没落令嬢vsローグライク
フォルマートが教えてくださったダンジョンは確かに未発見のもの。
というか、どうやって見つけたのかと思うほどの僻地、山中。
漂う気配はそれほど強くはない。
危険な臭いを感じられる場所。強さより楽しみという気持ちが先に来ますわ。
とはいえ、わたくしも立場を弁えているつもりでしてよ。
有事の際の救援救助、サポート要員としてアルシュカとマイアが来てくださいました。
未発見ダンジョンとなるとその価値も大きいので他の方に語るのも難しいから。
リオも来たがってはいたのですけれど、どうしても他の件にかかりっぱなしということで涙を飲んで仕事を続けていただきました。
で、ダンジョンに入り、現れたスケルトンだのをぶっ散らばしたりしていますわ。
武器は道中で拾ったいい感じの木の枝に革紐を巻いて柄としたものと、有事の際に状況を切り抜けるための魔剣『空色』。
一撃で粉砕されるスケルトンたちは自我めいたものはないにしろ、
どうやら戦術的な何かを察知しているのか、これ以上は戦うことが無意味と考えたのかジリジリと後退をし始めましたわね。
「お待ちなさぁ〜い!」
即席棍棒を振り回して追いかける。
けれど、その先で別の音と共にスケルトンの破砕音。
ダンジョンで仲間割れも珍しくはないけれど、これは──
不意の遭遇戦に備えて構えて進むと、
「え゛」
「……なんで」
場所はフォルマートが教えた未発見ダンジョン。
そして、そのお相手は──
「ノエル」
「……ライヒ」
妙な巡り合わせですわね、なんて世間話をするような状況ではありませんわ。
未発見なのに発見して入り込んでいる人間がいるなんて聞いてねえですのよ。
が、それに関してはお相手も同様のご様子。
「どうしてここに?」
「それは──」
✘✘✘
『どうしてここにいるのか』
ライヒの問いはもっともである。
彼女からしてみればノエルは腕は立とうとも冒険者ではない。
そもそもアドルインから随分と離れたこのダンジョンに足を伸ばす理由がわからない。
一方でノエルも興行のためにダンジョンアタックを学びたいから来た、と言えれば早いがそれは難しかった。
未だライヒは自分がドラルディンであることを知らない。
やがてわかることではあっても。
「……どうしたんですの、表情カタいですわよ?」
陽だまりのようなライヒに、黒く澱んだ自分のことを明かせば、もうその陽だまりに触れられはしない。
ようやくノエルは彼女を惜しんでいるのだということに気がついた。
生まれついてこれまで、触れたことのない温かさを持つ相手だったから。
「いや、いまちょっと人を預かってて台所事情がね。
懐の具合を憐れんでか、知り合いが未発見ダンジョンのことを教えてくれたんだ」
「教えてもらった……?
それって髪を長く伸ばした胡散臭い商人だったりとか」
「あー……」
その一言だけで全てを察したように。
「未発見とは言ったが、俺専用に用意したとは言ってなかったな、確かに……」
「ああ。なるほど……」
「となると、どうするか」
「どうしたいかの希望だけは伺いますわよ」
ノエルから殺意や敵愾心は感じない。
同時に、ライヒからノエルに対してもそうしたものを感じたことはない。
ダンジョンの富を求めて来たのならば折り合うことはできるだろう。ライヒは少なくともそう考えている。
ライヒにとってはここで練習ができればいいだけだからだ。
一方でノエルにとってはこうなっては経験についてはどうでもよかった。
ただ、まだもう少し、ライヒの友人でいたい。ノエル自身がその望みが身勝手なものだと分かっていながら、捨てきれない。
(弱い心だ)
ミシアに見せられたものではない。
一方のライヒも、
(……なんか事情がありそうですわね。富がって仰ってましたけど、それ以外に何かありそうな気配。
ううん。このダンジョンにその預かっている方が必要としているものがあったり……。
もしかして何か病気か呪いかで、ダンジョンにあるものでなければとか)
想像というよりも妄想が走る。
ライヒという女に関しての美点とも、長所とも言えたし、あるいは悪癖でもあった。
「安心なさいな、ノエル。
そういうことでしたら、まずはダンジョンの奥へと向かいましょう。
どうあれそこに何か答えはあるでしょうから」
彼女の脳内で何かしらが走ったのだろうなというのはノエルにも理解はできた。
思考が妙な形で繋がる女だと苦笑が漏れる。
だが、その苦笑ですらなんとも愉快な気持ちになれた。もう少しだけ、この愉快さを楽しむことにした。
「ああ。悪いけど、それまでは共闘ってことでも……いいか?」
「ええ。もちろんでしてよ!」
ノエルが一緒ではダンジョンアタックの練習という意味ではブレるかもしれないが、身近な人間(と彼女は一方的に考えているだけだが)の問題の前に経験値は些事だと考えた。
向かうはダンジョンの最奥。
その道中に、
「その、さ。見たよ。ライヒのアレ」
「あら。映りはどうでした? 美しかったかしら」
「もう一個のお日様みたいではあったよ」
ただし、その太陽は無慈悲に人を焼くこともある。あるいは、心を。
「ホーッホッホ! 気分がいいですわあ〜!」
ひとしきり笑って、落ち着くのを見てからノエルが続ける。
「でも、どうしてあんなことを?
危ないだろ、マフィア相手に」
「んー。幻滅しますわよ。理由聞いたら」
「しないさ」
「あら、いい殿方ぶりですわね」
先ほどの高笑いとは異なり、ふわりとした微笑み。人の心を蕩かす、あるいは、狂わせるもの。
実績ならある。
この太陽と月のような心と表情の移り変わりは超帝国の皇帝ですら心を持って行かれているのだ。
「……で、なんでだ?」
「ま、コイツの問題ですわね」
指で円を作る。古よりお金を示すハンドサイン。
「ゼニがやべーんですわよ」
先ほどの麗しさはどこへやら。
「お金ないの?」
「生きていく程度には。ただ、それじゃ足りませんのよ。ぜーんぜん」
「……なんでそんなに金が必要なんだ?」
だからこそ、ノエルの質問はド直球だった。
内容に興味があるというよりはその返答をどうするか、その態度が変わるかに興味があった。
ライヒという人間の感情に触れてみたかった。
加えれば、もしも自分が解決できることならば解決の糸口を見つけたくもあった。
彼にとってもライヒは友人であるのだから。
「借金」
「えーと、」
よもや自分の放った豪速球が簡単に打ち返されるとは。ノエルは少しばかり考える。
ドラルディンとして活動するといってもほとんどの業務はギュストークが取り仕切っている。支配しているとも言える。実際に若年の彼に組織運営、それもマフィアのものとなればできるわけがないのでその点の権利のようなことについて文句を言うつもりはない。
鉄火場の経験は多くとも、人生経験については人並み。
「タチの悪い男に入れ込んだとか」
「違いますわよ。わたくし、尽くすよりも尽くされるほうが好きですわよ」
などと言いつつ、さて、どう説明したものかとライヒ。
「家庭の事情っていうか、まあ、父がビックリ最低人間で領地運営の金を使い込んだり着服したり、挙げ句の果てに持ち逃げするための最大効率を出すためにお国に納めるべき税金を滞納しまくって、そのままトンズラ。
で、そのツケが」
「ライヒに」
「そういうことですわ」
「払わないとダメなのか、それって」
「まあ、逃げれば踏み倒せますわね」
彼女のほどの実力者が本気で逃げれば踏み倒しなど簡単にできるだろう。
この地の多くの国が巻き込まれた大きな戦。
生き延びた国よりも消えた国が多く、生き延びた人間よりも戦死者の方が多い。
そんな戦いだった。
超帝国が戦勝国となった、列強を倒して最強の国家となったのだ。
だが単一の国家になったわけではない。他の国々はまだ存在し、人材はどこも欠乏している。ライヒのような腕の立つ人間ならば大抵の場所は受け入れることだろう。
仮に超帝国側が犯罪者の引き渡しだと要求してもそれに従う道理はない。むしろ彼女を保護してやり、仕事をさせた方が国益にも繋がる。
同時に、彼女一人のために戦争を起こすほど超帝国も余裕があるわけでもなければ、頭が軽いわけでもない。
「けど、しないんだ」
「そんなことしたら、バカ親父が置いていった領民がどうなるかなんて考えたくもない。
ハナタレだったわたくしによくしてくれたものたちに、そんなことできませんわ」
出て行ったのはただ夢見がちだったから。
けれど、戦争で荒れ果てたこの大地で多くの事件と戦いを経験した彼女はいつからか、ひとかどの冒険者になれば恵み少なき故郷でもなんとか建て直せるのではないか、恩義を返せるのではないかと考えるようになった。
手紙が来て、戻ってきたのは契機として丁度いいと思ったからだ。
もっとも、戻ってみればそんな惨状だったわけだが。
「いい領主なんだな」
「ふふ……。これで税金を支払えたのなら、そのお言葉を受け取ることにいたしますわ」
とはいえ、聞いてばかりもあまり良いことではない。
ミシアとの共同生活の中で、彼女からあれこれと遅まきながら他人と接する方法や暗黙の作法などを教え込まれている。
彼女にとってノエルは勉強を教えてくれる先生であり、命や尊厳を守ってくれる庇護者であるが、その一方でノエルにとってもミシアは常識や人との繋がりを教えてくれる教師でもあった。
「聞いてばかりも、だよな」
「じゃ、こっちの番ですわよ。よろしくて?」
「ああ。もちろん」
ライヒは瞳を向ける。じつと視線を交わらせた。
「何を聞いてほしいか、知りたいですわ」
その言葉に、ノエルは少しだけ眼を開いた。
自分は彼女に何を伝えたいのか。
今になってなお真実を正面から伝えていない女々しさを知ってほしいとか?
いや、そんな恥ずかしいマネできるわけもない。
であれば何か。
「それは──」
「それは?」
「子供じみたことでも笑ったりしないか」
「しませんわよ」
少し躊躇してから、ノエルが何か言葉を紡ごうとしたときだった。
電撃的に武器を──布まみれの剣を構えるノエル。
その動作に一拍遅れでライヒも反応した。
「この感覚、アンデッドだ……」
「早い、ですわね」
「……ちょっとね」
ライヒは自分の感覚を頼りにしている。長所でもある。
それでもノエルの反応に負けたことには驚いた。
音も気配も感じるよりも先に彼が行動したからだ。
だが、その鋭さを褒めるのは後にするべきだろう。
「立ち話してるんじゃねえ、って声が聞こえてきそうですわね」
「ここがカフェだったらよかったんだけど」
残念ながらダンジョン。それも未発見とされている場所。
何が起きてもおかしくない場所で呑気に話している二人が異常なだけだ。
もちろん、ただ呑気だからではない。
相応の場数を踏んでいるからこそ、致命的にならないと判断して行なっていた。
というよりも互いに目の前にいる人間以上に致命的な相手になるものがいないと判断した、というべきか。
「お話はもう少しあとで」
ライヒが先んじて踏み込む。
背中を預けた。イングラヴァの戦いからライヒにとってノエルは背を預けるに充分な信頼を向ける相手だった。
(勝てないな、ライヒには)
単純武力ではない。
人間としてほだされていた。
やるべきことは決まっている。
彼女の背を守り、死角を殺すために動く。
すぐにダンジョンが異物を排除するために遣わせた怪物たちが現れた。
✘✘✘
ひとまず現れた一団を倒した二人。
「むう……。ドロップは上等ですわね……」
拾い上げた装備のほとんどは壊れて使いものにならないが、再利用できそうなものは少なくない。どれもが中位階上がりたての冒険者であれば充分に性能を喜べるもの。
「ていうか、ライヒ。その棍棒……? はなに?」
「道中で拾ったいい感じの枝振りの棒ですわよ」
「棒……」
とはいえ、いい感じとは言えども連戦には耐えきれるものではない。
技量に物を言わせて使い続けたものの限界だった。
それをあっさりと手放すとそれなりに上等なものから装備を見繕う。
「むう。いい具合の喧嘩剣。刃厚もグッド。これはもらっていきましょう。む、これも中々」
戦利品を漁るのは冒険者の喜び。
ライヒは優良なランチバイキングを楽しむかの如くに転がる武器防具を選定する。
「あら、ノエルも拾いませんの?」
「あー……。いや、よくわかんないから」
「わからない!? リザルトの良さが!? この歓びが!?」
「待った待った。違う。そうじゃなくて、わからないっていうのは──」
ノエルは冒険者ではない。
その上、彼には愛用とも呼べる武器がある。そうである以上は武器を選ぶ必要性はない。
そもそもとして立場をとってみても、冒険者としての継戦と回収をするという人生を送ったことがない。だから、『わからない』のだ。
「ふーん。勿体無い。よしここはいっちょこのライヒが肌を脱いで差し上げますわ」
そうしてドロップ選定のノウハウを叩き込み始める。
ノエルにとってはあまり必要性のないものではあったが、それはそれとして好奇心と知識欲に関しては貪欲である自覚すらある彼はライヒのティーチングをありがたく受ける。
結果として、やはりノエルが拾ったものはほとんどなかった。
懐刀に丁度よく、装飾も見事なものを一振り拾ったに過ぎない。
一方のライヒは喧嘩剣を一振りと金になりそうな装備をじゃらりと備えた。
「重くないの?」
「行動に支障はありませんわ」
「重いんだ……」
冒険者の多くはごうつくばりであるというのを、ノエルは伝聞ではなく実体験として得るに至った。




