没落令嬢vs足で稼ごう
「ただ、温泉に近いものなら作ることは可能だと思う」
「その言葉を聞きたかったんですわっ」
ハイエンド陛下に対してぐいと前に出る。
距離があるとはいえ、諸々の迫力に気押されるではないが苦笑で返す。
ここまで心理状態を明け透けにしてくれるものは近くにはいない。魔王とは孤独な生き物である。だからこそ、新鮮な態度だった。
「魔獣だよ」
「魔獣……ですか」
そもそもとして人族のライヒにとって、魔物、魔獣、普通の獣の違いはわからないのではないかとハイエンドは察した。
「ライヒ、魔獣と普通の獣の違いはなんだと思う」
「え、あー……人間に害を為すとされている、とかですの? いや、猪だとか熊だとかがいますし、ずいぶん小さい獣も田畑を荒らして害を出して来ますわね。
だとしたならそれは人族側に寄りすぎな考えですものね。ううん」
ライヒは魔族ではない。さりとて魔族に、というか魔王をある種奉じている彼女が綺麗さっぱり人族側ですとも言えない。
腰に帯びたる魔剣のように晴々としたどちらかの空色に立つ女ではない。
むしろ、それで言うのならばイングラヴァが持っていた剣──黄昏のほうがよほど彼女向きであると言えるだろう。立場だけを考えれば、だが。
「んー……頑丈さとか……。
いや、数年前にガチったレッドバシネットって呼ばれてた野生の熊はそこらの騎士だとか魔物なんかとは比べ物にならないぐらい頑丈でしたわね。これも違う……」
暫し悩んでから、ダメですわ、降参ですわ〜と弱った声を出した。
「答えはね、行動力の源がマナかどうかだよ」
「錬成術士が操るゴーレムみたいに、ですの?」
「そうだね。
まあ、ゴーレムとの違いは食事などでマナを生み出す器官が別途存在していることかな」
知らない情報に彼女は『ほえー』と割と間抜けヅラを晒す形で頷いていた。
「魔獣はマナを生成する器官を臓器として持っている。であるから、存在するだけでマナの形質を周囲に影響させるものも存在するんだ
ライヒは確か、マルティスコアと戦ったことがあるんだったね。
あのとき、周りはどうだった?」
「周り……。んー、なんか不気味でしたわね。冷たい、霊安室のような、墓所のような。静謐さと潜在的な恐怖があったような」
「それが影響なんだ。マルティスコアのマナは死の相を持つ。殺すために存在するがゆえに存在するだけで死を想起させる。心が弱いものであったり、マナへの耐性が虚弱ならその『死のイメージ』だけで死ぬ可能性すらある」
「なる……ほど」
ライヒには覚えがあった。
戦いになったときに数名がすぐに戦意を喪失し、体が竦んだところをマルティスコアの刃のような尻尾に首を刎ねられていた。
なるほど、強大な敵に当たったことへの恐怖もあるが、そこに累積する形で死の相というのが覿面に効いてしまったのだなと。
「炎を操る魔獣であれば、それがいるだけで大地は熱を持ち、そのあたりの水を温泉に変えるような力を与えるかもしれない。
純粋な温泉とは言い難いかもしれないけどね。相を複合して持たずに炎や熱の魔獣がいれば安心だ。下手に複合しているとそれはそれで厄介でね──」
とあれこれと教えてもらう。
ライヒは貴族としてそれなりの詰め込み教育をされている立場であるがゆえに、案外他人にみっちりと言葉による教授をされても受け入れることができた。
もっとも、ダンジョンマスターなどによってダンジョンで生み出される獣型の魔物はマナを生み出す機能はないので、それを熱源に利用することはできない、と先回りで答えも与えられている。
……──ともかく、これが一つ目の『いい話』。
✘✘✘
「結局ね、普通に沸かすのが一番いい選択だと思いますよ。ただ、」
「その原材料であれ熱源であれ、それが問題ですわよねえ……」
「それこそ炎を操る力を持つ精霊だの魔獣だのの加護や協力があれば早いのですが」
「加護、協力……。ん、魔獣って協力してくれるもんなんですの?」
「ああ。魔獣は魔族同様に魔とはついているが、魔獣の魔はマナのマが由来とされているのですよ。
本質的に魔族と魔獣は別のもの。我々人族が分けたカテゴリの中では、ですけれどね」
魔王が現れ、強大な魔族たちの脅威に晒されるうちに魔獣と魔物の境界は人間たち側からは消えた。
どちらも魔がつくのであれば魔王の配下のようなものだろうという共通認識が生まれていた。
「かつてはサン王の祠辺りにも温泉が沸いていたと聞いたことがありますよ。
噂では祠ダンジョンのマスターだかキーパーだかが炎を操る魔獣だったとかなんとか。
とはいえ、あのダンジョンの支配者が変わったなん噂もあります。
……すみませんね、私が出す話題はどうにも眉唾な話ばかりで」
いえいえ、どんな情報も助かりますわ、とライヒは受け取ってから、話題を反復するようにして、
「支配者が変わった?」
「偶然、支配権利の証であるアイテムを手に入れた冒険者がいて、数年前にそれで噂になったんですよ。
二年か、そのくらい前でしたかね。もっとも、その噂もすぐに消えたよ買い手がついたのか、そもそもデマだったのか……」
「ふうん……」
炎の魔獣。
ダンジョンの支配者。
「ダンジョンの支配者である魔獣がまだ生きているか、そのアイテムに支配主の加護が残っていれば安全な熱源として使えるかもしれませんが、行方知れずでは……」
どうあれ、そのアイテムを追えばわかることもあるだろう。
少なくとも、この街の近くに熱源となっていた魔獣が存在していた。
(いざとなればその魔獣を特定して、飼育できないか試すのもあり……ですわよねえ)
……──そして、これが二つ目の『いい話』。
✘✘✘
「温泉も夢じゃないかもってこと?」
「可能性はゼロじゃないってだけで夢がありますね!」
アルシュカとリオがライヒの言葉にそのように頷く。
「売りに出されたっていう噂の権利でしたっけ。それはどうなったんですか?」
「足取りを探りはしてみたんですけれどね」
とは言っても、彼女の情報のツテで一番太いのはフィニーと冒険者ギルド。
当然聞きに行った。
結果としては……、
✘✘✘
「あー。あれかあ……」
「知ってるんですの?」
「二年くらい前にあったんだよね。っていうか、実は応対もしたんだ。私が。
宝玉? 宝珠っていうのかな。これくらいくらいだったかな。これでダンジョンが操れるはずなんだって力説してて」
「それで、実際のところは?」
「一応、こっちでも預かって鑑定したり、魔術だとかに詳しい人間にチェックしてもらいはしたんだけど全然」
マナに似た何かはあるのはわかるが、その価値を示すものではない、という結果。
ライヒはそこにピンと来た。
カラレスだ。
そのアイテムにはカラレスがあったからこそ、近しいものとして判断した、だが、マナではない以上はそれを判断できるものはいない。実際に放出でもされていればそれがカラレスだと判断もできたかもしれないが。
「それでそれで?」
「んー、結局、骨董品扱いで買い取るかどうかは聞いたよ。金額は確か──」
提示したのは確かに骨董品程度、それでも生活費で考えれば充分だと思えるほどのところ。持ち主は少し悩んでから答えを出すと言って、
「それっきり。日誌にも彼が来たって記録はないから誰か別の人に売ったのか、別の街に行ったのかもわからないんだ」
「その人のお名前、聞けたりは」
「えーっと……」
冒険者の記録が溜められているであろう紙束をめくってめくって、
ようやく当該人物のところにたどり着いたようで、それに目を通す。
「ああ、うん。名前は出しても問題ないね。その宝珠を売るかもって名前の公開を許可してそのままいなくなったから」
そういって、彼女は提示できるプロフィールをメモに写すとライヒに手渡した。
✘✘✘
冒険者氏名:ガイ・ユーバウ
出身:メックダール
位階:22
年齢:38
性別:男性
特記事項:固定一党あり。売買に関しての話で当人を見つけられない場合は固定一党の人間であるマイア・ユーバウにまで連絡。
フィニー注記:ベイシンのソーパスから来た冒険者。前歴を意図的に隠している。宝珠も真っ当な手段で手に入れたか不明。売買が成立しそうならその前に背後関係などを洗い直すこと。




