没落令嬢vsボス部屋
「このままボスを目指そうか?」
「何階層あるかもわかりませんものね。立ち止まるよりは。
……それじゃ、歩きながらお話と洒落込みましょう」
「余裕あるね」
「次のフロントはそっちですわよ」
「そのときはサポートよろしく」
まるで手慣れているかのようにして役割分担をする。
そこにあるのは信頼だけだった。
とはいえ、一度襲ってきた以上は警戒を緩めるわけにはいかない。
雑談と洒落込みたいところだがその余裕はなかった。
階層を降りたあたりで再び襲撃。先ほど伝えた分担をしっかりとこなす二人。
(信頼してもいいって思える相手との戦いは──)
背を任せて戦うのが、安心して戦えるのが、相手が頑張っていることを剣戟の音から判断することが、これほどまでに楽しいとは。
(未練がましい、な)
戦いを終えて、自分が思うようにその未練を断ち切ろうと考える。
「話の続きですけれど、よろしくて?」
「そう、だったな」
笑わないと約束した彼女。 そこまで誓わせた以上、素直にいうこと以上に返せるものなどありはしない。
「俺は、……悪が嫌いだ」
「大抵はそうでしょうね」
「下層街に住んでいて、って思わないか?」
「思いませんわよ、むしろ自然な感想じゃなくて?
それに、わざわざ悪が嫌いって切り出した相手に言う言葉でもないでしょうに」
軽口の一つでも出るかと思えば。
ああ、そうか。ライヒはやはり、令嬢なのだ。ど辺境の田舎貴族だと都市の人間は笑うこともあるが、だとしても貴族。
借金であるとか、腕力に任せることがあるだとか、諸々問題のある人間だとしても。
彼女の精神はどこまでいっても、ノエルを含む下々のものがそうあれかしと願う貴族の姿そのものだった。
「精神的に嫌いってのはそうかもだけど、俺の場合はもう少し付け加えるものがあるんだ。
マナ・リジェクトって知ってるか」
「花粉だとか、特定の食物だとかを摂ったら体の変調が出るって奴ですわよね。
帝都の学者先生がアレルギーって言葉で表すとかなんとか聞いた気もしますわね」
「俺は悪に対してそれが出るんだ」
不思議なことはない。 魔族と対抗する人族の中であってもエルフとドワーフは互いにアレルギーを持っていることが少なくないため種族レベルであまり仲が良くない──なんて噂も聞く。
実際にそうであるかはライヒの知っていることではないが。
マナ・リジェクトを利用して特定の怪物を倒す、いわゆる特効武器なんてものを作る職人もいる。
「あんなマフィアだらけの場所に住んでたら毎日鼻がずびずびするでしょう」
「鼻とか目に来るタイプだったらヤバかったかも」
「じゃあ別の症状が──」
ライヒが言いかけた瞬間だった。
ノエルが反応する。剣を強く握り、構え直した。
ライヒの直感は研ぎ澄まされている。
特に『都市で誰でも見れる興行をしますわよ』と宣誓を行なってから自分の命が脅かされることも多くなると考えて、寝ている間ですら彼女の感覚は警戒モードのままになっている。
普段ならない音が庭で鳴れば目を覚ます。風の仕業でしかないはずの館を軋ませた音に意識のないままに懐刀を抜く。
そんな状態のライヒよりもノエルは先に反応した。
そして、今も。
マナには性質がある。
治癒であれば光を主とすることが多い。生命のエネルギーは『進行』の力であり、停滞を許さない。
一方で、黒魔術とも言われる禁忌の力がある。
本来魔術を扱うための材料である『マナ』を別の概念によって『染め』ることで黒魔術に適した形に変える。
黒魔術の性質の殆どは停滞や歪曲。正しい進行を歪めるもの。
アンデッドに反応したノエルだが、その反応がどこから来ているのかはわかる。
「悪に対しての、マナ・リジェクト……かしら?」
悪。
より正確に言えば、悪を構成するマナ、あるいは悪人が備えて発露するマナにだろうか。
ある宗教においては聖女と呼ばれる人物がいるという。
生まれついて生み出されるマナはそれだけで他者の治癒能力を助け、手をかざしマナを放出すれば甚大な人体の損壊すら治してみせたという。
人間の心や体がマナの性質を変化させるというなら、ノエルのアレルギーのもとは確かに悪であろうと判断できる。
マナ・リジェクト。
体や心の反応は人それぞれ。そもそもがこの大地において明確に確立された分野のことではない。細かに分かれたその諸症状や原因だけが問題というわけではない。
たとえば超帝国樹立以前からあった大戦。
戦争は人々を疲弊させる。一面的な技術発展はあれど、その恩恵が及ばぬところも大きい。こうした研究分野もそうだ。
きわめて高度な治癒や錬成の力を持つものはマナ・リジェクトを引き起こす問題そのものを解消させるほどの力があるそうだが、やはり戦争の後でどれほどそれができる才人がいるのか。
いたとして、それが辺境の人間を助けるようなことはない。大抵は国のお抱えになっているか、させられているか。
「興味本位に聞きますけれど、それってどこまでが悪なんですの?」
「どこまで?」
「先ほどはアンデッドに反応しましたわよね。アンデッドは禁忌の力によって作り上げられたか、人々の怨念めいたものから起き上がる力を与えられている。
なるほどこれは悪だと断じれるとは思いますわ」
中には生き残りたい、生き続けたい一心でアンデッド・フォールを行ったアルシュカの例もあるが、それについてはややこしくなるので伏せる。
「そうだね」
「たとえば、魔族はどうですの?」
「反応するだろうな。けど、強烈なものではないと思う。まあ、魔族と会ったことなんてほとんどないから正確な物言いじゃないけど」
ただ、と繋げるように。
「強大な存在であれば近くにいようがいまいが、関係なく反応はする」
「たとえば……魔王とか?」
陛下だとかハイエンド様だとかという呼称を出さないように細心の注意を払いつつ言葉を選んだライヒ。
「……いるのは、知ってる」
「それって」
「方角だとか、距離だとか。魔王って言っても一人でもないんだろうけど」
人族にとってマイナーどころではない知識も、マナ・リジェクト持ちからすればわかってしまうようだった。
「それに感じると言ったってピクニック気分でいける距離じゃない。一番近い魔王だとしてもね。
それにその魔王は」
「魔王は?」
「悪である以前に、俺自身が反応しているだけな気がする。アンデッドや悪党どもから感じる悪の気配とはまた異なるような、……ごめん。言語化しきれてなくて」
魔王ハイエンドを知るライヒからすれば、ハイエンドは悪という定義から外れていると思えている。
慈悲深く、思慮がある。人族との戦いを望んでいるようにも思えない。
もちろん、腹の中の全てを知るわけでもないが、今まで散々悪党を見てきたライヒは自身の審美眼を信じていた。
「それじゃあ、わたくしはどうですの?」
「どうって」
「言いたかないですけれど、悪党ってものの条件があるとするならバッチリ当てはまりますわよ、わたくし」
悪とはなんだろうか。
ライヒは考える。
流させた血の量。
裏切りの頻度。
騙し討ちをした回数。
冒険者と傭兵の二足のわらじ。挙句に大戦末期の従軍も経験している。
何者かに咎人と指さされればそうであると頷くしかない身の上。
だが、
「いいや。ライヒからは悪を感じない」
それは一種の救いのようにも聞こえる。
自らの悪逆に納得し、その上でリオやアルシュカのような無垢なものたちと共にいることの後ろめたさ。
それをそうしたっていいのだと言われているかのように。
「少し、救われますわね」
「救われる?」
「こっちの話ですわ」
だが、そこで浮かんでくる疑問もある。
であれば何を以て彼は悪を悪と判断しているのか。
それを解明するための材料はまだ足りていない。
「……ただ、わかることはある」
「なんですの?」
「この階層にボスがいる。気配がする」
「気配。悪の、かしら」
「うん。悪の気配。アンデッドとも違う」
「わかったのならさっさと片付けに参りましょう。マナ・リジェクトってシンドいのでしょう?」
「慣れっこではあるよ」
「慣れているのと辛くないのはちがいますわよ、ノエル」
救われた、とライヒは言う。
(救われているのはこっちもなんだけどな)
ただ、口が達者ではないノエルはそれを伝えることはできなかった。
✘✘✘
ダンジョンに存在する怪物たちのほとんどはカラレスによって作り出された被造物である。
被造物たちの目的はダンジョンの支配者の意志に統一される。
ダンジョンの徹底死守が基本ではあるが、中には入り込んできたものを徹底的に追い詰め撃滅せよという意志のもとに動くようなこともある。
このダンジョンはまさしく後者であった。
徹底的に追い詰めようと機能している。
(未発見のダンジョンの割には随分とスレていますわね)
スレる。つまりは侵入者に対する考え方の先鋭化。
もとはただの居住地として使われていたダンジョンに富と名声を求めて次々雪崩れ込んでくる冒険者たち。居場所を荒らされ、襲われ、殺され、それに対抗するのはダンジョンの機能だけではない。
キーパーであれマスターであれ、ダンジョンの支配者は復讐心を刃のように研ぎ澄ます。
だが、未発見であれば大抵は牧歌的なもののはず。
しかし、このダンジョンは、
(襲撃の仕方であれ、モンスターの配置であれ、まるで冒険者を何度も相手にしているような──)
ライヒが思考をしながら進む。彼女だけではない。ノエルもまた、そのように進む。いや、進んでいた。
だが、その足が止まる。
「ノエル?」
「大丈夫、だ」
跪くようにして、苦しげな声で返答する。
「マナ、リジェクト……だから」
脂汗が垂れ流れている。普段から感情の薄い表情ばかりの彼からは考えられないほどの苦痛の相。
ライヒが知っているマナ・リジェクトの影響は鼻水が出るだの、咳が出るだのといったもの。
どちらもドカドカと出れば相当に辛かろうが、今目の前で苦しんでいる姿はそうしたものとは異なる、尋常ではないものだった。
側に来て、手を握り、背をさするくらいしかライヒにできることはない。
「あは、は……子供みたいな」
「こんな状態で何言ってんですの。これで少しは苦しみがマシになりますの? どう?」
「ああ、全然、違うよ」
小さく笑みで返す。
ノエルは苦しみに喘ぎつつも、しかし、どうにもライヒと喋っていると子供っぽくなってしまうと自覚していた。
無意識的に頼るべき大人だと彼女を見ているのだろうか。
しばらく苦しんだのちに、ノエルは復帰した。
「だいぶ、慣れた。……ありがとう、ライヒ」
「ええ。……慣れただけですのね」
「戦闘ではこうならないから、そこは安心していい」
「そういうこと言ってるんじゃありませんのよ。……現状でその苦しみを散らす特効薬はダンジョンの支配者をはっ倒すことですわね。
ノエル、行きますわよ」
先に立ち上がったライヒが手を差し伸べる。
それを掴んでノエルも背をまっすぐにした。
✘✘✘
ボス部屋入り口はどこも似たり寄ったり。重厚感のある扉があった。
こそこそ入って不意打ちを狙う職能持ちもいるが、ライヒは、
「ごっめんあそばせェ!」
蹴破る。
不意打ちには違いない。
室内はダンジョンというよりは石造り。ワイナリーが高級ワインを保持保存するために作らせた特別な地下室と言っても通用するような。
ただ、ここはワイナリーの作らせたワイン飲みの楽園ではない。ダンジョンだ。楽園の対極にあるものだといっても差し支えない。
何より、楽園より地獄に近いと言えるものは室内にあるものだった。
棺。棺棺。棺がそこかしこにある。
壁に立てかけられたものから、床に置かれているもの、専用の棚に本の如く整然と並べられているものまで。
苦しみと共にある地獄ではないにしろ、死者が住まう冥府のほうが、どうあれ楽園よりは近いだろう。
ともかく、蹴破る選択をし、冥府の侵入者の如くとなった。品性を装備購入の足しにするために売り払ったかのような動作にも歴戦の意味がある。
これに対してのボスの反応でわかることがあるからだ。
驚きもせずに反応するのならば、キーパーを任されている被造物。
何者だと聞いてくるのであればマスター。
他にも今までの冒険者生で得た経験値によっての分類が多く備えられている。
ごめんあそばせるライヒの動作にも理由づけはされているのだ。
もっとも、この動作の一番重要なことはライヒの気分が上がることそのものではあるが。
そして、相手の対応は、
「ついにここがバレたか」
何者だ!? と対応することこそなかったものの、その反応はまさしく『ナマの人間』のそれだった。
「どこで情報が漏れたのやら。それともギュストークめ、このわしを売りおったか?
有り得そうな話よな。あの男ならやりおるやりおる。うん」
ボソボソと喋る男。長く一人でいれば見えざる脳内住人ができることもある。そうなれば独り言ではなく会話になる。正気ではないものに呑まれる手前の状態。
あるいは、既にその境界線を踏み越えているのか。
「やはり、こうなっては。うん……うんうん、うん?」
言葉の終わるかどうかのところで男はじろりとノエルを見やる。
「なななっ! なぜあなたがここに……!」
驚きに目を見開いて、名を呼ぶ。
ノエルを、いや──。
「ドラルディン様!?」




