天翼騎士vs魔王
都市アドルインの端から端までに響くように、たった一日で大きな衝撃が走った。
その衝撃は一日のあとにはアドルインのみならず各地に激震という言葉で表現できるように広がる。
「いやあ、中々の反響ですわね」
「やりすぎなくらいが丁度いい、っていうのはライヒ様から学んだことですから」
「人様に言わせれば間違いなく悪影響ですわよねえ、それ……」
天使のようにあどけなく美しい笑顔を向けるリオに対してやや罰が悪そうに苦笑するライヒ。
「けれど、リオが作ってくれたこの状況、この策。
わたくしにとって最も嬉しい形のものだったこと。それについて素直に感謝しますわよ。
ありがとう、リオ」
ぱっと表情を喜びに溢れさせ、はい、と可憐な声で応じるリオ。
一方で都市は混沌を極めてはいる。
この状況に至る計画が編み出されたのは少し前のこと。
何かとライヒとオルドホルムを目の敵にしてくるドラルディン・ファミリーを駆逐するのは簡単なことではない。
表向きに弾圧し、法に則って処分したとしても根は残る。根は深い。表向きに動きがなくとも生き残ったマフィアは再び活動をすることになる。
終わらないいたちごっこが始まってしまう。
片付けるなら根こそぎ、一撃で決着することが望ましい。
もっとも、それが難しいからこそマフィアが蔓延ってしまっている現状がある。
頭の痛い問題だが、それを解決する手段を考えついたのがリオだった。
✘✘✘
ライヒが賊討伐やら人身売買の現場破壊やらをしている頃。
リオは政務や事務を急ぎ片付ける。
以前、魔王の居城で学びを受けたときに一つの約束を受けていた。
『困ったことがあれば頼っていい』
そう言われていた。そして、会うための手段も。
リオはそれを頼ることにした。いつぞやスゥたちが移動に使っていたポータル。
自由に扱うことはできないが、特定の祈りを捧げれば相手に伝わる。
正当な願いとして聞き届けられたなら、
──音が鳴る。
ポータルが起動する。
中に入れと言わんばかりに。
リオは疑うこともなく入る。ポータルはすぐに閉じた。
すぐに視界が開けた。オルドホルムの牧歌的な風景から一変、石造りの見事な城の中。
「グレイトキャピタルの配下、リオリヤ。よくぞ参られた」
リオの知らない人物だが、自分が何者かを伝達されている以上は信頼していい相手ということは間違いない。
そもそもで言えば自分から願ってここに来たのだから敵意や警戒を持つこと自体がお門違いであるだろうとリオは内心で苦笑した。
簡単な挨拶だけをして、されるがままに案内されるリオ。
通された先にいるのはスゥか、あるいは別の魔族かと思っていたが──
「ライヒ以外の人族がここに来たいと願ってくれるのは嬉しいものだな」
魔王ハイエンドが直々に彼女に目通りを許した。
「あ、は、はい……! いえ、えっと……」
即座にひれ伏す。
一般的な礼儀作法に関してはライヒのもとで色々と仕込まれてはいる。
それでも殿上人たる魔王相手にどの礼儀を向けることが適切なのかの判断は難しい。それも主であるライヒ抜きでの状況ともなれば尚更だった。
「そう固くなるな……というのは無理だろうな」
困ったような笑顔。魔王という立場は超帝国の皇帝に等しい存在。単純に生物としての強さ、個人としての強度だけで言えば比べるべくもない存在。
ライヒに拾い上げられなければどん底にいたはずのリオからすれば文字通り『繋がりを得ることなどありえない』相手なのだ。
「ライヒからどこまで聞いているかはわからないから、改めての説明をするが」
少し長くなるがいいかと問えば、可能な限り平時の自分が行うような頷き方をする。
たおやかで、緩やかで、余裕のあるもの。
貴族であるライヒの側にあって恥ずかしくないと思ってもらえるような。
ハイエンドもそれを汲みつつ、言葉を続けた。
「我はライヒをちょっとした力で見ることができる。
忙しい身分でな、四六時中見ることは叶わないが、あれがどのような状況に置かれているか程度は一目見て推察もできる。まあ、一度見ると目の離せない女ではあるが」
小さく微笑むと、「側にいるお前が一番わかっていることだろうが」と。
その言葉に少しの親近感を得て、緊張が和らぐ。
急に無礼な態度を取るわけではないが、それでも対話不可能なほどに固まった態度からは脱却するリオ。
「ここに来たのも暇つぶしや社会見学のためというわけではないのは願いを通じて理解している。
が、その上で問おう。
何を求める」
「その。お力を、お借りしたいのです。具体的には……」
用意していた紙を取り出す。家臣がそれを受け取り、異常がないこと、失礼がないこと、そもそも読める文字かなのかを判断してからハイエンドへと渡す。
それを目にした途端、ハイエンドが笑った。
「ふふ、ははは! いや、流石はライヒの懐刀」
彼が目を通したそこには人材の貸出を願うもの。
つまり、この後の展開において使われた映像出力への協力だった。
勿論、この技術があること自体は知っていてもそれが実際どういったものなのかは知らない。よもや魔王の持つマナによる力技とも知らずに。だからこそ技術者という意味で人材の貸与を求めた。
勿論、人間がそれを知らないのをわかっているからこそ、その点でも魔王は笑った。馬鹿にしたものではない。
知らないとはいえ、人間が魔王に手を貸せといっている構図がなんだか面白かったのだ。
見返りについて、リオは用意できなかった。
というか、魔族がなにを求めるのかがわからない。
風聞では人間の血だの魂だのと言われるが、実際に会ってみればそのような残虐な種族ではなかったことを知ることができた。
理知的というのであれば人族よりも、と考えるのは飛躍というよりはリオが今まで置かれてきた状況に起因するのかもしれない。
ともかく。
だからこそ、見返りがわからない。だから、なにをすればいいかも教えて欲しいと文章に添えた。
平伏するリオを見下ろすように──玉座が高い位置にあるからどうあれそうなるのだが、ハイエンドは言う。
「これを成したなら、どうなる?」
「ライヒ様の自由への可能性が増えます。恐れながらも付け加えさせていただけますと、ライヒ様という劇場に、新たな脚本を得られる可能性があります」
恐れながら。つまりは魔王陛下のご意志を読むようなまねを容赦してほしいと。
家臣たちはリオを見て年齢からして随分と気の回る娘ことだと頷く。
彼女の種族は魔族と最も険悪になっていたこともあるものだとしても、幼い少女がひたむきに行動することにいささかの不審と不快が生まれる余地はない。
そうした魔族が多くハイエンドの元にいるからこそ、この魔王の統治は平和であるとも言えた。
ともかく、リオはハイエンドがライヒに何かしらの感情を置いていることは理解していた。
だからこそ、自分が好きなものが閉塞した状況にあり続けて、飽きてしまうことを恐れるのではないかと考えた。
安定と停滞を求めるタイプならそもそもライヒに対して感情は向けないだろう、とも。
「求める力が魔族たちのみが扱うものだということは理解しているか」
「当然です」
「技術の供与は不可能。あくまでその映像を見せることしかできない。その結果お前が責められ、脅され、より酷いことになろうとも我々は関与できないことも」
「理解しております」
「……であろうな」
ため息を漏らす。
尊厳、貞操、身体、精神。あらゆる危険性を理解し、それを納得している。
あっぱれな忠臣ぶりなのだ。
であれば、
「応えてやらねばなるまいな」
ぱっと表情が明るくなる。緊張の糸が少し解けたように。
ライヒと同じ。悪くない面構え。表情だ。
人間ができる表情の、これが大好きなのだ。
ハイエンドは再確認した。
「細かいことを詰めるにしても一々ここに来るのも苦労だろう。
スゥを。彼女を特使としてグレイトキャピタル領オルドホルムに送るように」
「承知しました」
部下もそうなるだろうと思っていたのかすんなりとその命令を受け入れると立ち上がり去っていく。おそらくスゥに勅旨を告げにいったのだろう。
「細かいことは彼女と話し合うといい。リオリヤ──我もライヒに倣いリオと呼んでもよいか?」
「はっ、はい……」
「リオ。お前は何を望む」
「望む、ことですか?」
「ああ。もちろん、叶えたりしてやることはきっとできんが、なに、雑談の一環だ。重く受け止めずに話してくれ」
「望み。……そうですね。その八割くらいはライヒ様とご一緒できることでしょうか」
「二割は別のことか」
「二割は、笑わないでくださいね」
「笑わないとも」
「ライヒ様が、びっくりするくらい大暴れするところが見たいんです。それを見続けたい。
私ができないことをあっさりとやって、損得もないみたいに心に従うようにして大暴れするそんなライヒ様を見続けていたい」
ははは、と笑うハイエンド。
「あ、笑わないお約束ではないですか」
「いや、すまん。くくく、そうか。いやな、この笑いはお前に向けたわけではないゆえ許せ。
この笑いは、よもや我と同じような望みを持っているものがライヒの側近であったことに思わず面白く、嬉しくなってしまっただけよ」
そうだなと区切るようにしてから、
「互いに望みは一致しているわけか。そうか。
ならば今回の一件は我からの助力ではなく、共に望みへと目指すための協力としよう。
であるからこそ、リオ。お前は何も気負う必要もなく、責任の一つも背負う必要もない。よいな」
その声音は優しい。
魔王ハイエンドがいかにして愛されているかの理由がわかる。
同時に、リオにとって心強い同志ができたことがその優しさに触れたことと同じほどに嬉しかった。
✘✘✘
空に浮かぶヴィジョン。
ライヒの宣誓。
熱狂と混乱。波濤の如くに影響を、周辺の土地土地に与える。
ヴィジョンの力を貸し与える一方で、その光景を俯瞰するハイエンド。
「お膳立ては整ったのだろう。
ライヒ。どんな決着を見せてくれる。勇者でもなく、魔王でもないヒトでしかないお前の決着はどんな形だ?」
くつろぐように肘置きに体重を預けながら淡く微笑む。
魔王ハイエンドは、今確かに魔王らしい振る舞いをしていた。彼の人生においてこれほどまでに人族を混乱させるようなことは指折りで足りる程度の回数しかないからだ。




