清流事務vs汚職役人
「証拠は揃っています。言い逃れはできませんよ、ベッツメンさん」
部屋には清流派の彼と、ベッツメンと呼ばれた男の二人きり。
武力担当の人間は互いに外に出している。
ベッツメンからしても護衛であっても聞かれてはまずい内容が出る可能性があったからだ。
「……コーパチス。誰が貴様をここにいられるまで育ててやったと思っているんだ」
コーパチス。
それが清流派の男の名前だった。
彼はしがない商家の末子。旨みのある立場を与えられるわけもないくらいに上に兄弟がいた。
幼い頃から丁稚扱いで様々な仕事をさせられ、算術も教え込まれていたがゆえに、年齢が二桁を得る頃にベッツメンによって召し出された。
汚い仕事を多く見て、正しさよりも利益。民衆を制御し都市を栄えさせるために、まずは自らが富む必要があるのだというベッツメンの言説。
頭から全てを信じるわけではなかったが、従わない理由そのものもないと思ってしまっていたのも事実だった。
そこに、雷鳴が走るようなことがあった。
ベッツメンが唯一媚び諂っていた相手である前市長が追放された。
いや、その追放に至る状況をコーパチスは見ていた。
自分よりも若い、少女とも表現できる娘が怒気を隠さずに前市長に向かっていった。
その後のことは他で語られている通りであるから省略するが、
コーパチスはそこでついに求めるべき正しさを知る。
思えば商家の親も、
『信用は我々にとって重要な資産だが、その資産そのものの価値を信用できるかが最重要の事柄なのだ』
そう言っていたのを思い出していた。
正義中毒になったわけではない。ただ、ただ、正しい在り方に憧れた。
それからはベッツメンのもとを離れ、劣勢に置かれ続けていた清流派に合流した。
いかに働けど楽にはならない。
金がないからではない。
汚職が減らないからだ。
生活が楽になることを望んでいるわけではない。ただ、心が楽になることを望んでいたのだ。
街にあの日の雷鳴を運んだ女が戻ってきたことは知っていた。
噂では金に困っていることも知った。
経年によってあの日見せられた衝撃と、雷鳴は過ぎ去ったのだろうと勝手に思い込んでいた。
だが、彼女は変わっていなかった。
未だに街に正しさは何かをその立ち姿で、行動で見せていた。
乾いた大地に慈雨が降り注いだかのようだった。
彼もまた準備をし続けた。都市を変革するための準備を。
それが勝手な願いを含んだものだとは理解していたが。
しかしその勝手な願いは拾い上げられた。
挙句。
あの会議が終わった後、彼女はふっと告げた。
「街を変えるのはわたくしでは意味が薄い」
「変えようと動き続けたものの行動にこそ意味がある」
そう告げた。
共に歩め。そう言われた気がした。
恐れるものはもう何もなかった。
なすべきことをなすのだと、雷鳴が再び轟いたような気がした。
「ベッツメンさん。滅びろとは言いません。
罪を償うために絞首台に上がれとも言いません。この都市にはそのような法はもとよりありませんから」
だが、それはこの都市の中だけであれば、だ。
超帝国そのものの法に従わせれば彼を吊るすことなど容易である。
互いにそれを理解しているからこそ、そのように言い含めている。
彼一人を吊るしても何も終わらない。
清流派のコーパチスが歯痒く思わないわけがない。だが、根絶する為に今はそれを耐え凌ぐ。
「……では、この証拠を以て何をしろと言うのだ」
更にそのコーパチスの意図も見抜いて、睨むようにしてベッツメンが返す。
「ギュストークを呼び出し、話し合いの場を設けていいただきたい。
その話し合いの場で、そちらの代表としてあなたとギュストークの列席を要求します。
こちらは私と、グレイトキャピタル卿を」
「ぐっ、グレイトキャピタルだと」
ベッツメンの焦りの色がひどく強まった。
彼をはじめとして運営からすればグレイトキャピタルの名は悪夢そのものだからだ。
「そこで何をするのだ」
「それは言えませんよ。
公的で対等な話し合いじゃないんです。どう利用されるかもわからない情報を渡すような間柄でもない。そうでしょう」
散々ベッツメンがやってきた行い。
公正さを徹底的に排除した利益追求の関係づくり。
そのツケが今、確かに帰ってきてきた。
こうして、話は──
✘✘✘
「で、用件は?
よもやライヒに降りましたと俺に伝えたいために呼んだわけではあるまい」
「ばっ……バカなことを。
今更オルドホルムに首を垂れるなどできるものではないことはお前はよくわかっているだろう」
汚職派──つまりベッツメンをはじめとした人間たちがいる部屋には傭兵たちが詰めている。
ギュストークの目から見れば同じ傭兵でもグレイスと比べれば天地ほどの開きがあるだろうと見えたが、十人以上。気配を探る。おそらく部屋の外にも数名控えているか。数が多いのは面倒だ。
もちろん、数を頼みにしているだけならば破れぬ相手ではないが、できることと面倒なことは別。
特にここで彼ら諸共殺してしまっても得られるものは少ない。都市運営はギュストークの業務からは離れている。
「そうなのか。
この傭兵どもも含めて、そういうことかと思っていたが」
「彼らはこちらの手勢ではない」
マフィアと汚職派の蜜月に、これまで介在するものは誰もいなかった。
そうなれば何故外部の人間が?
ギュストークは片眉を上げるようにして言葉の続きを催促する。
「我らと共にこれからも歩むと言うのなら、一つ頼みを聞いてほしい」
傭兵であることは徽章をつけていることからわかっていたが、この辺りの傭兵の全てがオルドホルムに味方しているとも思っていなかった。
であればこそ、汚職派の彼らの護衛になるものもいると思っていたが、
(そうではない、というならばあちらの勢力は日に日に巨大化していっているわけか。急ぎ拡大しているこちらに合わせてきていると考えるべきだろうか)
いや、思考を深めるのは後だと思い直してからギュストークは睨み直す。
「頼み?
依頼でも、命令でもなくか」
「もはやそちらとこちらは既に運命共同体なのだ」
「今更そのような人情じみた言葉など鼻で笑うにも値しない」
どれほどの悪事を彼らと行なってきたと思っているのか。
ドラルディンとギュストークの間にあったはずの『ある約束』を無視して、彼らと共に行なった悪事の数々を。
だが、それでも約束破りをしてでも得ようとした夢の成就のために、ここで立ち止まるわけにもいかない。
「ではその頼み、聞くとしよう」
数日後。
この場所で会合を開く。
汚職派とギュストーク。
ライヒと清流派。
その二つの勢力で、何かを話される。
だが、
「何を話すかまではわからない、か。
こちらに選択肢がない以上は伏せるだろう。俺でもそうする」
事前の準備をさせないため。
今やドラルディンは手の広い組織になった。情報一つで有利を勝ち取れる可能性も大いにある。
今日呼び出して話し合わせろと言わないのは慈悲ではなくギュストークの退路を断つためだろう。そこで頷かずに逃げれば幾らでも罪を着せることができる。
(俺ならそうするだろう)
選択肢を与えているようで与えていない。
性格の悪さはかの領主と自分は似たようなもののようだと考える。
「わかった。場所は」
✘✘✘
会合。
場所はどちらの勢力にも属さない、街中の貸会議所で行われた。
参加人数だったり、護衛の数であったり、その辺りは相当厳格に定められていたが、ライヒがそれを把握することはなかった。
今の彼女は前市長をぶん殴ったときとは違う。
優れて、信の置ける仲間が揃っている。
人員の調整、ルール付けなど、リオとフィニーとコーパチスたちはその辺りの、相手が完全に拒否しないための按配探しに徹底した。
ライヒが自らの意志においてもそこに絡まなかったのは当人がそうしたことが苦手であるという自認があるからである。
アルシュカなどは「そんなことやらせたら途中で面倒になって殴り込みに行って決着付けに行きそうだもんな」などと笑っていた。
昼過ぎ。
部屋には人間が集まっていた。
オルドホルムからはライヒ、リオ、アルシュカ。
アドルインからはフィニー、コーパチス。
彼らの護衛として選別された四人の傭兵。
汚職派はベッツメンをはじめとした九人。
そしてドラルディンからギュストーク。
ここで何をライヒが求めるかは事前にフィニーとリオ、アルシュカにのみ相談はしている。
これはやはり漏洩を恐れてのこと。マフィア相手となれば何をされるかもわからないからだ。
とはいえ、汚職派もこの状況でダーティなやり方……例えば相手方をさらって情報を抜くだとか、そもそも会談自体をご破産にするかなどといったことは考えなかった。
軽く調べてみればわかることだが、この会談の肝や目的を知っているものがほとんどいない。
秘密裏に進められていることでもある。
仮に秘密裏のその秘密を暴いて汚い手を使えば、誰が犯人であろうともライヒの逆鱗に触れることになり、誰が犯人であろうとも汚職派とマフィアを壊滅させることになるのが目に見えていた。
秘密にしているならそこには触れない。触れるわけにはいかない。
なんの後ろ盾もない頃ですら感情一つで市長のもとに殴り込みにいった女に対して、過剰ともいえるほどに恐れる。それが汚職派の現在である。
彼らが不気味に思っていたのはもう一つある。
ライヒの態度と気配。
このような状況をわざわざ作るのであれば何かが原因で怒髪天を衝いているのかと汚職派は思っていたものの、随分と落ち着いて──一種の朗らかさすら感じていた。それがより不気味であった。
口火を切ったのは他でもない、ライヒ・グレイトキャピタルだった。
「決闘、いたしましょ」
その声は、驚くほど穏やかだった。




