没落令嬢vs話し合い
馬車が襲われてすぐに動いた一同。
傭兵、冒険者、そしてリオが動いたからではある。
アドルインの人間がすぐに動いたのは元々別の話があったからその準備があっただけであり、冒険者ギルドのフィニーも同様だった。
青い顔をして大急ぎで早馬を使ったのはディサアドだけ。
傭兵ギルドはそもそも半ば常駐しているに等しい状況。
しかし、一同は青い顔をしていた。
ディサアドは暗黒領主と噂されるライヒへの恐怖で。
アドルインの担当も同様である。中立派は別名、清流派とも言われるほどに現在の運営体制と違う透明な運営を目指しているのだが、それゆえに力がない。
一方でライヒは実際に市長を辞めさせる直接的要因になった女である。
中立派と市長や現体制は全然性質が違うといっても運営は運営だろうと睨まれるだけならいい、癇癪から武器を振るわれでもしたらと恐怖するのは当然とも言えた。
この辺りは未だライヒの悪名が正しい情報の伝達を阻害している。
ライヒ自身もこれを問題視はしているが、解決するほどの余裕は現場の彼女にはなかった。
なにせ彼らと付き合っても時間が消費されるばかりで金にはならないと思っているからだ。
「襲ったのは賊、ということだったが」
ゼドが口を開く。
冒険者と傭兵たちによって他の地点の賊も倒されている。
「同時多発的に動いた裏に何者かがいるのは事実だ。
捕らえたものからの情報だ。もっとも、連中も動かされただけで詳しくはわからんようだが」
「それについてですが、よろしいですか」
中立派の男が手を挙げ、ゼドに頷かれて言葉を続けた。
「ある筋から──、まあそちらに関しては聞かないでいただけると嬉しいのですが、ともかく。そこから活発に外に出て動いているものがいるという情報が。
最近は色々と噂にもなっている連中の話でして」
一息付いてから、
「ドラルディンの連中が動いていると」
冗長になった理由は単純だ。
中立派、政務に携わる人間はそれなりに市内においてはある程度の上流に位置するといっても過言ではない。
だが、その特権は常に他の同位に脅かされるもの。
そしてその同位こそが未だ都市の裏側とも繋がっている連中である。
藪をつついて蛇を出すような行為をして殺されるのはごめんである。
だが、中立派としての矜持が彼を今ここに立たせ、言葉を紡がせていた。
「ご安心なさいな。必要があればお守りいたしますわよ。まあ、我が領に引っ越してきてもらうことにはなりますけれど」
「それは。ははは……心強い。ですが畑いじりは親父の手伝いでしかしたことがないのですが、足手纏いではないですかね」
「冗談。しっかりと内政仕事を振りますわよ」
守る、越してこいなどという話は冗談ではない。
本気でライヒはその約束していることがわかると、中立派は
(ああ。なるほど。こういう女なのか。この人は)
そう感嘆した。
汚職蔓延っていた前市長時代から彼は街で政務に携わり続けている。汚い仕事をバッシングし、何度も嫌がらせや左遷を受け続けてもいた。
前市長が排除されたあと、ある程度の名誉と立場は復旧されたものの全てではないし、やはり体制が変わらない以上は生きづらい場所であるのは確かだった。
それらを汲んで、いつでも来ていい。仕事はある。彼向けの仕事を充分にさせる。
多くは言外に。しかしその言葉にお為ごかしはない。
なるほど、現体制の人間が彼女を嫌うわけだ。
「感謝します。そのときが来たら本気にして逃げてきますよ」
「ええ。激務があなたを待っていますわ」
そうして次にフィニーが手を挙げ、ライヒに頷かれると言葉を発する。
「ドラルディンの勢力は活発化。彼らの言葉にある通り外にまで影響を波及し始めているよ。
活発化している彼らの動きは、アドルイン主流のマフィアを食い終わりつつある。
次は──……」
「このわたくしと、オルドホルムとでも」
「賊まで使って挑発してきているなら、本腰を上げつつあるんじゃない?」
「……そうですわね」
空気が一度固まる。
ライヒの返答次第で状況が変わる。
貴族が何を選ぶのか、それは周辺勢力に大いなる影響を与える。
だからこそ、性急な結果を出さぬようにと、ディサアドのチルファが、
「い、一度休憩しませんか?」
そう提案した。
✘✘✘
結局、小休憩では各勢力も時間が足りないからと大休憩を取ることに。
つまりは一日以上の休息時間だ。
ライヒは一睡した後に汗を流したいから次の開始は翌日の夕方以降にと提案。
一同もそれに頷き、お開きとなった。
チルファは自勢力──つまりはディサアドから共連れた部下に現状況を纏めた簡易なレポートを持たせて帰還させる。
それを見送るあたりでフィニーを見かける。
会議以外の場で声をかけていいものかと逡巡したものの、結局声をかけた。
ダンジョンの周りでは全ての機能が動き続けているわけではないが、夜遅くまで食事処は営業していたので二人はそこで少し話すことにした。
挨拶もそこそこに、
「実際、どうなると思いますか?」
チルファが聞きたいことを一言で。
フィニーとライヒの関係は事前にディサアドは下調べしている。
友人であり、ビジネスパートナーでもある。
実際に会ってみればフィニーの顔立ちは均整が取れていて、噂の暗黒領主の好色ぶりに何かされているのかとも思えるほどに。
だが、ライヒと話せば暗黒領主などという噂は誰が流したのかと言いたくなるような性格であったが。
「ううん。そうですね。いくらライヒでもいわゆる『貴族的なこと』を選択はしないと思います」
貴族的なこと。
つまり、超帝国に泣きついてその威光を武器として扱うということだ。
多くの貴族はそのようにして権力と権威を武器に多くの市民と都市を蹂躙することが日常的に行われている。……と噂される。実際に今の超帝国にそうした体力はないのだが。
しかし、もしも本気でライヒが求めれば超帝国が動かないとは言い切れない
税金は滞納しているし、辺境の貴族に過ぎなくとも、彼女の体には歴とした英雄の血が流れている。
その上で、現在の皇帝は今もライヒに対して一定以上の感情を持っているとも噂されている。
「ただ、ドラルディンが都市のマフィアを一つに纏め、都市運営まで飲み込み、一つの勢力となれば別でしょう。
オルドホルムには都市一つを相手にする体力はありませんから」
ライヒ一人が生き延びることはできるだろう。
あるいは、騎士たちや、幾人かの人間も。
だが、その選択をできるのならば大納税を求められた時点で逃げている。彼女にはその選択肢が取れないことはよくわかっていた。
ならばどうするのか、という質問まではチルファはできない。
聞いたところで仮定に仮定を重ねたようなことでしかない。それを酒の肴にするほどチルファは下衆ではない。
「ディサアドはどうすると思います?」
聞いたのだから当然、逆に問われもする。
「正直な話をすると、こちらではあの方は相当恐れられているのです。
私も会うまでは正直、暗黒領主という名前で呼ばれているようなお方だとばかり」
「暗黒……ぷふっ」
「い、いや、本当なんですよ?
アドルインの前市長を殴って都市から追放されたとか、美形を囲って楽園を作ろうとしている、邪魔する奴ははっ倒すとか……」
「あー。あははっ、困ったな。大体当たってるから暗黒領主かも」
「でも、そうじゃないんですよね」
「そうですね。ええ。そういう側面は否定できないけど、ライヒの芯にあるのは、もっと暖かいものだから」
それじゃあ答えになってないかとフィニーは言う。
チルファもその一端には触れているからこそ否定も物言いもない。
「私個人で言えば、あの方に興味がわきました。レポートにもその辺りの訂正も含めて。
信頼の判断は一任されていますから、恐怖一色で距離を離そうとしていた判断からは少し変わるかもしれません。
あるいは」
少し表情を暗くするチルファ。
「親密になるために動くかもしれない、と」
フィニーの言葉に小さく頷く。
公爵領ディサアドは辺鄙な都市であるアドルインに比べて格が違う。
マフィアと悪徳に染まり切ったと公爵が超帝国に報告し、正すために武力による治安維持を申し出たなら通るのは間違いない。
勿論、査察などはある程度は入るだろうが。
その査察は本格的なものなるだろうし、それを問題なしとパスすることは今のアドルインには不可能だ。
結果、都市と都市のそうした諍いは武力衝突になる。訴えられた側が勝利したなら正義を成せなかった側のその訴えは棄却される。
そうでなければ平定される。
つまりは都市間戦争になる。超帝国はそうした内紛めいたことを制御し切れる範囲であれば許容している。力で奪い、力で押し付けて来た国家らしい文化だった。
そして、アドルインがその訴えを出されるような状況になるのならば実際に悪徳が支配している状況になるだろう。
「ダンジョンを所持している、英傑の血を引き継ぎ、都市に睨みを聞かせ続けた女傑……そんな謳い文句を持つ人物を囲っておいて損はありませんからね」
直言だった。
だが、実際にライヒにはその価値があった。元々あったのだ。
それを少しずつ周囲が気が付き始めていただけ。
「ですが、それはなんとか止めたい、というのが本音です」
チルファは甘ちゃんであった。
「都市のぶつかり合いになればどれだけの人々の血が流れ、命が失われるか」
「回避、したいですね」
二人は悩む。
「その、ドラルディンという組織が例の賊をと仰っていましたよね」
「ええ。そのドラルディンというのが──」
これまでライヒの身の上に降りかかっている、あるいは自分から降りかかりに行った事件を簡単に話す。
隠す意味はないだろう。
フィニーはチルファが味方であるという想定で繋がることにした。そう考えでもしないとこの状況を変化させるのは難しいと考えていた。
少なくとも中立派の人間自身は味方と言ってもいいが、その影響力を考えればアドルインの未来に影響してもらうことは不可能だった。
夜遅くまで二人はああでもない、こうでもないとドラルディンの対抗策、アドルインの変化の可能性を探るが名案は出なかった。
終わり際にチルファは問う。
「フィニーさんはそれでもアドルインからは離れないんですね」
「……ええ。そうですね。ライヒがいるから、離れません。私が彼女にできることはギルド職員として、冒険者でもある彼女を支えることくらいしかありませんから」
ある程度の強権を振るえるのはアドルインの冒険者ギルドでだけ。
フィニーは自分の力の限界を理解していた。
だからこそ、その限界の中で可能な限りあがくことは決めていた。
あの日、前市長に怒りを燃やしていたライヒの瞳。もう二度と、あんな目をさせないためにも。自分が何もできずにあの目をされるのだけはごめんだった。
全てをやり切って、それでもダメだったならそのときはライヒと共に都市を潰すための計画でも練るとしよう。




