表裏冠者vs結束
「気をつけてくださいね、ノエルさん」
「……ああ。行ってくる」
ミシアが捕えられている中、ノエルはどうしても彼女から離れなければならない仕事があるとして出かけることが数度あった。
よほどノエルが周りに伝えているのだろう。家は相当に防備が固められており、人員もマフィアの構成員以外も含まれていた。
ミシアはそれを認識することはできなかったが、
構成員たちは組織を信じることができないほどにミシアが大切な人間なのかと考え、どうあれ彼女に下手なことはするまいと考えた。
ギュストークもまた、その隙に彼女の身柄を回収するなどということは考えない。
御しにくい相手とはいえノエルは誰より大切なビジネスパートナーである。
マイアにしろミシアにしろ、ノエルとの天秤で揺れるほどの相手ではない。
問題があるとするならギュストークの下にいる人間が勝手に考えを推察して無闇な行動をとらないかだけだったが、それについては前者の通り、警備を厚くしたこともあって問題は起こらなかった。
✘✘✘
「ま、待ってくれ。どうしていきなり……」
強面の男が尻餅をついた状態で手を前に出して命乞いをする。
「幾つもマフィアがあるのは管理しにくいだろう。
だから一つにすることにした、それだけだ」
「う、奪うってのか。それが理由で……!」
「お前も散々奪ってきただろう、ジャラワール」
周りにあるのは檻。おびたたしい数の檻だった。
アドルインに存在するマフィア。特に力が強いものを四大マフィアと呼び、その一つがジャラワールであり、ジャラワールは都市の人身売買を一手に担っている。
ノエルが歩いてきた道にはマフィアの構成員の死体が転がっている。
どれも鈍器で叩き潰されたような痕が残っている。あるいは、跡すら残っていない。手に持っている剣の鞘による殴打。運が良ければ形が残り、そうでなければ挫滅した。だから痕か、それとも跡なのかの違いとなっていた。
「俺個人の欲求で言うなら──」
見下ろすノエルのその瞳は恐ろしく冷たかった。
黒瞳は野生の獣が獲物に向けるような、感情のカケラもない。
檻にかけられていたはずの鍵がいつ開かれたのか。
奴隷にしようとしていたものたちが次々と出てきていた。
ノエルが進むついでに壊して回っていた。
奴隷候補たちはぞろぞろと集まる。一部の人間の手には足跡の武器、つまりは廃材やノエルが暴れた結果に転がっていた武器が掴まれていた。
「こいつらの手を汚させる前に俺がお前を潰したい。
だが、それは禁じられていてな。
まずは諦める。この段階では」
「こ、この段階」
「次の段階はこうだ。ギュストークに会え。従え。生き延びたければな」
ぞる、ぞるぞる。生気のない奴隷候補の群れが一歩、また一歩とジャラワールへと近づく。
「わ、わかった! 会う、会うとも!
だからそいつらを止めてくれッ!!」
その後、ジャラワールが抱えていた財産のほとんどはノエルが回収。
それを元手にしたのか、奴隷候補たちはそれぞれ、戻れる日常があるものはそこへと戻っていった。
✘✘✘
ディサアドもまた動きを見せた。
彼らはオルドホルムと商業的な繋がりのなかで、アドルインのマフィアの影響を受けていると言い出した。
それは実際にヒョルドがかつて行っていたキャラバン狩りのことを言っていたのだが、そのヒョルドが後々にマフィアと繋がった。その繋がり自体は実際にあったことが突き上げの道具となった。
オルドホルムとディサアドは元々繋がりが極めて希薄。
ディサアドの労働者が故郷に帰るときに通る場所程度の薄いものだったが、今回の賊騒ぎによって領が果たすべき防衛を大いにオルドホルム側に依存していたことが露見。
それに対してオルドホルムは寛容な姿勢を見せたことから恩義を返すと言う意味でも関係を深めたいと申し出た。
都市、つまり居住地としての格はディサアドがはるかに上であるからこそ、その表向きの物言いは上からにも思えるが、実際にはディサアドは割とへりくだるような行動をしていた。
ライヒが纏っている数多の、眉唾な噂が影響していた。
特に現皇帝を袖にしたといったところだ。
実際に袖にして、それでも現皇帝が特に怒りを向けていないという時点で魅力を感じていた。大いなる後ろ盾の一つになりうるかもしれないと。
実際にディサアドにアドルインのマフィアが流れ込んできている事例はなかった。
ただ、ギュストークはやがては手下を送り込もうとしていたのは絵図として考えていた。ある意味でライヒがいたことはディサアドの救いになっている。
この動きで焦ったのはやはり汚職派である。
一件一件が来るのであれば何かしらの手段でのらくらと問題追求を躱すだろうが、先日の中立派とライヒの賊狩りのことから程なくして発生したディサアドの突き上げ。
マフィアとの関係はより拙い方向に向かっているのは間違いなかった。
✘✘✘
「どう、する……?」
青い顔をして汚職派の一人が相談をする。
市庁舎の一室。最も厳重で、最も機密性の高い部屋。
数名の男女隔たりなく己の欲望に素直なものたちが話していた。
「どうなどと、決まっている。
もはやこうなればギュストークとの関係を断ち切る他なかろう」
「……そ、それは難しいと思うぞ」
「なぜだ」
「アドルインの四大マフィアはわかるだろう」
暴力のドラルディン、薬物のセリアレ。
人身売買のジャラワール、身分偽装・密入国のコアンバク。
それがアドルインを裏で支配する組織であった。
拮抗した戦力、バラバラの仕事であるからこそ成り立っていたバランス。
「今日、連絡が来た。かねてから支配していたセリアレ以外にジャラワール、コアンバクもドラルディンが傘下に収めたと」
「馬鹿な……であれば」
「そうだ。我々はもう頼る先はどこにもない、そういうことだ」
このまま関係を続ければ突き上げが続く。よくて裁判沙汰か。
最悪の場合は都市間紛争となる。
前者となれば今までの罪の累積から死罪は免られない。
後者になればより苛烈な罰が待っているのは間違いない。
では、他領や他国に逃げるかと言われればそれも難しい。
財はあれどそれを持って逃げようとしても奪われるのが目に見えている。
都市だからこそ彼らは権威を持っている。
何より彼らは恐れている。
「外に出れば、あの怪物に殺される。間違いない。アイツは我らを恨んでいる」
「そうだ。ライヒ。ライヒ・グレイトキャピタル……。我らを恨んでいるはずだ」
だが、誰一人ライヒに悪罵は吐かない。
汚職派は自らの行いを理解していた。彼女の正しさも。そうなれなかった彼らは生きる道としてこれを選んでいる。
誰もがライヒのように生きることなどできはしない。
自分たちの利益に相反する行いをされる憎しみ。そして、それに比するだけの羨望。
「どうする」
「……求めるを何にするべきかだろう」
「つまり?」
「簡単なことだ。命か、金か。それだけだ」
全員が顔を見合わせる。
答えは決まっている。
命だった。
✘✘✘
ギュストークが呼び出される。
立場の上では汚職派が上とされている。勿論、力関係は元より逆。
都市のマフィアを支配した今となってはそれは覆らない差となっている。
それでも呼び出しには応じる。
力を得たからといって玉座がすぐに得られると思うほどギュストークの頭は花畑ではない。
むしろ、力を得た今こそ彼らとの関係は重要となる。
変化した状況から生まれる緊張が彼らとの関係を断絶するかもしれない。
たとえ力があろうとも、都市そのものに見限られればマフィアは強引な手段に出る以外に手はない。
つまり、暴力によって都市を奪うことくらいしかなくなる。
会合の場は流石に市庁舎を使うわけにはいかない。
汚職派の持つ邸。そこで話し合いが行われる。
「随分と護衛を増やしたな」
ギュストークは特に気にした様子もなく言う。
実際に邸の周りには都市の兵士ではなく傭兵ギルドから雇い上げたものたちが護衛に当たっている。
(この装備。傭兵ギルドの……。だが、傭兵ギルドはオルドホルムに完全に寄っているはず。
なるほど、それを見せつけているわけか)
我々の後ろ盾は今やマフィアではない。
そういったアピールか。
そうなれば次に心配することは自らの身になろうが、それは普通の悪党の考え。
ギュストークは違った。
(連中に今死なれるのは面倒だ)
敗北の二文字はない。
揺るがぬ勝利がある。
「……焦らぬわけか、ギュストーク」
その様子に汚職派が声をかけた。
「焦る? 話し合いに来ただけでなぜ焦らねばならん」
「それは──」
「この傭兵どもが武器を抜いたら俺が死ぬ。そう言いたいのか」
明らかに馬鹿にした風に「ハッ」と笑う。
傭兵たちは内心はどうあれ、動きは見せない。高額な連中を雇ったわけだと認識できた。
「動じぬのはやはりドラルディンがいるからか」
「試してみるか。我々の首領の力を」
ドラルディン。つまりはノエルの実力は充分に彼ら汚職派の知るところにある。
ギュストークを呼び出すにあたり、ドラルディンがジャラワールやコアンバクをどのように支配したのかを調べていた。
策略の多くが使われたのは間違いない。
だが、決定的になったのはいずれも圧倒的な武力による制圧だった。
その武力の中心にあったのはドラルディン。
剣一つで進み、マフィアらしく持ち合わせている暴力の全てを打ち倒した。
悪が蹴散らされ、勝利を喜ぶこともなく佇むドラルディンの姿に勇者を重ねるものもいた。
もっとも、それはあくまで見た目だけ、風格だけの話。
やっていることはマフィア同士の抗争でしかない。それでも一面的には悪の組織が一つ消えた、とも言える。
ドラルディンに飲み込まれた以上は消えはしたが悪の総量が減ったわけではないのだが。
ジャラワールもコアンバクも武力においてはセリアレを大きく引き離していた。
特にジャラワールは人身売買を中核としていたからこそ、豊富な人材が護衛として引き上げられている。
単純な戦力はドラルディンに比肩するかもしれないとまで言われていた。
しかし、それは所詮噂でしかなかったことを証明することになった。
そして、残った一つの答えはドラルディンの、その単騎の圧倒的な力。それだけだ。
「大切な頭脳労働担当のためならば、慈悲深い我が主はすぐに飛んできてくれるだろう。
その上で試すのならば構わないが」
「冗談を……。ドラルディンではなくお前だけでも制圧できると踏んでいる。そういう顔をしているぞ」
「表情も顔立ちも生まれつきのものだ」
実際にギュストークはその通りに考えていた。
面倒だと思ったのは彼らとの戦いではない。勝利したあとに都市との関係性をどうするかの部分を面倒に思っただけだった。
「で、用件は?
よもやライヒに降ったことを伝えたいなどと言うために呼んだわけではあるまい」
「ばっ……バカなことを。
今更オルドホルムに首を垂れるなどできるものではないことはお前はよくわかっているだろう」
「そうなのか。
この傭兵どもも含めて、そういうことかと思っていたが」
「彼らはこちらの手勢ではない」
意外な答えだった。
威圧かと思えばそうではない。
だが、であれば彼らは部外者ということになる。
マフィアと汚職派の蜜月に、これまで介在するものは誰もいなかった。
そうなれば何故外部の人間が?
ギュストークは片眉を上げるようにして言葉の続きを催促する。
「我らと共にこれからも歩むと言うのなら、一つ頼みを聞いてほしい」
悲痛とも取れる、汚職派の声。それは要望であり、提案であり、懇願でもあった。
汚職派が生き延びるために垂らされた一本の糸。それはライヒたちからもたらされたものだった。




