして変わらない。顔面に当てられたそれに反応しない。
ライヒはその剣が当たるかどうかのタイミングで手を離す。フレッシュゴーレムの腕はこの時点で伸び切った。
フリーになった手がゴーレムの腕を掴み、逆に向ける。生きていれば伸びた靭帯に悲鳴を上げるだろうが、哀れなゴーレムにそうした機能はない。だが、戦闘を続行するために戒めとなっているライヒの技を引き剥がす必要がある。
ゴーレムが逃れようとあがくが、そのあがく方向はキッチリとライヒに制御されていた。
柔と呼ばれる無手による他者制御の技術。はるか東方から渡ってきた技術が独自進化したものだと言われている。
彼女の師匠である実戦僧兵から学んだ技だ。
ライヒは打撃技の方を好むが、その僧兵からは『絶対にこちらも役に立つから』と教え込まれたもの。そしてその技は実際に今、この戦いの場で輝いていた。
「邪゛ッ」
掴まれたゴーレムをライヒは自らの足、腰、肘を使い、相手の関節部分を巧みに操った。
ぐるんとゴーレムが回転し、叩きつけられる。片手に持っていた喧嘩剣が伏せてしまったゴーレムに容赦なく叩きつけられる。
ゴーレムは仲間を倒されたからといって湧き上がる情動はない。
側にいたゴーレムは仲間の撃退に関わらずに武器を構え、振るう。
「再利用ゥ!」
今しがた機能を破壊したゴーレムを蹴り上げて盾にする。
ゴーレムが持っていた剣が深々と盾にされた方の体を斜め半分に斬り割らんとするが、ライヒは掴んだ腕で挙動させ、断ち割らんとする剣を体に巻き込ませる。剣は握ったままにはできずに腕が跳ね上がり、剣が飛ぶ。
ライヒはゴーレム一つの体を使って、もう一つのゴーレムまで制御しきった。
飛んだ剣を片手で掴むと同時にゴーレムたちの柔による戒めを解くとほぼ同時に空で掴んだ剣をそのまま、大上段に振り下ろして二枚に分けた。強制的な同士討ちをさせられて崩壊寸前のもう一人には返す刃を跳ね上げてやはり真っ二つにしてしまう。
そして次の瞬間、というべきなのか。切り上げるとほぼ同時にノエルの方へと突き進む。
急進する相手に死者ながらも反応をするが、アンデッドには生存本能というものが欠落しているようだった。その反応は一手分以上遅い。近づくと同時にライヒが一人を切り飛ばし、それと同時に注意をライヒに向けたフレッシュゴーレムにノエルも布まみれの剣を叩きつける。
動きにすれば、あるいは時間にすれば一瞬。
だが、高速で行われたそのやりとりに慣れていなければその一瞬の間にできることなど何一つなかった。せいぜいできることあるとするなら顔色を青くする程度。
拮抗するかと思っていたアテが外れた。青い顔のままに叫んだ。
「ま、まだよ、まだまだこれからよ!」
杖を高く掲げ、おそらくはありったけであろうマナを放出する。
それだけではない。足元からも吸い上げたものがあった。ダンジョンの根源ともいえる力、カラレス。
「おお! ダンジョンからの助力か!!
なるほど、このダンジョンもお前たちを放逐したがっているようだな! ははっ、ははははっ!」
ライヒのようにカラレスの扱いを理解しているわけではない。
彼のいう通りダンジョンがライヒたちを排斥して平穏を得るために助力しているのだ。
二つの魔力が高まり、術士の背後に置かれていた一際大きく、堅牢な造りの石棺へと流れ込む。
ライヒたちも指を咥えて待っているわけもない。
マナやカラレスがどう扱われるかよりも、その扱おうとしているものをターゲットにした。
ノエルとライヒの判断は最速だったが、それでも尚、術士の思惑が結実した。
それでも術士を生かしたままにするよりはと踏み込みの速度は緩めない。
攻撃範囲に入るよりも先に動いたのは場の状況であった。
立てかけられていた石棺。その蓋が突如二人に目掛けて飛んできた。
すんでのところで回避する二人だったが、それでも勢いは殺された。
一方。
蹴破られた石棺からはゆらりと足が出て、すぐに石棺の大きさに相応しい巨体が姿を現した。
誰より早く声を上げたのは、
「お前……どうして……」
ノエルだった。




