密輸商人vs悪党ども
都市に残る粗忽貴族。没落令嬢。生きる伝説ライヒ・グレイトキャピタル。
都市を牛耳るマフィア。悪党。正しき道を歪めるドラルディン・ファミリー。
突如発表された決闘はショーとして昇華するという。
アドルインの人々は諦めていた。
この都市は清浄化することはないと。
僻地、辺境もいいところである。何か特別なものもない。
超帝国の中心から外れ、見捨てられた土地。
だからこそ悪党どもがのさばり、都市そのものが腐敗して搾取体制を取る。
謳われることになるライヒの乱暴が今も辺境で唄われている理由はそうした鬱屈として沈滞した空気を変えた、文字通りの伝説だったからだ。
アドルインだけではない。
僻地であればあるほど、辺境であればあるほど彼女を伝えるものは残っている。
美化されるわけでもなく、泥臭く、怒りに溢れた彼女の感情を伝える。変化しないのは聞く人々が生々しい彼女の感情と行動を知りたいから。
だが、伝説となった以上はそれは現実からかけ離れていくとも言える。
語られるものになればなるほど、それは二度と起こらない奇蹟だったのだと思わされてしまう。
人々は諦めていた。
だが、ライヒ・グレイトキャピタルは伝説を蛮行で塗り替えた。
人々の感情を震わせた。
人族が持たないはずの技術を使い、大々的に打ち出したのは自分と相手の全てを賭けた決闘だった。
その上で、翌日に都市に出されたことは、日程以外にどこで映像が見えるか、どこで戦いが行われるかといったもの。
そして、
「人道と法に則っている限り、この決闘を商いに繋げてもいい」
というものだった。
もちろん、網羅的にルールを作ることはできないからこそ、大雑把な形での発表だったが、行動力があるものは即座に行動を起こした。
マフィアとの繋がりにあるものはマフィアに、冒険者に繋がりのあるものはギルドに、何もないが行動力だけは有り余っているものはオルドホルムに。
情報を仕入れに行ったのだ。
布告されたが詳しくなかった、厳密で正確にはヴィジョンはどこが一番見やすそうかだとか、現地で何か仕事は生まれそうかだとかである。
✘✘✘
一部の商人はマフィアの巣窟に来て、インタビューを敢行していた。
内容はシンプル。勝てると思うかどうか。
「んなコト言われてもよお。下っ端のこっちが知ることなんてなんも……なあ?」
「だなあ」
「グレイトキャピタルだかは伝説かもしんねーけど、こっちは暴力が専売特許のマフィアだぜ?
負けるわけなさすぎるだろ。なあ?」
「だなあ」
ドラルディンに関係があるチンピラたちの根城に来た商人たちは現地の声を頂戴していた。
恐れ知らずな商人であるというのもあるが、単純に彼らも少なからず悪党に協力したことは事実で、今後も多少なりとも彼らとの仕事が日銭になるのならば加担しようと考えているものもいる。
だが、味方をした結果、彼らが負けでもしたなら商人たちは不利な立場に追いやられることになる。
今回の騒ぎを商売にしたいのもあるが、それ以上にマフィア側に勝ち目はどれだけあるかの確認もしたかった。
とはいっても、下っ端の彼らに聞いたところでそんなことわかるわけもない。
それでもマフィア全体の空気感を少しでも知れたなら情報は手札となる。
楽観的か、悲観的かだけでも知りたいからこそ、この現状がある。
(どうにもドラルディンの連中は楽観的だぞ?)
(いや、末端にはこの状況がどういうものか伝わり切っていない?)
(情報統制とかではなく、我がことではないような感じだ)
商人たちの判断はほとんどがそう統一された。
だが、これはあくまで末端のものたちの意見でしかない。
商人たちの中でもよりマフィアに対して顔が効くものたちはもう少し上の人間へとアクセスする。
いや、しようとした。
以後はその一幕である。
場所は変わり、アドルインの僻地。
「ジェッカブ殿はおられますかね」
商人が半ば開きっぱなしの扉を潜る。
元々は倉庫として使われていた施設で、商人はここに合法品、禁制品関係なくオーダー次第で運び込んでいた。
正確に言えば商人は中身が何かを積極的に知らないようにしていた。
薬や奴隷でなければなんでも運ぶというのがモットーだったからだ。
しかし、四大マフィアを支配してしまったドラルディンを相手に何も知らない、何を運んでいるかも知らないというのも難しくなる。
つまり、この商人の信条であるところの『薬と奴隷には関わらない』というものに抵触する可能性が大きいからだ。
だからこそ、彼らとの取引を取りやめていていた。
だが、ライヒが作り出した商機に乗るために久々にこの倉庫──商人と知己の幹部がいるところへと踏み込んだのだったが……。
商人が『ジェッカブ』と呼んだ男は、以前のドラルディンの時代から現在まで継続して組織に仕えている男であり、
トップが名前をそのままに他人になったことを知ったとしても顔色一つ変えずに尽くしてきた。
ある意味でプロフェッショナルであり、ある意味で情動の少ない男だった。
金の動きにだけ興味があるというよりは、生きるために必要なことを淡々とすることを好んでいる。彼は元々が奴隷身分であり、だからこそ、生存こそが最大の興味であり、希望でもあった。
しかし、それなり以上に長く界隈で生き残ればそれだけで『派閥』というものができてしまう。
頼ってきた商人であれ、より親密なものたちであれ、彼を利用しようとするものであれ。
ジェッカブの話はともかくとして、商人が立ち入ったそこには家具が適当に置かれており、マフィアたちが商談なり休憩なりするための粗雑な生活空間が作られていた。
そこにいるのはくだんのジェッカブをはじめとして、明らかに性質の悪そうなマフィアの構成員が複数名。
商人が知っている顔はジェッカブ以外にもいくつかあった。
取引がある相手ではなく、取引をしないために覚えた顔だった。
人身売買のジャラワール、薬物売買のセリアレ。
二つの禁忌組織の、その有力な幹部だった。
複数名の構成員はどれもが明らかな戦闘要員であり、戦いを呼吸のようにできるのだろうと判断できる、仕上がった剣のように研がれた気配を発していた。
「ブランディさんか」
ジェッカブは会いたかったよと言いたげな雰囲気ではない。むしろその逆だ。このタイミングで来てしまうとは運がない、と思わせる空気だった。
それを察したブランディは、
「お約束の品について、お引き渡しができたことを伝えたくありましてね。
さて、それでは私はこれで──」
すぐさま去ろうとする商人──ブランディに対して、
「そう急がなくてもいいじゃねえか」
「運び屋ブランディの話は聞いておりますよ」
ジャラワールとセリアレの幹部、いや、統合された今は元幹部というべきか。
彼ら二人がすぐに去ろうとする彼を引き止めた。
「少し話をしようようや。いいだろ?」
にたりと笑う。ジャラワールの人間だった。
『話をしましょう。雑談ですよ。え? この後にご予定が? それならまた次回に……』
そんな感じで進められる雰囲気ではない。
『黙って座れ。こっちの要求を聞け。それを飲め。死ぬより酷い目に遭いたくないならな』
正しく雰囲気を表すならこうだった。
後ろぐらい連中との取引も少なくない彼だからこそそれがよくわかる。
逃げられないのだと。
「……はい、では」
と側へ。
「前置きはいいよな。
ちょっと運んでもらいたいものがあるんだよ」
「なんでしょう」
「ジャラワール時代の荷物があってな、この状況、万が一ってのがあったら困るんだよ。
噂じゃあグレイトキャピタルのクソアマは奴隷を助けたこともあるだとか。
つまり、こっちの敵だろ? そんなのが成り上がってみろよ。わかるよな?」
「はあ……まあ……」
否定も肯定もしない。できない。
何が地雷かもわからない。
「だから、『隣』に運んじまおうと思ってなあ。あんたならそっち側に運ぶこともできるらしいじゃないか。なあ?」
隣。つまりはベイシン領ソーパス。悪名ばかりが先行する都市。
とはいえ、ブランディからしてみれば悪行と悪徳が表沙汰になっているか、なっていないかの差でしかなく、つまりはアドルインと似たり寄ったりだという感覚でしかない。
後ろぐらい連中相手に取引もしているからこそ、ソーパスへのルートや手形などは当然用意がある。
だが、その用意というのもソーパス側の秩序を乱さないものを運ぶのに限られている。
マフィアが隠していた財産を大掛かりに動かそうとすれば確実に問題になる。
つまり、目の前のマフィアたちは、
『今、大変な状況になるか』
『後々、大変な状況になるか』
それを選べと言っているに過ぎないのだ。
ブランディはとてもではないが真っ当な人間ではない。その自覚がある。
だが、それでもまともよりも劣るもにはなりたくないという一心があった。
「……その、運ぶものは一体なんでございましょう」
「わからねえのか。聞いていたよりもグズなんだな? おい。そうなんだろ?」
近づいてきたジャラワールの幹部がぺちんとビンタを張った。本気のものではない。あくまで屈辱を与え、教育をしてやるという意識から来ているものだった。
「見た目のいいガキが六。見た目のいい女が四。見た目のいい男が三。それと──」
「レミッダ・デーコン草を四箱、ゲーズ水薬を七箱。緩衝材が必要なのでやや場所は取りますねえ」
人間が十三人。
レミッダ・デーコン草は品種改良を加えたデーコン草であり、幻覚、混乱、催淫効果を強く備えて、極めて強い依存性のあるもの。
ただのデーコン草は一般的なタバコよりも劣る程度の依存性であるが、レミッダ種はその比にはならない。
いくつもの人間を、勢力を、国を堕落させた禁忌中の禁忌。
徹底的に排除されたはずのものがどうして現存しているのか。あるいは名前だけを使っているだけなのか。
どうあれ、厄ネタには違いない。
ゲーズ水薬も同様の禁忌だ。これもまた、多くの貴人を惑わせた代物。酒精よりも強い酩酊効果がある。
「それを……は、運べと?」
「支払いには期待していいとも。我々も脅したいわけじゃないんだ」
にこりと笑うセリアレの元幹部。
ジェッカブは助け舟を出すわけでもなく、黙っていた。
「で、いつからやれる」
「いつからというのは」
「いつから運べるかを聞いているんだ。グズ。今日からやれるか? それとも一度で運び切れるのか。どうなんだ」
「それは──……」
「一つ、伺いたい」
ようやく、ジェッカブが声を発した。
「なんだ」
会話を切られて少し苛立った声でジャラワールの元幹部がジェッカブを睨む。
「ドラルディンさんの意向で薬と人身売買は禁止になったはずだが」
「新しいドンは弱腰だよなあ。そんなに上に睨まれるのが怖いかねえ。
ま、上がそうだってんなら下は従う以外に選択肢はねえやな。
けど、従うのはこの街だけだ」
「だが、組織の倫理はどうなんだね」
「はははっ。マフィアに倫理かよ。ジェッカブ。老いたな。
いいんだよ。倫理。そいつはこっちの味方だ。知っているだろ。この組織の本当の倫理の支配者はギュストークさんだってよぉ」
にたりと笑う。
ジェッカブは諦めたように視線を外し、もう一人の男、セリアレの元幹部へ。
お前も同じ意見かと。
どうやらその通りで、肩を竦める。
「……ドラルディンさんはマフィアとはいえ、街の光が届かない場所を守る組織にしたいと長く考えている。それは知っているだろう」
「ああ。四大マフィアの支配のためにわざわざ出張っていたのもそのためだってな。
ギュストークさんに担がれていたってのもわからず。グズで、マヌケで、タラズだよなあ」
「たらず、か」
ため息を漏らす。
確かに、ジェッカブは老いた。
かつては自分も、もう少しギラついていた。生きるために必死だった。
久々にその顔をまじまじと見たブランディは危地で妙にそれを強く感じていた。
「善人を望むわけではないが、我々は望んで悪党になったわけでもないと思ったが」
それを聞いてついに我慢できないと言わんばかりに元幹部の二人は笑った。
「冗談だろ!? マフィアが、何を、……はははははっ!!」
「笑えないが、笑えますよ。ジェッカブさん。
我々セリアレがどれだけ薬を流していたか知っているでしょう。我々は悪党になりたくてなったんですよ。
金になりますからね。それに生まれが不幸だと呪うからこそ、同じ穴に落としたいじゃあないですか、平穏無事な連中を。ねえ?」
それらに対して、ただ一言。ジェッカブは「虚しいものだ」とだけ呟いた。
言葉の意を問おうとするよりも先に、
「やるべきことがこうして捗るのはいいことなのか、俺の理想なんて絵空事に過ぎないと再確認できて自嘲するべきか悩ましいな、ジェッカブ」
倉庫ともなれば表側以外にもあちこちに出入り口はある。
そこにも警護はついていただろうが音もなく始末されたのか。あるいはあえて空けられた穴がそこにあったのか。
「前者だけを思うべきでしょう、──ドラルディンさん」




