窮地後家vs暗黒領主グレイトキャピタル
冒険者ギルドであればどこでも、とは言わないがアドルインを除いた近い街にあるギルドでも少数だがオルドホルムのダンジョン、つまりライヒ印のダンジョンへの入場券は配布している。
とはいえ、最寄りのアドルインから離れれば行くのもちょっとした旅になる。傭兵ギルドが積極的に馬車を出しているが、閑古鳥とは言わないもののダンジョンを目的に出発するものは少ない。
多少の差ではあるがアドルインよりは稼ぎが取れる仕事は多く、人も多く、ライヒの悪名だけが響く部分もあったからだ。
それがこの都市、ディサアド。
超帝国で公爵位を戴く数少ない立場の一人が治めている地の一つで、ディサアドという名前も公爵の名前から取られている。
もっとも、その公爵自身は現在、戦後処理に押されてディサアドに戻らなくなって久しい。
「マイアさん、もう仕事は終わったのかい」
ギルドの受付が驚いた顔で。
「いや、ベテランだと聞いていたけど数年間の空白期間もあるようだったし、どうかなと思ったんだが、失礼な見立てだったな」
頭を下げた彼に対してふわりとその女性──マイアが笑う。
黒く長い髪をアップにした女冒険者。スタイルは誰もが見惚れるほどのもので、自身から言わねば誰も彼女が一児の母であると見抜けるものはいないだろう。
「手加減したクエストをいただけただけですよ。気を遣ってくださって、ありがとうございます」
声は透明感があり、愛らしさを秘めている。
一方で表情は円熟した女性の艶やかさがあり、人の心を溶かすに充分な効力があった。
「あ、ああ。いや、そうだ。この前言ってた奴。オルドホルムのな。探したら一枚見つかったよ。よかったら持っていくといい」
「よろしいのですか? 功績はまだ足りないようにも思えますけれど」
「あー、まあ、このディサアドの冒険者が行きたがる場所でもないしな」
少し前までは結構な人数が向かっていたものの、現在においては流行が過ぎ去ったかのような扱い。
曰く、流行を作っていたのは主にこの都市、つまりディサアド外の人間たち。
それらの多くが都市からオルドホルムや、そこにより近い都市であるアドルインに流れたとなれば、つまり残るのは行きたがらないものだけがそこにいる、ということらしい。
それ以外にも理由はありそうだ。
「遠いから、ですか?」
「都会から田舎にってことにもなるのはそうだな。
それは理由としては強めだけどなあ。あすこの領主はなかなかクセモノというか、アバレモノというか」
アドルインで知られるライヒがやらかしたこと。
つまりは市長追放から始まり、彼女のアレコレは色々な場所で伝わる。離れれば離れるほどに彼女の冒険譚や活躍の色が強くなり、ネガティブな空気は薄れるが、隣ともいえる領地となれば別。
ディサアドの公爵は嫌いではなかったというか、多少の付き合いもあったのだが、それも領外でのことであって下々が知る由のないこと。
根も葉もない噂から、根も葉もある噂から、根も葉もないが真実を言い当てている噂まであれこれと受付は語る。
もちろん、彼も受付としてプロフェッショナルであり、冒険者ギルドが持つ情報についてはノータッチ。あくまで世間の噂を話す程度。
マイアにとってそれでよかった。
情報はオマケ。最も必要としていたチケットは手に入ったのだから。
ふわりと礼を取ると、感謝を述べて去っていく。
マイア・ユーバウ。
その名前は知られたものではないが、冒険者ギルドに登録されている位階においてはベテランというだけでなく、凄腕であることも記述されていた。
✘✘✘
マイアが調べた彼女──ライヒについてを文字に起こして認識を改めていく。
ギルドの受付からの話だけではない。
酒場で流れる彼女の英雄譚。
彼女を知るものを自称する人物からの噂話。
実際の活動記録を盗み見る機会もゼロではなかった。
纏めれば、こうだ。
相当の自己熱狂者。
貴族。
祖先は偉大な騎士であり、その血を強く引いているらしい。
超帝国の現皇帝を袖にしたことがある。
故郷の近くの都市の市長をぶん殴って退陣させた。
凶悪な魔物、マルティスコアを撃退した。
女性。
美麗。
金に困っている。
面食い。両刀。変態。危険人物。税金滞納。
並べてみれば見るほどに妙な相手であった。
(お金に困っているならどうして皇帝を袖に……と、その下世話な妄想はあとにしないと。
一番危惧しないとならないのはカオスフルなだけじゃなくてあのマルティスコアを撃退した実績。その気になれば、というか変な気を起こせばその力がこちらに向く可能性もある……)
マルティスコアは冒険者にとっての死神、いや、それ以上の恐怖と威名で伝わる。
ちょっとした都市ならマルティスコア一匹で壊滅するだろう。
都市付きの防衛隊と騎士一団が壊滅させられたなんて話も聞くほどに。
それを彼女は撃退した。
一人で。
勿論これは誇張というか、噂が尾鰭も背鰭も得た結果。
実際には複数の一党、それも結構な数と実績を抱えたものたちで戦っていたし、全員が死ぬか殺すかしかない状態での、文字通りの死闘。
その勝利が偶然と幸運だけによるものではないにしろ、実力以外の部分で勝利できたというのはライヒも自認として持っていることだった。
だが、それが伝わらない以上は、この辺境でなぜかマルティスコアを殺せる冒険者が自分勝手に生きるためにダンジョンを経営している。
そんな噂に変わってしまう。
その噂自体もまるで空疎から生じたものというのではない。
彼女の血統も問題だった。
超帝国──当時は普通に帝国を名乗っていたが、当時より今まで軍史に名を連ね続ける大猛将、大豪傑カーネイラズ・メムナイツ・グレイトキャピタル。空で輝く太陽すら曇らせる、殺戮の申し子。全ての命を暗く閉ざすイクリプス。蝕騎士。そうした伝説を纏うものこそが彼女の父祖であった。
その血を顕在化させた人物であればと思えば噂の全てが真実である可能性はゼロではないと思わされるような。
窓に映る自分の姿を見る。
祖を辿れば何らかの長命種の血が混じっているのだろう。
今も彼女は若々しさを保ち、その中に未亡人としての儚さ、人によってはそれを艶やかさと取るものもいるだろう。
そうした魅力を彼女自身がよく知っていた。言い寄る男は少なくない。命を脅かされていたドラルディンのものたちから狙われることも少なくなかった。
(グレイトキャピタル様が好色家であらせられるなら、私を狙ってくれるだろうか。そうであれば、付け入る隙も)
ドラルディンのギュストークに命じられた仕事は単純だった。
『害をなせ』
ただそれだけだ。
そうしなければ、自分と娘の安全はどこまでいっても担保されない。
娘は今、ドラルディンファミリーの、他でもないドラルディン自身が『保護』しているとギュストークは言っていた。
なのに、
(ギュストークはなぜ、苦々しい顔をしていたのだろう。まるで、自分の制御かに娘をおけていないかのような……)
そんなことを思いもするが、いまはそこに思考を向けることはそれほど有意義とも思えない。やるべきことを達さねばならない。
チケットを見る。
血に染まるであろう旅路の準備はできつつある。
殺すしかないのか。
もしも籠絡できるなら。
……わからない。未来を見据えられるほどに優れた才知が自分にあるのならこうはなっていない。自らをそう苛む。
そうなればやることは一つ。
ライヒ・グレイトキャピタル卿が支配する暗黒。オルドホルム領へと向かう他ない。
つまり、そういうことになった。




