没落令嬢vs反ドラ
会議が再開される。
が、早く集まりすぎた一同。
領主不在の会議室で少しばかりの雑談がされていた。
「あー、なんというか。あの話、聞いたかのう」
ゼドが誰に言うでもなく。
それぞれが思い思いに準備をしていたところだったので視線が集まった。
「お嬢が泣いて目を腫らした女と帰宅したとかなんとか……と」
「あー……」
反応したのはフィニー。この場にアルシュカやリオがいたなら同様の反応をしただろう。
その反応の答えは
「またどこぞでおせっかいを焼いたのだろう」ということだ。
中立派とチルファに関してはようやくライヒがどのような人物かが見えてきたからこそ納得しているような表情を見せた。
「どこのどなたなのです?」
中立派が問う。
情報収集をしてやろうと言うものではなく、単純な好奇心と自分にできることがあるかどうか、そんな風だった。
「今回の一件で馬車を守った女性だそうじゃが」
「ああ、例の。……なんで泣かれておられるのやら」
「そこまでは、当人に聞くでもせんとのう」
「となると、知る機会はなさそうですね」
とはいえ、そのことが何らかの問題として会議で浮上したなら受け止めるだけの前準備はできた。
雑談のようにはじめたゼドの言葉だったが、
(食えない人ですね。
取るに足らない会話のように切り出しておいて相手の善性や内面の推察材料を仕入れているわけですか……)
フィニーだけがゼドの行動の理由を正確に読み切っていた。
ただの年老いたドワーフではない。
ただの傭兵上がりの脳筋な管理職でもない。
ゼドはゼドで傑物であった。ライヒに自身の立場とその価値を全賭けしたからこそ尽くせる人事を尽くしているのがわかる。
瞬間瞬間のその立場で安寧と安眠を貪る怠惰な男ではない。立場を守り、居場所を守ためであればこそ勤労に励むタイプなのだろう。
「お待たせいたしましたわね」
ライヒが戻ってきた。
ピリリとした緊張が走る。
それは雑談の途中で。それが聞かれたかもというようなことではない。
緊張のもとは彼女自身の気配だった。
傭兵と騎士は明確にそれを殺意にも似た戦意であることを受け取っていた。
事務方がメインの二人は緊張感こそ感じているものの明確に何かまでは掴めていない。
フィニーですら気がつけない程度にはその気配の正体は隠せているということか。
「では、続きと行きたいところですけれど、とどのつまりってところから話しておきたいのですけれど、よろしくて?」
一同が頷く。
それを見て、ライヒは言う。
「根源はドラルディン・ファミリー。どこでどう繋がっているか関しては一々考えませんわ」
騙し合いと殺し合いをするような状況だ。
実際に命を狙われただけではなく、その周囲まで危険に晒されている貴族が市民のいざこざめいた証拠集めなどするわけがない。
名誉と共に死ねこそが古くからの貴族の慣習。命を捨てねばならない状況に自ら落とし込むような慣習は既に多くの貴族は既得権益のために口にすることはなくなった。
だが、少なくともここに一人その慣習に生きる人間がいるのだと中立派とチルファはそう考えていた。
「ドラルディンを滅ぼします」
端的な宣言だった。
五人きりの会議室に強い緊張が走った。
「そ、それは、つまり、その」
中立派は同様した。
紛争の宣言に近いような言葉だった。
「閣下。先ほどディサアドより伝言を頂戴しています。
……『都市・領地間の問題になる場合、我らディサアドは公爵家父祖の恩義に基づき、都市を挙げて協力をする』とのことです」
チルファはすぐさま言葉を吐き出した。
この瞬間が最も自分たちを高く売れると見たのだ。
ディサアドは実際、ライヒの人間性について一切興味を示さない。だが、土地が周りにもたらす利益については充分に考えていた。
全面に彼らと友好関係を築けなかったのはアドルインの横槍がそれとなく、何度もあったからだった。
この瞬間であれば、その横槍をないとして売り込むことができる。
チルファのやるべき大役は今果たされた。
「チルファ殿、それは我が領に対する明確な──」
「宣戦布告ではありません。ただ、協力を申し出ているだけです」
そこまで言ってからチルファは頭を下げて、
「お話の途中で失礼いたしました」
中立派が作り出した間隙を利用しながら、非礼からも逃れる。
貴族流の戦い方においてはチルファが一枚上手であった。
「……誰が敵になるか。その話し合いをいたしましょう」
「少しいいかな。冒険者ギルドから、というよりは昔馴染みとしての質問になるんだけど」
「もちろん、どうぞ」
「急に心が決まったその理由は?」
「許せないものを知ったからですわ。そのこともお話しするつもりでしてよ」
そう言ってからライヒが手を叩くと部屋に女性が入ってくる。
目を腫らした女──そう噂されたものがそこにいた。
「彼女の名前はマイア。ドラルディンに命じられてわたくしを殺しに来た子持ちの未亡人ですわ」
✘✘✘
マイアの自己紹介、彼女の立場、
彼女が知る限りのドラルディンの内情、
更にはサン王の祠ダンジョンがドラルディンのものであることも話す。
ライヒを殺しに来て、殺せずに彼女自身に助けを求めたことも。
話していないことといえば宝珠についてくらいである。
同じダンジョンマスターとして、後々の厄介を考えればそれは伏せておくべきだとライヒは判断した。
人生はこれからも続くのだから。
そこに加えてライヒが今までされた度の過ぎた嫌がらせ。つまりはヒョルドの行った拉致であったり、今回の襲撃であったり。
過激になりつつあるドラルディンの内情についても知る限りライヒは話した。
血相を変えているのは中立派であった。
「閣下。確かに、その咎においては物言いする立場ではないので差し控えます。ドラルディンは、我がアドルインにとっても病の根元の一つ。
ですが、それをどのようにして断つおつもりでしょうか」
マフィアを虱潰しにすることは難しい。
都市全てが味方となっているならまだしも、都市全てはマフィア側であるといって差し支えない。
中立派がどれほど頑張っていることをアピールしてもその真実は変えられない。
そうなれば、アドルインごと潰すことが早い。
(噂ではオルドホルム領は随分と金を必要としていると聞いている。
その金の必要性はまさかアドルインに対する戦費か。
あるいは何かで入り用だからこそアドルインから金を……いや、アドルインまるごとを接収すると言うならそれが早いとでも)
考えれば考えるほど、こういうことはドツボである。
悪い方向、そうであってほしくない方向にばかり考えは向かう。
(ディサアドの公爵軍は公爵閣下と共に超帝都へ向かっているはず。
そもそも公爵軍も乱世の中で相当に疲弊。戦力としては絶対ではない。
残った兵力はどれほどのものか。
いや、問題はアドルインだ。兵士などろくにいない。治安を維持する程度の力はあっても戦争などできるわけがない。
何かあったときには傭兵と冒険者に頼ろうと上の連中は決めている。
だが……)
視線がフィニーとゼドに向く。
その守りをどうしてやろうかと判断する決定権や発言権を持つものは目の前にいた。
そして、彼らは明確にオルドホルム、いや、親ライヒ派。
つまり、ろくな都市防衛の力などないのだ。
都市のマフィア全てが一つになって防衛にあたったとして、そんなものが戦争で役に立つわけがない。四散して逃げるに決まっている。そもそも集まるわけがないが。
視線を送られた二人の反応はそれぞれ。
ゼドはちらりと見たが、意志を返すことはない。最終的には頼ろうという傭兵に普段は仕事をギリギリの量しか渡さない上層部。それに見切りをつけられたからこそ傭兵はライヒについたのだろうと中立派は考える。
では、冒険者ギルドはどうか。
前市長を放逐したのはライヒ、その実際的な働きをしたのはギルドマスターである。
だが、結局体制は大きく変わらず、今も腐敗している。あくまでマシになっただけだ。
「安心なさい」
その恐怖を見抜くようにライヒは言葉をかける。
「アドルインと戦争をするなんてつもりはありませんわ。
超帝国に泣きつくこともいたしません。
けれど、わたくし一人ではこの局面を乗り切れません。
ご存知かと思いますけれど、わたくしは喧嘩で終わらせるのは得意ですわ。
けど、それって最終局面の話ですわよね。
なんで毎回そうなるかっていうと、準備が不得意だから」
ちらりと側に立つマイアを見る。
「今回はそうは行きませんの。話した通り、この方の娘さんの命が掛かっています。
その娘の命を助けて、都市同士で弾き起こった結果の惨事を回避するためにどうするべきか。
私の困っていることに対して、答えを出せるプロフェッショナルが揃っている。わたくしはそう考えていますわ。
ですから、」
貴族だ。頭を下げるような真似はしない。
だが、その感情は伝わってきている。
真っ直ぐに四人を見て、ライヒは言う。
「どうか、お力添えください。
全ての無辜のものたちと、都市と、他でもないわたくしたちそれぞれのために」
✘✘✘
(恥ずべきことだ)
言われた仕事をしているとはいえ、チルファは内心で揺れた。
どうあれ貴族として、この機会に権威を強めるだろうという短絡的なものの見方をしていた。
彼女が生きてきた環境がそうであったからこそ仕方なくとも。
それでも、ライヒという一人の女を軽んじた、そのことを恥ずべきことと認識した。
この超帝国で、こういう貴族がいるのか。
安い言葉でいえば、感銘を受けた。
上司たちは戦争を焚き付けろと言わんばかりの返答をそれとなく都市に送り戻ってきたものに書かれていたが、それには従えないと考えを固めた。
勿論、都市の騎士としての損得勘定を忘れたわけではない。
軍事力においてアドルインは公爵軍を脅威には思っている。
だからこそできることもある。
✘✘✘
(恥ずべきことだ)
チルファと全く同じことを中立派は考えていた。
見えない敵と脳内で格闘をして、敗北をして、どうやって腹を見せて降伏するべきかまで考えていた。
自分の恥辱だけで都市が生き延びるならそれでいいのだと。
だが、違った。
ライヒが前市長の際に激怒したことを伝え聞いてはいる。立場上、そこらの噂話よりも確度が高いものだ。
前市長が冒険者ギルドを私的利用するため、ありていに言えば駒にするために行った策略によって冒険者たちは犠牲になった。
ライヒが命じられた依頼はその中でも特に陰惨なものだったらしい。
それに激怒した彼女が前市長に殴り込みに向かったのだと。
実際にその通りのことであった。
結局、前市長の裁きは都市に託された。
彼は追放されたが、都市が大きく変わることはなかった。
戻ってきたライヒがそれを見てどれほど失望したのだろうかと中立派は思っていた。
だからこそ、この機会にあの日なし得なかった大掃除をしてやろうと考えたのだろうと早合点していた。
だが、違った。
彼女は都市に住むものたちと、隣に立つ女性の子と、今ここにいる自分たちとその名誉のために短絡的な手段を取ることをよしとしなかった。
その短絡的な手段こそが最も利益があるであろうことを理解しているだろうに、だ。
中立派は力はそう大きくない。
だが、何もできないわけでもない。
今ここに別都市の人間や、冒険者ギルドの重要人物、傭兵ギルドの支部長までもがいる。
これらのパイプを使えば、中立派という弱い立場をこの状況においてのみは強くすることはできる。
先ほどの妄執めいたものではない。明確な手段と確率を合わせた作戦の設計図を思考の中で作り出していた。
✘✘✘
(どう動くかと思っていたが、そうか)
戦いとなれば利益になる。
それこそが価値である傭兵が輝く。
だからこそどう転んでも構わなかった。
しかし、ライヒが選んだのは転がった先の中で最も傭兵にとって価値の薄そうな判断だった。
では、ゼドはそれを見てがっかりしたか、軽蔑したかと言われれば、
(やはり、ライヒ嬢につくことが正解だったな)
ほくそ笑んでいた。
そもそもが戦いで稼ぐなどできなくなったからライヒを頼っている。
単純にダンジョンに価値を見たからだけではない。
戦乱にようやくひと段落が見えたからこそ、傭兵の価値は落ちていく。
仮にここで紛争が起こり、仕事を得たとして、それは未来には続かない。
傭兵ギルドの問題点は単純だ。
戦うことしかできないものたちが今も生きる場所を求めている。
戦いを求めるだけのものはすでに別の場所へと進むことはできている。
だが、戦うことしか能のない、しかし戦いを血と心魂の全てから求めているわけではない多くの傭兵は居場所を失いつつある。
(この方ならば、我らに新たな道を与えてくださるかもしれん)
ライヒはたった一人の女と、その女のたった一人の娘のために思考を向けた。それも欲望ではない。自らの道のために定めたと見えた。
(これからもその進む道を補助するための役回り。
兵として傭われれば命も道具の一つとして使い潰す我らが最も欲する戦う理由とその名誉。
ライヒ嬢ならば与えてくれるかもしれん。それはきっと──)
傭兵の新たな地平となる。
ゼドはそれを確信していた。
であればこそ、老いたりの身に備わる経験と知識をこれより始まるであろう会議に対してもったいつけることはしないのを心の中で定めていた。
✘✘✘
(ライヒってああいう女の人が好みなのか……)
三人とはまったく違う感想を抱くのは、本来、冒険者ギルドの看板としてその重責に胃を痛めるか押しつぶされかけるべきフィニーのもの。
このご時世だ。
異性であろうと同性であろうと、どちらでもなかろうと、愛を向ける相手というのは構わない風潮。
ライヒは少年少女を騎士として囲ったという話が出たときは多少感情が動いたものの、その少年少女の実力と有能っぷりを見て稚児代わりではないことはわかった。
そもそもライヒがそういう相手を作るとも思っていなかったからこそ、そういう驚きをしたのだが。それも杞憂というものだった。
では、ここで出た感想はといえば。
(なーんて。
外見や性格がどうあれ、助けるか。ライヒなら。すんごい被害者だしなあ。その上で自分と同じくドラルディンに酷い目に遭わされてる。
感情移入もするよね)
あとでライヒをどうやっていじってやろうかとも思うが、そこで真顔で「はい、子持ちの人妻が大好きですけれどなにか問題がございまして?」なんて、万が一にでも(冗談だとしてでも)言われたらいい感じに返す手がない。ノリにノリで返して更に最高にいい感じのノリで返せないならその手の冗談は言うものではないのだ。いじるのはやめておこう。
(感情移入しちゃった相手にはとことん甘い。とことん移入しちゃう。そこら辺は都市を去っちゃった頃から変わってない。
私にできることは、そんなライヒに真っ直ぐ歩いてもらうことだけ)
貴族でありながら、貴族らしくない。
最初に出会った時も新米同士頑張ろうと言ってくれた彼女。
あの頃は手違いも多かった。都市からの横槍が多すぎて正常な業務ができないからだった。そのせいで怒る冒険者もいたけれど、それ以上に怒って場を白けさせて、ベテランたちを冷静にさせてくれたり。
わかりやすく庇うのではないやり方でライヒに守られた頃があった。
(これからは私がライヒの道を舗装する。戦えない私はライヒを守れたりはしない。
だから、彼女が真っ直ぐに歩けるように、私が舗装するんだ)
彼女はこの話の結論を驚かない。
こうなることがわかっていたから。
「では、冒険者ギルドからよろしいですか」
そうして最初に立ち上がり、ライヒとマイア以外の三人を牽引するように言葉を紡ぐ。




