天翼騎士vs興行交渉
「決闘、いたしましょ」
怒気もなにもない、まるでお茶に誘うかのように告げられた。
汚職派だけではない。清流派もまたその声と言葉に目を剥いた。
動じなかったのは事前に知っていたものたちと、ギュストークであった。
「決闘。貴族の方が言うのであれば相応に重いものだと存じますが」
ギュストークは階級社会を理解しているからこそ、態度は崩さない。慇懃ですらない。
ただ、氷のように冷たく、言葉の真意を探ろうとしていた。
「ええ。当然ですわ」
「自分のような下賎な身に、決闘にて何を求められるかがわかりませんな」
罪がわからないとは言わない。
決闘に至った理由がわからないとも言わない。
貴族が本気で決闘を持ち出したならその立場に至らないものに拒否権はない。
だが、彼が理由を問わないのはそこが問題ではない。
「ですが、それを仰られるのであればそちらばかりの要求ではすまないこともご存知のはず」
名誉の復旧、権利の判然としない持ち物の取り合い、他諸々。
決闘には必ず『得るもの』と『失うもの』が存在する。命以外にも、だ。
ギュストークにも利がある。
だからこそ決闘に前向きかのように振る舞う。
「ええ。それも当然」
そして彼がそのように来るであろうこともわかっていたからこそライヒも頷いて返した。
「私が求めるのは、ドラルディン・ファミリー」
「それは組織そのものを求めるという意味ですかな」
ライヒが求めたものはドラルディンやギュストークの首ではない。身柄でもない。
組織まるごとをよこせ。
悪の巣窟、罪の結晶、ただれた生活を好む貴族であればわかるが、(汚職派やギュストークにとって)正道にあるライヒという陽の存在が求めるものとは思えなかった。
「欲の深さは滅びを呼び込むとは思いませんか」
「どうせこのまま突っ立っているだけでも滅ぶだけですもの、構いやしませんわよ。
で、そちらの要求も聞きましょう。わたくしが求めるのは決闘。搾取でも強奪でもありませんわ」
確実に勝てる策があるのか。これだけの人間を巻き込んで、味方に引き入れて、考えなしというのはありえない。
だとしても、この状況になった時点で逃げ場などない。
むしろ喜ぶべきなのだ。
自分にとっても、望むべくもないはずの要求がここでは通る。
つまりは──
「こちらの要求は、ライヒ様との結婚を求めましょう。その上で、物事の決定権においてはこちらにもあるようにしていただきたい。
結婚する相手も含めて、ですよ」
貴族としての地位。
超帝国が続けてきた永きに渡る戦いは一応の決着がついた。
戦後において身一つで成り上がるようなチャンスはほとんど転がっていない。それが今、取るにたらないチンピラの胸元に不意に転がり込んできつつあった。
「いいですわよ」
「……そう、ですか」
あっさりと頷かれるのは予想外であった。
自分の全てを奪われるようなことを。
「意外だと思ってらっしゃるのかしら」
にこりと笑うライヒ。
「こちらもあなたの全てを要求しているのですから、相応に求められて当然。
これでお互いに対等。
価値も、意気込みも、覚悟も、全て対等。そうですわね」
微笑みがすうと消える。
「決闘方式は──」
「私から説明します」
立ち上がったのは側に侍っていたリオだった。
「ダンジョンを二箇所使い、時間になり次第ダンジョンアタックを開始。
どちらかが先にダンジョンの支配者を倒すか、どちらかが先にダンジョンで敗北する」
「敗北?」
「ダンジョンの構成次第では攻略が難しい状態もあるでしょう。
そして、運営できるのなら可能性を高めることも」
ギュストークはどこでダンジョンのことが漏れたのかと考え、すぐに答えに行き着く。
「……なるほど。あの女が戻ってこないと思ったら、籠絡されていたわけか」
マイアが転んだのだ。
娘よりも自分の命を選んだのかとも少し考えたが、今このときに考えることでもないと切り替えた。
「私にはわかりかねる質問ですね」
いつも優しく、暖かなリオリヤとは思えないほど冷たい声音。
それは明確な線引き。
暴力によって撃退するのとはまた異なる形で、社会的敬意を損なわない明確な敵愾心の表象がそこにある。
「ですが、可能ではあるのでしょう」
「ダンジョンを作り替えるなどはできんよ。だが」
それなり以上にあのダンジョンには執心してきた。だからこそ、変化させるためのツボのようなものは抑えている。
特定の中ボスを倒せばダンジョンの状況が変わるだの、特定のポイントで敵を倒し続けると敵出現の速度が早くなるだとか、そういうものだ。
そして、それ以上に明確に敵対者を排除するための機能は手札に加えられている。
『嵐の種』と呼ばれる代物だ。
砕けばその瞬間にフロア中のスポーンが活性化、種族の垣根を超えてダンジョン内の異物を徹底排除しようと動き出す。
作り出すにはあの女の協力は不可欠だが、現状において種の在庫は潤沢にある。
それよりも、
「ダンジョンが二つと言ったが、もう一つは」
「ライヒ様所有のダンジョンを使います。そちらと違って変化などはできませんが、それでも問題はないと考えます」
「随分と──」
舐めている。
そう言い掛けたが、それは発さなかった。
ここまで状況を整えた人間が勝ち目なしに動かすわけがないからだ。
少なくとも目の前のリオリヤという少女について、危険な謀士であるのだと認識を確定させる。
「……条件についてはわかった。
だが、レースにする意味はどこにある?
決闘というのであればそこらの広間で殺し合いにしない理由はなんだ」
「殺し合いなど今日日、金になりゃしませんわよ──と我が主が仰っていますので」
その言葉に釣られるようにして視線を動かすギュストーク。
向けられたそれにライヒはふふんと鼻を鳴らす。しかし言葉は紡がなかった。
この場での主導権は自分ではなくリオリヤにあるのだからと言いたげに。
「続けてもよろしいでしょうか」
「聞かせてもらおうか」
「では、こちらをご覧いただけますか」
彼女は小さく口笛を鳴らすと、その影に隠れていた小さな生物がうねうねと動いて現れる。
「蛇……いや、蜥蜴……? でもないか? それは?」
「使い魔です」
「錬成術士どもが扱うようなもの……か?」
ギュストークは術士としてのものを含め、広範な知識を持っている。
マフィアを統合し、運営するだけの知性と、その知性が振り回すべき知識を備えた男であった。
「これは一般的なファミリアとは異なる力を持っています」
「異なる力?」
「このファミリアが見ているものを、別のものに映すことが可能です」
別の音色の口笛を鳴らす。
次に現れたファミリアが壁を見た。
そうすると
「これは……視界を映し出している……?」
「ご存知ありませんか」
「……噂だけであれば、知っている。だが、これは」
人族と魔族の戦いが長期化し、決着が今もついていない。そして状況は魔族優勢であろうとも言われている。
その理由は単純な技術格差であるとも。
人族側の情報伝達は魔術などを駆使してもリアルタイム性が完璧ではない。
念話のように心に思い描いたことを相手に渡す能力者は希少であり、その上で伝達距離もムラがある。
一方で魔族側には魔王が持つ膨大なマナを使い、魔王を中心としてそこかしこにファミリアの目を配置し、マナを使ってその視界を中継する荒技を使っていた。
ファミリアそのものはか弱いため、連れ歩くための契約者が必要ではあるものの、視界情報が完全なリアルタイム性を維持して描写されるのは絶対的な戦略的優位性を魔族にもたらしている。
これだけが人族が魔族を倒しきれない技術格差ではないが、それはさておく。
「……どうやってこれを?」
「あなた方が殺した錬成術士の、その遺品ですよ」
パラクタ・パシウス。
錬成術の歴史において頂点に位置していた存在。
その男ならば魔族だけが使えたこれを再現したとしても不思議ではない。
「もっとも、これを使うには膨大なマナが必要ですし、修理や解析もできませんけれど。なにせ紐づいていた記録の全てはどこぞの錬成術士があの世に持っていってしまいましたから」
「……チッ」
パラクタを殺したのは自分たちドラルディン・ファミリー。
そしてその技術の模倣者もまた、彼らの計画の中で命を落としている。
埒外の天才パラクタ・パシウスであれば一部的にでも魔族の特権的技術を模倣することが可能かもと思わせるに充分だったからだ。
そしてそのパラクタに並々ならぬ執心をしていた模倣者、イングラヴァもまたこの世から既に去っている。
技術の失伝に使うにはほどよいビッグネームであった。
「使えばきっと壊れてしまう。それでも一度きりならばできるのです。多くのに人間に見てもらうことが」
まっすぐとギュストークを見て、それから周りを見るようにして。
「そう。一度きりなら。
この力を使って、誰が都市に相応しいかを多くの人間が見ることのできる、祭典を。
──決闘の興行化ができるのです」
✘✘✘
ここまで語っていながら、リオが言ったことのほとんど全てが嘘だ。
真実といえば、『興行のために使うこと』や『空に映し出す力が実際に使える』ということくらい。
作ったのはパラクタ・パシウスではないし、一度使って壊れるということもない。
何故か。
答えは単純だ。
あの使い魔は魔王ハイエンドから借り受けたものであるから。
──リオリヤは魔王ハイエンドに協力を求め、配信するための装置である使い魔を借り受けた。
魔族側の建て付けとしては現在の人族の戦力や戦争以外での武力がどれほどのレベルで行使されるかを確認するためのスパイ行為。
実際にはハイエンドがライヒの活動を大っぴらに見ていたい、あるいはライヒの面白さを部下たちに見せつけたいだけである。
パラクタの遺産については誰も触れれない領域のことだから、騙し通すことは簡単だった。
ライヒが超帝国の皇帝に求愛されたという噂があるのはそれなりに耳ざといものなら知っていることであり、つまりは帝都に赴いたことがあることもわかる。
錬成卿パラクタとはそこで会っていて、交友を深めたのだと言われればすんなりと信じられてしまう。
当人は死んでいて、遺品はある程度は錬成ギルドが確保しているものの空色の魔剣をライヒが所持している以上は他にも何かを隠し持っていてもおかしいことはない。
ともかく貴族であるライヒが正当な権利のもとにパラクタの遺品を有していると宣言しているも同然。
であれば、他の誰がこのことに口を出せるわけもない。
この一件がのちに漏れたとしてもこの戦いで使い潰してチリになったといえば追求もできない。
そもそも貴族の所持物を国が強引に召し上げることは基本的には不可能だ。やるにしても長期間の根回しが必要になる。やはり、次の決闘においてその邪魔をさせるような隙間は存在しなかった。
(……興行化、だと)
貴族がマフィアと戦うのをそうしたことに使うのか。
名誉はいいのか、法は許すのか。
多くのことが気になりはするが、だが、それを疑う余地はなかった。
ギュストークにとってはそれよりも興行化そのものよりも、その過程と結果についてに意識が向いていた。
技術がどうのなど、ギュストークにとってはどうでもよかった。
(そんなことをすれば、この都市の実質的な支配者が誰か決まるのだぞ。
四大マフィアを支配したドラルディンと、かつて市長職にあった人間を排除した民衆英雄のグレイトキャピタル。
未知であるはずの技術を使って行うことが興行、つまりは金稼ぎ。それをするだけの余裕があることを示すことになる)
笑みが溢れる。
なんという、
(なんという素晴らしい舞台を用意してくれるのだ、この女どもは)
「返答は、ドラルディン・ファミリー」
「決まっている。
断る理由などない」
では、とライヒが立ち上がる。
指を鳴らす。
ファミリアが彼女を見る。
「真昼間にごめんあそばせェェェーーーッ!!」
大音声が響く。
彼女からだが、より大きな音は街中からだった。
「ここで宣言いたしますわッ!!」
「この都市において裏側を支配するマフィアたちとッ!!
この都市での鼻つまみもののわたくし、ライヒ・グレイトキャピタルの激突をッ!!
負けた方が相手の願いを叶えるわかりやすい決着を求めて、ルール有用の殴り合いですわよ!!
こうして空に浮かんだわたくしの姿のように、ダンジョンでの戦いが都市にいても大迫力でご覧いただけますのよッ!!」
がんっ、と令嬢らしからぬ礼儀なき態度。つまりは机を踏むようにして唸り上げる。
「見るだけならタダ!」
拳を振り上げて無料を喧伝。
「更には賭け! 合法の!! 賭けの仕組みはこちらで用意しますわ、見るに優れた場所での商業関連のことは後日、市庁舎前と冒険者ギルド前に張り出します!!
鬱屈としたアドルインに、バカ騒ぎをもたらすには私たちだけでは足りません!!
みんな、一丸になって楽しんでくださいますよう、心から願っておりますわよ!!
ホーッホッホッホ!!」
外からは歓声が聞こえてきた。
幾つかはサクラだろう。
だが、映し出されたライヒの声に負けず劣らずの歓声が上がる。
それはこの都市が汚職派とマフィアに犯されていることを知りながらも何もできない人々からの快哉。
新たな転機を求める人々の声。
「これで──もう逃げられませんわねえ。お互いに」
ニィィと笑う。邪悪だ。令嬢がしていい笑顔ではない。
配信が切れる寸前に見せた獣性。
よもやそれすらもライヒの人気と、逞しく見えるからこそ民衆たちの新たな時代の導き手への仮託に相応しいとして、より大きな歓声が上がるなどとは誰も思ってはいなかった。




