没落令嬢vs曇天
「馬車の数を増やしたい?」
「ええ、そうなんでさあ。冒険者の方々が傭兵ギルドの皆さんと移動するようになって、オルドホルム周辺が安全になりましたでしょう」
わたくしだってオルドホルム領主ライヒ・グレイトキャピタル。
それらしい仕事もしますわ。
本日のお仕事はわかりやすいもんで、荘園以外の土地の責任者との会合。
オルドホルム以外にもその周囲には一応の貴族荘園がありますのよ。
といっても、名ばかりでここ以外のほとんどの土地はその貴族もすっかりと農家のおじさんとなって久しかったり、代替わりを何度もしているうちに貴族を降りてしまったり。
オルドホルムと違って彼らはせっせと年貢も納めているので華やかではないにしろ追い詰められた暮らしはしていない。
むしろ、
「ライヒ卿のお陰でこっちも収穫があがって、収益もたっぷり」
「こっちもさ。ありがとなあ」
「ありがたや、ありがたや」
といった感じ。
身なりを派手にするようなおバカな真似をする方はいない。彼らからすれば飢えて死んだり、体の弱い子供や老人が村の弱さゆえに死んだりしないことが現在得られる最大の幸福であるとしているようですわね。
えらい!
「持ちつ持たれつでしてよ」
実際、彼らからも農業関連の知識の交換やら収穫の買い上げやら、畑を広げた影響で足りなくなった働き手の雇用なんかでお世話になっていますもの。
オルドホルムはなーんもないド辺境。
我が領地から見て西にあるアドルイン側だったり、南にあるディサアド側だったりはまだしも人の気配があるんですのよね。
「で、話は戻りますが、その。馬車です。都市で働いていちゃいたが稼ぎが立たないから故郷に戻りたいものだとか、作ったものを売りに行きたいだとか、子供を学ばせてやりたいだとかって話が出てきましてね。
今出ている馬車じゃ数が足りなくて」
「増便したいってことですの?」
「ええ。その辺りについては勿論、こっちでなんとか。ただ、道中の安全が」
「傭兵ギルドが片付けているはずですわよ?」
「実は、その動きを察知している連中が出始めていまして」
よもや彼らの裏切りかしら、などとは思わない。
傭兵ギルドの鉄の掟は血の掟。破りでもすればそこらの尋問官が裸足で逃げ出すようなことをして『わからせ』ることになっております。
となれば、その賊側に何かがある。
「確約はできませんけれど、少しこちらでも考えてみますわね。
移動の馬車にも傭兵を少し護衛につけられないかとかも。ただ、お役所じゃないですけれど、彼らを動かすのもすぐにとは行きませんから、その点はご容赦くださいましね」
彼らは喜んで頷く。
その後にゼド爺とも話したりして、ある程度予定が立つ。
ただ、
「うーん……」
執務を一人こなしながら。つい声を漏らす。
賊。
妙な賊。
ときどきいるんですのよね、妙な能力を持った奴が。
戦場の空気を読むに長けた軍師や歴戦の武将のように、人間の動きを予想できてしまうものがいたとしたなら。
「間隙を縫われることも」
ぽつりと漏らす。
馬車は今も狙われているかもしれない。これまでは大禍なく動いている路線が明日も無事かはわからない。
不安ですわね。
そう思っているところに、ノック。
「アルシュカだ。ライヒ様、急ぎなんだが、良いか」
「お入りなさい」
焦りを殺したような雰囲気のアルシュカ。
「どうしたのかしら」
「この前話してた賊のこと、あったよな」
「ええ。馬車を増便するときの」
「早速出たみたいだ。カリュアが偶然乗り合わせてたから大丈夫だったそうだけど」
わたくしは急いで地図と馬車の時刻表を机の上に広げる。
「いつ襲われたのかしら」
「カリュアが言うには──」
時刻と場所をすり合わせる。
傭兵ギルドの馬車が確実にいないタイミング。
「ライヒ様、これってさ」
「ええ。こりゃ厄介かもしれませんわね」
照らし合わせればわかりやすいほどに。
馬車の運行と経路、時間は明確にしていない。傭兵ギルドのものもだ。
こういう事態にならないように。
けれど、こうなってはもう予想の中で発生する襲撃が確実であると見えてしまう。
「アルシュカ、リオと一緒にここに向かってもらえるかしら」
「わかった」
「わたくしはこっちに行きますわ。怪我せずに戻りなさい。いいですわね」
「ライヒ様も」
言うが早いが、わたくしたちは出立する。
襲撃がないならそれでいい。
あったならば、これ以上あのときみたいなことになってほしくはない。
✘✘✘
ずありゃああと叫びたいくらいの全力疾走。
わたくしはいま、間違いなく疾風になっておりますわ。
今までの経験から賊がたむろしていそうな場所は予想がつきますのよ。
彼らの行動原理と欲望はさておいても、賊は魔物ではなく人族。人族である以上は生活するための条件が整わねばなりませんもの。
早速第一賊人発見。通行人をカモろうとしているのがありありとわかりますわ。つまり、彼らも何らかの手段で傭兵ギルドの警邏を抜けた存在。
走って、走って、担いだ棍棒を、どーーーーーん!!!
赤い飛沫に賊の一人が早変わり。
残っているのは三名。
「ちょっとお尋ねしますけれど、あなたたちこの道をどこか知っていますわよね?
どうしてここを襲っているんですの?
誰の指図ですの?
その指図したものはどこにいますの?」
矢継ぎ早に質問。
すっかり戦意を失った彼らは全てを話してくださいました。
彼らは別の場所で賊をやっていたものの食えなくなってきた。
その頃に付近で活動していた賊のカシラたちや自分たちに誘いをかけてきた人物がいるのだとか。
その人物が『オルドホルムを出し抜いてを突いて一稼ぎしないか』と。
そうして、わたくしに露見している現状のようなことになったと。
誘いを掛けてきたものが誰かまではわかりませんでしたが、彼らの主集団がもう少し行ったところで馬車を狙っている。ここにいる彼らはこちらに逃げてきたものたちを何とかするための予備兵力だということでしたわ。
わたくしはその主集団とやらの方へ急ぎ直しますのよ。
ん?
話を伺った賊の皆様?
残った賊でしたらもういませんわ。仲良く赤い飛沫になったに決まっていますわよ。
一応、更生余地があるか聞きましたけど、趣味が脅し殺した人間のパーツをアクセサリーにする時点でなしと判断させていただきましたのよ。
というわけで再加速。
ずありゃあッ!
✘✘✘
少し離れたところに馬車と何かのいざこざが見えてきましたわね。
速度を多少落として観察。
おっと、動きがありましたわ。冒険者の方が同乗されていたのね。こりゃラッキー。傭兵ギルドの馬車を使わないのは不思議ですけれど、広報と告知が足りてないのかしら。ま、それはそれ。
赤い飛沫にする前に聞いた情報より数が少ないとなれば、隠している兵がある。
正面は冒険者の方に任せて、わたくしはそちらを探すことにしましょう。
こそこそずありゃと探し、発見。
私のシー……いえいえ、スカウト的な技術がバッチリ刺さり隠密成功。気が付かれない状態で状況を観察。
隠れている連中は四名。正面でやりあっているのも四名。
一人の冒険者が槍を使うも、がなる賊が腹で受けて奪うように掴む。
おっと、こりゃヤバいですわね。
弓も馬車を狙っていますし、隠れていた賊も動き出しましたわ。
わたくしもそれに合わせましょう。
✘✘✘
「ごっめんあそばせェ〜〜〜ッ」
棍棒が炸裂し、一人の賊が赤い飛沫に変わった。
その声は間違いなくマイアと同性のものであったが、性質は逆にも思えた。マイアが月であれば、声の主、ライヒは太陽だった。
それもギラつく夏場の太陽。
人々を優しく照らすではなく、燃えるような日差しで人々の熱狂を促すような。
賊たちからすれば急に現れた女が仲間を一人消し去ったとしか見えない。
不意打ちではあったが、そのまま次に行くではなく挨拶をしてきた。理不尽な状況だった。
ライヒはよく理解している。
人間だけではない。どのような戦場であろうとも予想している手、当然あるであろう状況以外のものを持ち込まれたとき、大なり小なり混乱を得ることができる。
自分が納得できる勝利であればその美しさを問わないライヒは他人の心を混乱させることが大好きだったし、得意でもあった。
賊たちがライヒの好みの状態になって目を向けようとしたときには遅かった。
暴風で吹き飛ばされる巨木。それを思わせる棍棒が残った三人の賊を粉砕した。
「矢が、あぶない──っ」
マイアが槍を離して弓矢の射線に入ろうとする。
それよりも先にライヒが動く。
矢が放たれる。
ライヒは射線に入ったマイアを抱き止めると同時に、矢を掴む。
「素敵ですよ」
ライヒは馬車を守るために躍り出たマイアの行動を端的に称賛する。
そのまま社交界でのダンスのようにくるりと回ってからそっと抱いていたマイアを座らせる。
「さて、素敵じゃないものには退散願いましょう」
「く、や、やれっ!!」
腹に槍が刺さった賊が弓持ちと他の賊に命じる。
その後にどうなったかなど語るまでもない。
飛沫が四つ。
賊に生存者はいない。
戦いに対して手を貸そうとマイアだったが、抱き止められて座らせれ、甘い声で称賛された彼女はただライヒの勇姿に見惚れて無自覚な熱視線を向けるしかできなかった。
その相手が、自分が殺さねばならないと言われた相手とも知らずに。




