表裏冠者vs噛みつき犬
マフィア式の礼装に着替えているのはドラルディン。あるいはノエルとも呼ばれている男。
片手には布で巻かれた剣が携えられている。
「ギュストークの傀儡と言われれば、そうかもな。
そのつもりはないが好きにさせ続けた結果がそう呼ばれるなら、ああ。そうかもしれない」
普通のマフィアであればこの状況に焦るだろう。
だが、腐ってもここで反目するような態度を取っていたのは敵対組織でも幹部まであがったものたち。怯まずに、むしろ好機だと考えたようだった。
「で、神輿のトップが何をしにきたんだ?」
「静かに神輿になっていれば旨味もあるでしょうに。一時期は『あの』ドラルディンの姿が変わったと一部では騒がれ、代替わり、あるいは身代わりだのと言われたこともありましたが」
噂話にすらならなかった。ギュストークが上手く纏めたからだ。
その恩義はないのかと言いたげに。
暴力によってあらゆる物事を解決してきたドラルディンと、ノエルが名乗るドラルディンとは当然、姿形が違う。ドラルディンを知るものは訝しむ。
それでも組織そのものがノエルをドラルディンだと定めたのならば誰もそこに意見を挟むような理由はない。
結局マフィアにとって誰がトップかは重要ではなく、そのトップがどのような利益を産むかの方が重要だからだ。
実際にノエルになってから暴力衝動に任せた運営ではなく、ギュストークの一声においての慎重で、暗躍を主とした行動に切り替わった。
重要な戦いでノエルが出張れば勝利は確実だった。実際にそうして暴力の性質は変わろうと、その価値は変化はしなかった。
ただ、敵対組織であれば別。
彼らにとって利益を産むトップというのはギュストークを指し、ノエル自身に対しては神輿に過ぎず、邪魔であれば排除してしまったって構わないとすら思っていた。
元々が外様であったからこその思考だった。
「こいつを殺してもっと操りやすいトップを作るべきだってことを、ギュストークに教えてやらねえとならんからな」
「殺す? ははは、いやいや、勿体無いでしょう。顔立ちがいいのですから貴族にでも売り払うのもよろしい。そちらにそういうパイプはないのですかな。……っと、君たちも彼らを手伝いなさい」
二人とも連れてきている部下に命じる。殺す殺さないはさておき、まずは無力化を目指す。
「悪党ではないという自覚があるのなら、ここから出ろ。一度だけなら許してやる」
その言葉に部下たちが笑って武器を取り出す。
ノエルはその反応を見て、布に巻かれた剣を振るう。
一瞬だった。
一般的な青年程度の腕の太さしかないはずなのに、剣が振るわれた結果、逃げることを選ばなかった全ての部下が肉、骨、血の断片に変わった。
何が起こったのか、元幹部たちは理解が及ばなかった。
かつてのドラルディンは恐ろしい男だった。腕力で鯖折り姿勢から人体をちぎるようなことすらできる相手だったとも聞いていた。
だが、これは訳が違った。
「役立たずどもがッ。どけぇ!!」
ジャラワールの元幹部が立ち上がると同時に踏み込む。
仕事柄、荒事なんぞ数えるのも馬鹿らしいほど経験している。そこらの武力担当よりも遥かに実力がある。そう自分で確信を持つ男。
だが。
空気の破裂音。ほぼ同時の水音。
その実力が発揮されるよりも先に他の手下同様の末路を辿った。
「ま、待ってください! わたスィッ」
交渉、あるいは命乞いを行おうとしたセリアレの元幹部も言葉が終わるよりも先に消し飛ばされた。
「これで大体片付いたか」
「左様で」
ジェッカブはうんざりとした顔でミンチと化したものたちを見る。
「ドン。今、こっちは人手不足甚だしいのはわかってますよね」
「ああ」
「つまり、これを片付けるのは自分になるんですがね」
「汚し過ぎたか。手伝うよ。それなら許してくれるか?」
「……ようがす。ブランディさんも悪かったね。こんな状況に巻き込むつもりはなかったんだが」
呆気に取られていたが、
「いや、いいんですよ。けど、これはどういう」
ミンチを適当な袋に拾い集めながら、ジェッカブに向けられたであろう質問に答えたのはノエルだった。
「これと同じさ」
「これってのは」
「掃除」
「……不穏分子を、とかそういう話ですかね」
「組織の不穏分子という意味で言うなら、俺になるだろうな」
ブランディは長くシノギに付いている。
だからこそ好奇心が殺すのは猫以外にもいることを知っている。
長なのにどうして不穏分子側なのかを問うてみたくもあったが、飲み下す。
「仕事を一つ頼みたい」
「……彼らのようなことでなければ。当方の道義に合うならば、請け負わせていただきたい」
だが、仕事を請け負う中であれば彼のことを知ることができる機会を得られるかもしれない。
そう考えれば頷きたくもなった。
「助かるよ」
ドラルディン、あるいはノエルの言葉の音色はそこらにいる青年とさして変わらない柔らかさだった。
✘✘✘
馬車の列。
ブランディの持つ全ての運搬力を駆使して作られたもの。
中天に瞬く光を見上げる。
「そろそろ昼食にするか。馬車を止めてくれ」
その一声に従って馬車の群れが止まる。
降りてきている人間は彼の部下以外は身なりはどれも最低限と言えた。
無理もない。彼らはつい先ほどジャラワールの元幹部の屋敷から助け出された奴隷候補者たちだったからだ。それも、おそらくは特定の相手に向けられた特別なもの。見目の麗しさ、マナの豊富さ、何らかの混種。
ドラルディン──あるいはノエルと名乗っている青年が屋敷へと押し入り、彼らを救うとすぐさまブランディへと渡した。
大急ぎで準備をしてくれ。代金は弾む。
そうしてドラルディンが助け出した人々を連れて用意できる限りの馬車で連れて移動している。
向かう先は現在のドラルディン・ファミリーでの少数派、ドラルディン派とでも言うようなものの一人でありブランディの古馴染みであるジェッカブのコネで繋がった場所だった。
「しかし、この人数が押しかけて大丈夫なんですかねえ」
ブランディの手下が焼きたてのパンを運びながらぼやく。
「どうだろうな。……パン?」
「ああ、助けられた一人がパンを作る能力だとかで。もちろん、何もないところからってわけにはいかないようですが」
「不可思議な能力もあったもんだ」
だが、運んでいるものたちの多くが内外に才能を備えたものであれば。
「押しかけても大丈夫なんだろうな、この人材なら」
解放の喜びか、休憩している雰囲気は賑々しいものだった。
✘✘✘
ジャラワールの元幹部から人々を救ったあと。
自宅へと戻ってくる。
荒らされた様子はない。
事実上、派閥が割れていると言われたドラルディンとギュストークではあるが、敵対というわけではないから、彼が不在であろうとも何かある可能性は低い。
それでも多少なりとも警戒はしていたが、
「特に問題もございませんでした」
ジェッカブ同様に数少ないドラルディン側についている人間が護衛とその状況について簡単に答えた。
「助かるよ」
護衛にそう答えたドラルディンに、
「おかえりなさい、ノエルさん」
そのように名を呼ぶ。
ドラルディンではなくノエルと呼ぶものは多くない。
家の中で待つのはマイアの娘であるミシア。まだ育ちきっていない、幼さを残す少女が彼を出迎えた。
手持ち無沙汰だったミシアは身の安全を確保するために買い出しに行けないからこそ、限られた材料を駆使して夕食を作って待っていた。
「お口に合うかわかりませんけど……」
おずおずと差し出されたポトフは心が落ち着く味だった。
食事が終わり、しばしの時間が流れる。
就寝時間の前にノエルがぽつりと言葉を漏らす。
「一団と一緒に行くなり、この混乱に乗じてライヒのところにいくなり、選択肢はあっただろうに」
「どうして残ったか不思議ですか?」
「不思議だね」
月光が家を照らしている。
柔らかい光が街をよく照らしている。こういう日は珍しくない。昼のように活動できるせいで生活リズムが崩れる人間が増えるのは困ったことかもしれないが、この光のおかげで街中は夜が更けてきても活気付いていることがわかる音が風に乗って聞こえていた。
「恩がありますから」
「誰が、誰に」
「私が、ノエルさんに」
「助けられたと思っているなら」
「お門違いですか? それとも」
食事が始まる前に片付けた本を取り出す。
母であるマイアにも教育を受けていたから最低限よりも上の学力を持っていた彼女だが、ノエルのもとに来てからはより深い教育を受けることができていた。
博覧強記なだけでなく歴史、文学だけではなく算術なども備えるノエル。
彼によって与えらえた高等教育はミシアの持つ才能を花開かせた。
「自分を否定したいんですか、ノエルさん」
本の山から取り出したのは一冊の本。絵本ほど幼稚ではないが、学術書ほど高尚なものではない。過去の英雄譚を纏めたもので、吟遊詩人が流行りから外れたからと唄わなくなったりしたものを記録として残すことを目的としているものだと書かれていた。
辺境の偉大な豪傑カーネイラズの豪傑比べ百本勝負。
そうあれと願われ誕生した魔王討伐の決戦人材の物語。
竜と人騎一体となって大空を支配した最初の征服王の古典。
一つの器に二つの魂を持った少女の冒険。
ノエルが棲家に使うこの家の一画には忘れかけられている物語が山積している。読む自由は与えられている。目を通し、知り、頷き、理解し、解像度を上げる。そこで、見えてくるものもある。
「何がだ」
「否定したいのはノエルという人格ではないんですよね。ドラルディンという悪の側面を否定したいんですか?」
「……」
「あなたは何も教えてくれない。だから、これは妄言です。聞き流し切れないなら黙ります。でも」
「いいよ。話して。聞き流しもしない」
それなら、続けます。彼女は小さく息を飲んでから。
「私の知るノエルという人と、ドラルディンという人は違いすぎます。けれど、どちらもあなたであると。その上で、組織にとって恐喝の材料でしかない私をあなたは守ってくれている」
「自分に善性があると思い込むためだけに抱えているだけかもよ」
「偽善ならぬ偽悪ですね」
ミシアははっきりと言った。
相手によっては──マフィアのトップ相手などに言うような言葉ではない。
しかし、ミシアは生まれてからこれまで、手ひどい扱いをされては母に守られる経験と、母を守るためにあえて自分をデコイにするようなことも少なくなかった。
だからこそ、相手が何を、どこまで言えば怒るかを推察することに関しては神がかり的なものがあった。
事実、彼女の指摘に対してノエルは困ったような表情を浮かべるにとどまる。
「あなたがドラルディンで、噂に聞くようなマフィアと同じなら母が戻らなかった時点で帰還のための道具に使うはずです。
あるいは、私自身に危害を加えるのもいいでしょうね。その噂を流せば母が戻ってくる。でも、それをしなかった。
いえ、しようとした人間はいました。けれど」
ノエルのいるときは彼が睨みを効かせ、
彼がいないときは彼の数少ない味方がそれとなく見守り、保護していた。
「しませんでした。守ってくださいました」
バツが悪そうに視線を外すノエル。
偽悪者特有の、善性を直視させられることへの忌避。
「ノエルさんが二つの心を持っているかはわかりません。確証もないですから。
でも、どうしてか、あなたは自らの善性を、手に取れる範囲の悪徳で塗り潰そうとしているように見えます」
「そうだとして、何を言ってほしい」
「言ってほしいことはないんです。言ったでしょ、妄言だと。
ただ、願うことができるなら」
手に取った本。
一番手前にあった『辺境の偉大な豪傑カーネイラズの豪傑比べ百本勝負』。
豪放磊落な武人がさまざまな相手と戦って、最後には手を取り合い、笑い合う娯楽小説。
「あなたに、笑ってほしい。それだけです。
あなたの歩むその道に、それはありますか?」
ノエルはその言葉に対して答えを返すことはできなかった。




