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没落令嬢vs金策  作者: yononaka


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没落令嬢vs観光案内

 馬車の乗客や御者の無事を確認するライヒとマイア。

 御者は多少の手傷を負っていたもののそれで済んでいたのは僥倖という他ないだろう。


 冒険者の嗜みである治癒の力が込められたラベルドポーションを惜しげもなく使うライヒにマイアは少なからず驚く。

 嗜みは嗜み。『使わないから』嗜みで済む。ほいほいと使っていれば破産まっしぐらなのだ。


 それでも納税に冷や汗を垂らし続けているライヒが気にせずに消費しているのは単純な理由であった。


 オルドホルムの道は危険、誰も守ってくれないという噂が流れるよりも、

 オルドホルムの領主が走って駆けつけて悪党をちぎっては投げちぎっては投げ、怪我してた人間に惜しげもなく治癒の水薬を使って癒した。


 そのほうがどう考えても評判はいい。

 信頼は水薬のひと瓶からすらはじまることもある。


 馬車が動き出し、二人も同乗する。

 マイアはまだ怖がっている、飴をくれた少女をあやし、

 ライヒはライヒで外を充分に警戒している。


 がらがらと車輪が回り、馬車は進む。

 牧歌的な風景だが、賊がいないとも限らない。ライヒが警戒しているとはいえ、マイアもまた緊張を少しだけ強くしていた。

 それでも、子供やその子の親に警戒を伝えないように努めている。


 ライヒはそうした心の動きのようなものを見ていた。

 できた人だ。

 素直にそう思っていた。冒険者は一癖も二癖もある人間ばかりだ。しかし、その全員が悪党ではない。癖はあれど善人だって多い。

 彼女からは癖のない善良さを感じたからこそ、ほっとする心地にもなれた。警戒を途切れさせるわけではないが。


 途中、傭兵を伴ったアルシュカが横切る。

 現場と、ここまでの安定を取り戻そうとしている(出発地までやろうとすれば越権として責められねない)。アルシュカは騎士としてしっかりと仕事を果たしていた。

 アルシュカはライヒを見るが小さく敬礼をする程度で話しかけたりしないのがライヒにとって頼もしさを与えていた。


 しばらくして、ようやく馬車がその速度を緩める。


「オルドホルム〜。オルドホルム〜。降りる方は気をつけてえ」


 御者の声。

 よく通るものが二台同時に現状を伝えていた。


 馬車を停めた場所は整備されている。暗黒領主が支配する血と鋼の掟、暴力の嵐が吹き荒れる場所とは思えないほど整った石畳だった。


「あの、ありがとうございました」


 オルドホルム近くになって二人が降りて、ようやくマイアはお礼を言えた。

 ちなみに馬車には別途、暇をしていた冒険者に護衛の依頼を出して旅が続くようである。


 マイアが深く頭を下げる。

 ライヒの援軍がなければ大いに被害が出るところだった。

 そんなことを望む女ではない。それを見て見ぬ振りができるのなら、我が子すら捨ててドラルディンから逃げているかもしれない。

 だが、そうなっていない。

 なっていないからこそ、彼女の性質と真反対の命令を下されていた。


「こちらこそ、彼らを守ってくださってありがとうございますわ。

 ええっと」

「マイアと申します」

「お一人で賊に立ち向かうなんて素晴らしい正義感ですわ!」

「いえ、その」

「冒険者というのは自分の命第一。ええ。その考え方自体は否定しません。無闇に命を散らせるのが華、などと思われたら一党としての戦術も成り立たなくなりますもの。

 でも、かけがえのないものだから、他に立てるものがいないのだからと武器を持って戦おうとするお姉様のような冒険者がいてくれることが、同業者としてこれほど嬉しいことなどありません」


 うんうんと頷いてから、


「マイアさん、そのお心に胸を打たれました。マイアお姉様とお呼びしていいですか?」

「え、あ、お姉様……」


 夏の太陽のような女が迫れば大抵の人間は靡くではなく暑さに項垂れるように頷いてしまうもの。

 彼女──マイアも例外ではない。

 あるいは、鬱蒼として陰惨としたマフィアの暗く湿った世界に囚われていたからだろうか。その暑苦しさすら心地よい気もした。


「ええ。それじゃあ、義妹(あなた)のお名前を聞いてもいい?」

「そ、そうでしたわ! わたくしとしたことが興奮で、これはしたり!」


 ぴしゃりと自分の頭を叩いてから、

 そして、貴族式の礼を取る。

 その姿は令嬢としてもしっかりしたものであり、それだけではなく、今まで多くの貴人たちを前に立ち居振る舞いを見せてきた豪奢さと華麗さ、肝の太さまでが見て取れるような落ち着いた所作だった。


「ライヒ・グレイトキャピタル。

 このオルドホルムの領主、そして一介の中位階の冒険者ですのよ」



 ✘✘✘



 マイアの頭の中は真っ白になっていた。

 懐いてくれた女性が、自分の窮地を救ってくれた女性が、善性を説き、自分を認めてくれた女性が、

 それが、自分が殺さねばならない相手だったことに。


 人生経験は人よりも豊富であり、鉄火場だって一度二度ではない。

 なんとか当惑を表情に出さずに彼女に連れ回されるままにオルドホルムを観光する。


 曰く、宿がある。

 曰く、最近は食堂のメニューが増えた。

 曰く、医療体制がそこそこになったので近隣から医者目当てでくる人が増えた。

 曰く、曰く、曰く。


 語られたことだけではない。

 実際に目にしたその光景はマイアが聞いていたものと大きな齟齬があった。

 悪の体現者とでも言いたいほどの人間ですらあったのに。

 噂など信憑性のかけらもない。


 いや、確かに彼女の暴れっぷりは悪夢そのものと言えるかもしれない。

 棍棒で賊を血煙に変えられるなど、同じ中位階の冒険者だとは思えなかった。


 それでも、彼女の行動も言葉も、悪ではなかった。


「お姉様はここに何が目的で来られたんですの?

 って、聞くのが遅いですわよね。ついつい連れ回してしまって」

「いいえ、その、いいの。

 えっと、目的は」


 本来は下見のために来ていた。殺すかどうかを即断できるわけがない。

 貴族一人を簡単に殺せるほどこの世は甘くない。

 だからチケットを手に入れて、ここに来てみて、可能ならばどこかで居を得てでも隙を伺おうとしていた。


「これなんだけどね」

「あ、チケット! ダンジョンに来てくださっていたのですね、それも傭兵ギルドの馬車ではなくて。はあ、なんて幸運なのでしょう」


 そんな会話の中、ライヒの騎士であるリオが彼女を呼びに現れ、今回の賊騒ぎの件についてを纏めておきたいと願い出た。

 客人を連れているのを想定してなかったリオは申し訳なさそうにしたものの、


「そうだ。お姉様。

 よければ明日、ご一緒しませんこと?

 粗末な家ではありますが、来客用のお部屋もございますので」


 そのように誘われた。

 千載一遇のチャンスだった。



 ✘✘✘



(どう、すればいいのかしら)


 先程の騎士──リオリヤに案内され、来客用の部屋に通された彼女。

 どうやら他の都市の人間や傭兵ギルドとの緊急の会合が開かれるとのことで、一人にさせて申し訳ありませんけれどという旨のことをリオが言付かってきた。


 食事に関しては案内された場所へと赴くと伝え、戻ればリオが待っていて、風呂に入りたくなったら言ってほしいと伝えた。


 考えの整理がついていない彼女はリオに案内されるままに風呂へと入る。

 大浴場だった。

 それを独り占め。

 一介の冒険者、それも裕福とは言えない身の上で生きてきた彼女からすると考えられない状況である。


 彼女はそれを武器にしたことは殆どないが、それでも自分自身の価値を知らないわけではない。

 だからこそというわけではないが、


(卿が噂通りの方であればよかったのに)


 そう思わずにはいられなかった。

 好色で、自分勝手で、暴力的な支配者。


(どこを切り取ったらそんな風に言えるのかしら。……あんな)


 肩口、喉、ゆっくりと深く風呂へと沈む。


(あんなに素敵な人を、そんな風に)


 それでも与えられた仕事を忘れるわけにはいかない。

 娘の命が掛かっているのだ。

 だが、それでも刃を鋭くできるほど彼女は暗殺に向いた人間ではない。

 非道な仕事をすることに頷いたのは娘を盾にされているからでしかないのだ。


(どうすれば……)


 何も明日殺さねばならないわけではない。

 期間はある程度余裕がある。

 今回とて様子見できているのだから。

 だが、そうして先延ばしにして解決する問題ではないことも理解していた。


 ドラルディン・ファミリーの恐ろしさについては知っているからだ。

 市井に積極的に悪さを働くことはしない。タチの悪いクスリを売ったりもしない。表向きは、だが。

 他の組織との暴力沙汰はしょっちゅうだったし、表向きではない形──つまり、組織の意図に逸れてそうした行いをしている連中はいた。

 それこそが彼女に殺しを命じたギュストークの派閥である。


(……ミシア)


 娘を思う。

 苦しさで胸が張り裂けそうだった。



 ✘✘✘



 この日、急遽集まったのアドルイン、ディサアド、傭兵ギルド、冒険者ギルドの人間。それに加えて邸の持ち主でもあるライヒ。


 アドルインからは中立派と名乗る現運営体制から少し距離を置いた立場の人間。

 ディサアドは運営の中核にいる若い貴族。

 傭兵ギルドはゼド爺。

 冒険者ギルドからはフィニー。


 最初に頭を下げたのはディサアドの貴族だった。


「まことに申し訳ありません。当領の不徳の致すところです」


 貴族──といっても爵位を持つものではない、ディサアドの支配者である公爵から騎士階級を与えられた血筋の人間。

 若いが、目端が利き、性格も温厚、何より中性的な顔立ちの美形であった。


(……噂の暗黒領主に謝って来いだなんて、先輩。恨みますよお……)


 騎士チルファの血統は複雑である。公爵家の遠縁でありながらも騎士階級を与えられて貴族として禄を食む。そこには色々なことがある。

 だが、この場においてはまったく関係がないため、省略する。言うべきことは一つ。チルファは生まれや育ちからどこに出しても問題がない毛並みだからこそ使いまわされていた。


 仕事で成果を出すことが好きだったし、報酬もあるのだから文句はない。

 今回までは。


(ううう。やばい。気に食わないことがあったら棍棒で床のシミにされるんだ)


 情報の伝達は一定ではない。特に都市間で分かれていれば尚のこと正しい情報は伝わりにくい。

 今を以てしてもライヒが恐ろしい女であると言うことをあれだけ活動しているアドルインでも払拭しきれていないとなれば、そこより遠い土地ならばどうか。


(どうかどうか、寛大な処置を……っていうのも怖い……)


 捕食直前の草食獣のような怯え方になる。


「いいえ」

「いいえ……?」


 ライヒの断ち割るような一言に言葉をおうむ返ししてしまうチルファ。


「今回においては、傭兵ギルドとの提携でいい気になっていた側面があります。

 一方的にどちらの手落ちかを語るのはよしましょう。

 それでよろしいかしら」


 そう。

 一方でライヒはライヒで、


(ぐえー! 傭兵ギルドが活動しているところでなんで賊が好き勝手したんですの?

 やべーですわよ。あと一歩間違ってたら公爵領の住民に被害が出たなんて話になっていたかも知れませんわよおォォ)


 ディサアドは腐っても公爵領。

 僻地に主たる領がある時点でこの公爵家が超帝国的にどういった立場かというのは語るまでもないことだが、

 それでも公爵は公爵。

 吹けば飛ぶようなグレイトキャピタル家はその意向の前では羽虫よりも儚い。


 だが、ここで下手に出るわけにもいかない。

 どっちも悪かったから今後気をつけようね!

 これを徹底するしかないとライヒは考えていた。


(ゆ、許される雰囲気っぽい……?)


 チルファがすぐさま顔を上げて、


「当領は今後、関係が疎かになっていたオルドホルム領とより距離の近い関係になるための努力をして再発を防止したいと考えております。

 勿論、閣下が我らの不徳を容赦してくださるのならば……ですが」


 公爵領の人間がここまでへりくだるのは、何はあってもライヒの父祖にある。

 カーネイラズ将軍は超帝国以外の教科書にも載るほどの人物である。

 蝕騎士(イクリプス)の雷名は今も轟いている。その結果、名声を使ってあちこちで金を借りて、納税もしないでまんまと逃げおおせたライヒの親もいるわけだが。

 ともかく、その将軍とライヒの備える気配や威容のようなものは瓜二つ。それも武力までもと話になるほど。


 喧嘩をしていい相手ではないというのが公爵不在のディサアドの結論である。


「寛大なお言葉に感謝しますわ。チルファ卿。

 実際的な話は我が騎士リオリヤと後程話していただくとして──」


 と、うやむやになる形で話を流すライヒは内心で、


(ッシャア!! 回避ィ!! 責任回避ですわよお!!)


 はしたなく喜んでいた。

 それはマイアが湯に浸かり、思い悩むときと同時刻であった。

 悩みの方向は違えど、二人とも苦しんでいた。いや、苦しんでいるのはこの場において全員だったのかも知れないが。

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