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没落令嬢vs金策  作者: yononaka


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没落令嬢vs気晴らし

 そんなことしている場合かと言われればその通りかもしれない。

 だが、ライヒはどうにもこのままでは頭が割れそうな心地だった。

 全てを投げ出せない自分と、

 あれこれと横槍を入れてくるドラルディンと、

 迫ってくる納税と、

 明確にキャパを超えつつあった。


「あの、領主様……?」


 声。

 リオやフィニーのものとは異なる、少し掠れかかったような部分のある落ち着いた女性的低音。


「マイアお姉様」


 マイア・ユーバウ。

 ドラルディンに脅され、ライヒを殺すようにと言われた女。

 キャパシティ限界にある彼女ならば殺す隙はあっただろうか。

 その結果はわからない。


「ひどいお顔ですね。私でよければ、お話を聞かせてくださいませんか?」


 邸の外で会ったときのような口ぶりで話すわけにはいかない。

 身分の差は絶対。マイアはそう教えられて育った。


 マイア・ユーバウの性質は善。

 悪の行いを喜んでできるような人間ではなかった。

 ドラルディンの悪行に手を貸さねばならない状況も結局は彼女の母性と善性が呼び込んでしまった不幸である。


 ライヒがずっと押し留めていたものはあっさりと彼女に吐露されることになる。

 それはなし崩しとしか言いようがない。


 甘やかすのに長けていたマイアの手腕もあったか、ライヒの限界っぷりもあったか。

 紆余曲折というほどのことはないが、ライヒは今、人妻の膝枕でどうしてか休息を取っている。


 殺す隙は確かに得られた。

 それでもマイアは膝で小さな寝息を立てるライヒに刃を突き立てられなかった。

 目を瞑って寝息を立てたのは数分の間だけだった。

 ふっと目を開けて、


「お姉様、明日は元々の予定を達しましょう」


 急にライヒは言う。

 声に張りが戻りつつある。精神力が満たされたように。


「予定……?」

「えっと、ダンジョンに行く予定でしたよね」

「そう、ね。ええ……そうよ」


 他人行儀で喋られれば折角、少しは回復した心の活力を削ぐかもしれない。

 投げ掛けられた言葉に戸惑いながら。


「わたくしも同道いたしてもよろしいかしら。この膝枕のお礼を考えてもいい案は思いつかなくて」

「でも、大変なんじゃないの?」


 邸には各勢力の人間がドタバタとまでは言わないが、それなりに忙しそうに動いている。

 貴族の家となれば少数の来客があっても今回のような会議や会合、それらに紐づいて別の人間や元の居場所に情報の伝達を行う役回りが出入りするようなものは想定されないはず。


 プライバシーもあるが、単純に貴族の身にそれだけ危険も及ぶ。

 暗殺者が入り込む、だとかだ。

 その暗殺者はまさしくライヒの目の前にいるのだが。


「ああ。騒がしいですものね。ふああぁ」


 呑気に大欠伸。


「わたくしの領には恥ずかしながら、そうした施設がないものですから。お姉様には申し訳ない限りなのですけれど」

「宿代わりにして申し訳ないくらい。でも、大丈夫なの?」

「大丈夫、って?」

「その、領主様となれば……なんていうか……ね。恐ろしいものを相手にすることもあるでしょう」

「ああ。例えば暗殺だとか」


 どきりとした。

 この会話に誘導してしまったような気もする。罪悪感から来るものだったろうか。

 どうあれ、マイアは表情は変化させなかった。


「……」


 小さく笑う。

 だが、返答はなかった。

 それで充分に理解した。


 ライヒは暗殺など恐れない。

 マイアも冒険者歴は長い。ベテランや名を残すような冒険者たちは眠りながらでも戦えるようになったものも少なくない。

 今まで一番凄まじいと思ったのは寝ている最中に射られた矢を掴んだ人間がいたことだった。


 マイアはライヒからそうした人物と同じものを備えている気配を感じることができた。

 位階で言えばライヒとマイアはそこまで大きな差はない。


(位階は上がるばかりではない。任務の失敗や他のペナルティによって低下することもある。本当なら、彼女は冒険者ギルドで名を残すような人物なのでは)


 そう思ってしまう。

 ディサアドの冒険者ギルドではそのような情報は殆どなかった。

 一応、マルティスコアを倒したという情報もあったが、眉唾もいいところだ。


 だが、もしもそれが本当ならば?

 そうした功績を打ち消すようなことをしでかしている人物なら。


 ……殺す隙は確かに得られていた。

 マイアにはそう思えていた。


 だが、実際にそんな隙などなかった。

 マルティスコアを殺したことは事実であり、彼女が恐るべき冒険者であったのも事実であり、転戦を繰り返した傭兵であるのも事実。

 特に傭兵などやっていれば眠りながら危険を回避することなど、生き延びてベテランと呼ばれるようなものたちからすれば基本中の基本ですらあった。

 殺そうとすれば、反射でマイアを殺してしまっていたかもしれない。


 マイアはそれを理解し、手を出さなかったことを安堵していた。

 同時に、眠っているときすら脅威である女をどうやって殺せというのかとも思ってしまうが。


 そうした心の機微を知ってか知らずか、名残惜しげに膝枕から頭を引き剥がすライヒ。


「それじゃあ、また明日になったら迎えに上がりますわ」


 ひとときの眠りがライヒの精神に潤いを与えていた。

 優美に礼を取る。


「お姉様。お優しいことはわかりましたが、どこの誰にでもそのような行いをするものではありませんわ。

 ……ですが、このひとときで救われました」


 柔らかく微笑むと、


「それでは、また明日に」


 去る。


 一人になったマイア。

 暫くして気配をどこからも感じなくなってからようやく息を漏らした。


(殺せやしないわ、あの人は。……私なんかでは、とても)


 脅威的な存在だからもある。

 だが、それ以上に。


(あの年齢で、貴族として、領主として、賊が襲うような周辺の状況の安定を考えさせられて……。

 その上、マフィア(ドラルディン)絡みの問題まで)


 だが、殺さねば。

 殺さねば、娘は。


 自分を抱くようにして懊悩に苦しむ。

 ライヒが去り、悩み苦しむ時間によってどれだけ経過しただろうか。


 すぐに手を下す必要はない。

 ギュストークが提示した時間までまだまだ猶予はある。

 だが、どれほど長い時間を与えられたとしてもマイアにライヒを殺せるヴィジョンが浮かぶことはない。そんな予感だけがあった。



 ✘✘✘



 翌日。

 気晴らしを兼ねてのダンジョンアタックがライヒ主導で行われる。

 チケットを使おうとしたものの、


「今回は顔パス。それは取っておいて、またオルドホルムに遊びに来てくださいまし。ね、お姉様?」

「……わかったわ。それじゃあ、ありがたくお付き合いさせていただききす」


 そうして二人がダンジョンに入る。

 普通の神経をしていれば二人でダンジョンに?

 などと慄くかもしれない。

 だが、マイアはライヒの暴れっぷりを見ていたし、ライヒはマイアの実力を多少なりとも予測していた。

 立ち居振る舞いだけではない。歩法や視線一つとっても実力というのは見えるものだ。


「二人ですし、互いにカバーし合うというのも即席では中々。

 とりあえずは攻撃が当たらないように好き勝手にする形でいかがかしら、お姉様」

「ええ。わかったわ」


 彼女の返事と同時にゴブリンの一団がゾロゾロと現れる。


「やらせてもらえるかしら」


 手並を見せると言いたげに。

 どうせどれだけ手を明かそうとライヒを単身で殺せないのだ。そう結論づけたマイアは、そうならばむしろ信頼されていった方が最終的には良き方向に転がるだろうと考えた。


 すう、と息を呑む。

 ゴブリンたちが気配と音に反応し武器を構え動き出す。


複眼方陣(マルチロック)──衝撃(ショック)ッ!」


 刹那。

 彼女の眼前に小さな魔法陣が浮かぶと同時に赤色の衝撃が蛇のように襲いかかる。

 それらの衝撃がゴブリンを叩き、あるいは衝撃が体の内側に入り込み電撃と共に爆ぜた。

 生き延びたゴブリンもいた。

 軍団化したことにより、微かに耐久性能が高められていた個体だった。


「はぁッ!」


 一声と共に槍が穿たれる。

 鋭い一撃がゴブリンの首を刎ねる。あのときの賊とは違う。あるいは槍を腹で止めた賊は存外に強者だったとも言える。


多用途者(マルチロール)、ですのね。すごいですわ、お姉様!」


 前に立てば槍を。後ろに構えれば魔術士として、どのような一党であっても仕事を欠かすことがない。


 行き着くまでに相当の修練と器用さが必要なだけあって、その技術と立場に『マルチロール』という特別な名を与えられる。


 マイアはそうした珍しい冒険者であった。

 もっとも、夫であるガイが最低な男であり、一党仲間とすぐに揉めて穴が空くことや追放されることが多かった。

 結局、マイア自身が複数の役割(ロール)をこなせなければ生活どころか生存も怪しかった。

 そうならざるを得ないという消極的な理由で成り立ったものであるので当人としては誇るほどのものではないと考えてしまっているのだが。


「半端だと言われてしまったらそれまでだけれど……。

 でも、ありがとう。ああ、でも」


 ライヒは自分をなんと呼ぶべきかを悩んでいるのを見抜く。


「お姉様、他人行儀はやめてくださいまし。ライヒ、そうお呼びください」

「……わかったわ、ライヒ」


 殺す相手云々を除いたとしてもやはり貴族相手に呼び捨てなど畏れ多い。

 この土地の人間であれば当然のことだった。

 それだけ、超帝国は貴族社会を確固たるものにしていた。


 しばらくダンジョンを攻略し、戦利品も充分に得られた。

 会議の時間も迫ってきていたこともあり、切り上げることに。


 出口へと向かう途中。


「お姉様」

「なにかしら」

「あのとき、わたくしを殺さなかったのはどうしてですの?」

「……えっ、……っと……」


 不意の一言。

 誤魔化すことができないタイミングを狙っていた。意識の間隙であったり、ほどほどの疲労感による漠然とするような感覚であったり。

 ライヒはこの質問を打つけるタイミングをずっと狙っていた。


 マイアも思わずどもった後に「してやられた」と思わなくもなかった。

 だが、それ以上に心に去来したのは安堵であったかもしれない。


 ああ。

 ここで終わりだ。

 終われるのだ。

 命の代わりに一つだけお願いしよう。きっとこの強者たる女領主ならば叶えてくれるかもしれない。


 娘の命を助けてくれと。

 それを言う覚悟はすぐに固まった。

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