窮地後家vs危険な旅路
オルドホルムに行く方法は二つ。
より安価で、より安全なのは最近動き始めた傭兵ギルドが出している定期便。
だけど、傭兵ギルドの中には予想もしないベテランが混じっていることもある。
もしも企みを見抜かれたなら……。
身の上にやましいことがあるから、影の中でいもしないものに恐怖をする。
私は──マイア・ユーバウは自らを愚かだと思いながらも、恐怖に打ち克つではなくその恐怖から逃げることを選択した。
つまり、私は傭兵ギルドの馬車は使わずマイナーな定期便でオルドホルムやその周辺を巡るものに乗車している。
客は意外にも多い。
二台の馬車は半ば満載。
以前、多いときには馬車を四台も五台も向けることはあったとも聞く。
減ったとしてもそれでも辺境中の辺境に向かうには多いと言える馬車の客はオルドホルムか、それ以外の寂れた村落に向かう人々らしく、商売をしようといった人間は見受けられなかった。
つまり、辺境であろうとも独自の交易ルートがあり、キャラバンか何かが回っていることが考えられる。
普通、辺境なら乗合馬車に乗った行商人の一人二人がいてもおかしくないからだ。
加えて、旅装を整えた冒険者らしい姿は私以外にはない。
冒険者の装備は一般人のものと比べても多少嵩張る。
私の場合は硬革の部位鎧に厚手の外套。杖代わりの槍。この装備で今まで生きて来た。
いや、娘が多少なりと育つまでの間は冒険者稼業を休んでいたので、『今まで』というのは間断なく冒険しているわけではないので齟齬があるか。
ともかく、冒険者は全員、無料で運んでもらえる傭兵ギルドのものを使っているらしい。多少なりの金銭のかかるこっちに乗るものはやはりいないようだった。
「冒険者さんですか」
声をかけて来たのは老夫婦だった。
どこかの村から都会に用事があるから出てきたのだろう。鞄には帰った先で振る舞うためのものが詰められているようだった。
「ええ」
「最近は多く冒険者さんたちがオルドホルムにいらっしゃっていますからねえ」
「しばらくはこの馬車も増便することもあったくらいで。おかげで道中の安全も買えて我々からしてもありがたかったのですが」
「そういえば私以外に冒険者はいらっしゃいませんね」
もちろん、それらは傭兵ギルドのものを使っているのだろうことは知っているがそれを話せば会話は終わり。道中の暇な時間を潰す相手を減らす意味もない。
「ええ。傭兵ギルドの方々が馬車を無料で出しているそうで」
「そうらしいですね。私はどうしても急ぎたかったので待つくらいならとこちらを使ったのですが」
「最近はもうこの辺りの賊はだいぶ減って安全ではありますが、それでも冒険者さんがいるだけで何だか安心できますよ」
広義で言わずとも私も賊の一人と言える。
領主の命を狙っているのだから。
「おねえさん、あめいかがですか?」
会話の途中で子供が私に飴を差し出してくれた。話の腰を折ってすみませんと母親らしい人物が頭を下げている。
「ありがとう、お嬢さん」
微笑んで頂戴する。
飴。この辺りは貧しい土地だと聞いていたけれど他人に飴を渡すほどのことがあるのか、それともそういう文化なのか。
前者であることは確実だろう話しかけてくれた老夫婦の鞄もお土産で一杯だったのだから。
「ん、おいしい」
甘味はガツンと来るようなものではないが、その分じっくりと味わいたくなる。
「このあめね、おいもでつくったんだよ! オルドホルムでつくりかたをおしえてもらったんだ!
リオおねえちゃんっていうきれいなひとがね!!」
「ほら、こっちに戻って来なさい!」
「はーい」
オルドホルムで。
……彼らが一方的に搾取されているとは思えない。
けれど、街で仕入れた情報は領主の恐ろしげな噂ばかりだったのに。
そう考えていると御者が声を荒げた。
「み、みんな! 頭を下に!!」
「ぐあっ!」
何事かと思うよりも先に、
「止まりやがれぇッ!!
この道は俺たち『腹と弓』の土地だぜえ!!
通りたかったら金払え、戻りたいなら物よこせえ!!」
賊。
戦の時代は終わっても、安定には程遠いからこそ賊はどこにでも出る。
傭兵ギルドが通るようになって安全になったと言われていたが、むしろ安全だと思われているからこそ狙おうとする輩がいてもおかしくはない。
それだけ油断している可能性が大きいし、実際にこの馬車には護衛はほぼいないようだった。
「ほら、全員降りろやあ!!」
「おかあさん、こわいよう……」
「大丈夫よ、大丈夫だから」
「婆さん」
「爺さん、覆い被さって守ろうとせんでよかですよ……」
今から乱しにいこうとしている私が、何をするのか、できるというのか。
ふらりと外に出る。
「全員つったろが!!」
「待てよ兄弟、冒険者だ。護衛じゃねえのか」
「チッ。あのマフィアは護衛なんざいねえって話だったのに……アイツはやる気か?」
「どうだろうな。そうだとしても殺すには惜しいぜ、あの器量はよ」
「へへへ……。違いねえ」
下卑た視線と表現していいと思う。
「おい、これを見やがれ!! 弓だぜ! 弦もバッチリ! 矢は軍用グレード!
まっすぐ飛ぶ! 怖ええだろうが!! ええ!?」
脅している。
弓は一つ。
実際、ただ矢を飛ばすだけだというなら作るのは難しくない。賊ですらそこらの森で作り出そうと思えばできるだろう。
だが、殺傷に足る力があるものとなれば別。作る労力と見合わない上に鈍器で殴ったほうが早い。
賊が生活の一部でしかないはずの『襲撃』に矢を持ち出すのはそれなりに裕福か、特別な理由があるときに限られると言われていた。
彼らはおそらくは後者。
どこかで盗み出したであろう虎の子の弓矢を使って脅すのは手早く仕事を片付けたいのだ。
傭兵ギルドのお陰で安全となったこの辺りは、実際にそうなのだろう。
少しでも時間をかければどうなるか。
彼らの危惧が伝わる。
やるべきは時間稼ぎか。それとも。
「わああああん!」
子供が恐怖に負けて泣き出した。
賊の声は子供にとって充分な凶器だ。
「るっせえなあ。おい!」
「黙らせていいのか」
「やっちまえ!」
弦が鳴る。矢が打ち出された。
私も槍を回しそれを撃ち落とす。
「なっ」
この程度の芸当、冒険者ならできて普通。少なくとも私はできる程度に育たねば命の保障がされなかったから。
ガイ……旦那が甲斐甲斐しく守ってくれたのは最初だけだったなと思い出しながら、攻撃して来た相手を見定める。
周囲の気配はあるが、何より弓だ。
それを何とかしないと。
周りに潜んでいるものも弓があるなら既に見せているはず。
「はあぁ!!」
魔術と詠唱よりいまこの状況で頼みにするものは己の四肢。
こちらの方が早い。
魔術を使おうと思えば多少なりとも集中力が必要になる。
その状況で矢が放たれても迎撃が確実にできるかは、まだブランクを感じる現状では安心できない。
「速っ」
「なめんなッ!」
弓持ちを守るためか、脅しの中核になっているものが一歩前に。
それと同時に、
「チッ。ちょっと奥の手が……ええい、やっちまえ!!」
叫びもする。
道の片側から潜んでいた賊が飛び出す。
同時に弦が鳴る。
迎撃を読まれていたのだろう。当然か。叫んだ男が笑いながら私に攻撃を仕掛けてくる。
あんな旦那だったけど、一人で戦うことがこれほどまでに選択肢を失わせるとは。
けれど、まだ。矢の一本だけならまだ伏せているものたちに当たりはしないはず。
彼らを殺してすぐに、伏兵も。
考えが走るが、行動には移せない。
「甘ちゃんがよお!」
振るわれた槍をあえて腹で受ける賊。
「これで武器はねえ、動けもしねえ。げへへっ、たまらねえよなあ!!」
賊の行動が、覚悟が、恐ろしさが、私は捉えきれていなかった。
「お楽しみ道具にさせてもらうぜえ!」
「下衆……!!」
「褒め言葉だ、がははははッ!!」
刹那。
後方で爆発にも似た音が響いた。
顔をそちらに向ける。馬車に向かっていた伏兵の賊が文字通り散らばっていた。
「ごっめんあそばせェ〜〜〜ッ」
夏の太陽みたいな娘が、肩に棍棒を担ぎ直して現れた。




