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没落令嬢vs金策  作者: yononaka


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没落令嬢vs湯けむり入浴

「うぬぬ」


 ライヒは机の前で唸っていた。

 あるデータを纏めた書類を睨むようにして唸っていた。


「これ、機会損失えっぐいですわよねえ」


 機会損失。つまりは手に入れられた可能性のあるものを取りこぼすこと。

 金にめざといものであれば手に入れられなかったものというよりは、

 手に入っていたはずの銭がなんらかの要因で減って『不利益と損失』が出ているのだと捉える。空想上か理論上の儲けであってもそう考えるのだ。


 ライヒもまたご多聞に漏れず、そういうタイプであった。


 ライヒの言葉を受けてリオが困ったような表情を浮かべて、


「仕方ありませんよ、ライヒ様。

 特例であれなんであれ、ダンジョンに入れますよ、なんてできないんですから。今の安定度について、各ギルドの協力がかなり割合として強いのはご存知の通りですから」


 オルドホルムの機会損失。

 それは来場者にあった。

 ダンジョン挑戦者の約三倍ほどがダンジョンに入れないというのに来場しているのだ。

 その中には食事などで金を落としてくれるものもいるが、利益の割合で考えればごくごく小さな数に止まっている。


「そりゃわかってますわよぅ。わたくしだって全開放するつもりなんてありませんわ。

 けれど、なんとか来場者に銭落としてもらわんと次の納税がですわねえ……」


 背もたれに大いに体重を預ける。

 彼女は見た目以上に重い。スタイルの良さもあるし、筋肉の量とて見た目よりも。

 その圧力は耐えきれません、限界ですと言いたげに椅子がみしりと音を立てたので体重を預けることをやめるライヒ。

 流石に家具に当たる趣味はないし、今のも当たっているわけではないが、結果としては同じこと。

 大人しく座り直す。


「ダンジョン以外で、ダンジョン以外……ううん……」


 深く悩みながら、


「思いつきませんわね……」


 考えてすぐに閃くのであれば納税など終わっているのだと言いたげに。


「ライヒ様、お風呂でもどうですか?

 体がほぐれれば心もほぐれますよ。そうすれば何か思いつくかも」

「ですわね。それじゃお湯焚いてきますわ」

「そんなこと私が!」

「事務の方が辛いですわ〜」


 そう言い残して去っていくライヒ。

 お湯を入れろと言いたいわけではなかったのでちょっとだけ申し訳なく思うが、ライヒはライヒで忙しい身分だ。

 いつハイエンドや各ギルドのお偉いさんに呼ばれるかもわからない。

 常に身綺麗でいい香りがするようにいてもらわねば。そう考えるリオであった。



 ✘✘✘



 暫くの後に風呂が出来上がる。

 といってもお湯を沸かすことそのものは難しくない。

 大量の水は氏族紋で作られた井戸からいくらでも引いてこれた。それを錬成ギルドが用意してくれる熱を持つ触媒をなんらかの手段で加熱するだけ。火をつけるでもいいし、マナを使って魔術で燃やしてしまってもいい。

 ライヒは手っ取り早く氏族紋で焚き火を作ってそれで温めていた。

 触媒は長い板であり、水に沈めておけばお湯に変えてくれる。


(まったく、便利な道具ですわねえ)


 そう思いつつ、湯が沸いたのを確認してから風呂へ入るライヒ。

 リオも呼びにいったものの作業が佳境にも見えたので引き返したのだ。


 体を軽く洗って、風呂へと浸かる。


「あ゛あ゛ぁ゛〜゛……」


 実に冒険者らしい粗野な声を上げる。


 体がほぐれていく。考えていたせいか、相当緊張していたらしい。

 それがなくなっていけば思考も巡り始めるが、それでも。


(機会損失をひっくり返すものなんてそうそうないですわよねえ)


 それでなくとも何かないかと考えつつ、顔をざぶりとお湯に当てる。


「ふいぃ。……いい湯ですわねえ。この気分が金に換えられるなら最高なんですけれど」


 ざぶり。今度は肩まで浸かる。


「……」


 ざばざばとお湯が漏れて流れていく音が響く。


「……」


 溢れきって、静寂が戻った。


「……あ?」


 湯煙で作られた天井の結露が雫となって風呂へと落ちて波紋を作る。


「いま、なんつったんですの。わたくし」


 冷静に振り返る。


「この気分が金に……換えられれば……」


 お湯を見る。

 掴もうとしても水は水。手からこぼれ落ちた。


「あ、ああ……」


 立ち上がるとタオルだけを巻いて風呂場から出る。

 道中でアルシュカがそのあられもない姿を見て視線を外しながら眉根をひそめるもお構いなしだった。



 ✘✘✘



 もちろん、リオには怒られた。

 ちゃんと風呂に入り直し、服を着て、アルシュカにも小言を言われ、ようやく着席した。


「で、なんですか?」

「風呂。風呂ですわよ」


 湯を効率よく沸かす方法はある。

 だが、その元となる水は無制限に使えるほどゆたかな土地は少ない。

 アドルインやオルドホルムは相当に内陸部であるから、やはり貴重とまでは言わないが、風呂そのものは常にいくばくかの金がかかるものであった。


 超帝国を含めた周辺全てにおいても、風呂とはそうした一種の娯楽の側面すらあるものであり、

 だからこそ各地にある温泉地は温泉があるだけで凄まじい人気を誇っていた。

 ライヒも傭兵時代に傷を癒すために湯治をしていたこともあるし、冒険者時代に温泉の源に住み着いた魔物を退治する高額依頼を受けたこともある。

 金になる。金になるからこそ依頼も高額化できた。


 ライヒが打ち出したのは、


「ふるさと湯煙計画ですわよ〜〜〜!!!」


 それであった。

 彼女の目は銭の形になっていた。


 温泉は、間違いなく金になる。



 ✘✘✘



 答えから言おう。


「ダメでしたわね」


 ライヒはソファでうなだれながら声を漏らした。

 すぐさまライヒが試したのは温泉出ろ出ろであった。

 ただ、出なかった。


 そんなときにちょっとした用件があるからとハイエンドに(正確には彼の使者としてスゥが、だが)呼び出されて拝謁。

 ハイエンドの用件はライヒが助けた少女、つまりは別の魔王の娘であるナイナーキの現状と、もう少し話が纏ったら人族社会についてを知ってもらいたいから手伝って欲しいというアポ取りであった。


 ライヒはそれについては一も二もなく頷く。

 ハイエンドの頼みということもあるが、ライヒにとってもやはり、自分が助けることになったナイナーキに対して、助けてハイエンドたちに渡しておしまい、ではどうにも助けたことになってない気がしていたのだ。


 呼び出した報酬は何がいい、とハイエンドが問う。

 普段であればこの程度のことでと辞退にするが状況が状況であったため、彼女は質問した。


「こればっかりはわたくしだけでは答えが出そうにもないのでネタバレを要求してしまうのですが」

「ネタバレ……? ああ、いや、構わないよ」


 まるで楽しみにしている本について聞くかのような言い方に疑問系になるハイエンド。ライヒという人間が相変わらず読めないことに幾ばくかの満足もある。


「氏族紋に出ろと願えば大抵は叶えてくださいます。できないものはわたくしが仕組みを知らないものと、その場にはないもの。

 たとえば、『金脈出ろ』と願っても叶わないことはわかるのですが、『お湯出ろ』と願っても出ないのがわからなくて」


 井戸は作れる。つまり水はある。

 なのにどうして同じ水であるはずのお湯が出ないのか、と。


「あー……」


 ハイエンドは思わず声を出した。

 よもや彼女が自分の故郷を、領地を温泉地にしたいと思っているとも思わなかったし、今も思っていない。

 彼女の動向をチラ見することはできても、風呂を覗き見て、私生活を監視するような下世話な趣味はハイエンドにはなかったことも理由になるだろう。


「わかった。少し込み入った話になるけどいいかな」


 そう言いながらハイエンドは大きな、壁のようなものを念じて浮かばせて、ペンも走らせた。

 まるで何かの霊体か無念を書き残す心霊現象かのように、しかし記述されていくのは温泉についての授業であった。



 ✘✘✘



「……だそうですのよ」

「水はあるけど、条件が整わないとお湯が、というか温泉が出ないんですね」

「温泉って単純なお湯じゃないんだな」


 ライヒの報告にリオとアルシュカが頷く。


「じゃあ、家の風呂みたいに触媒でお湯をガンガン作ればいいんじゃないのか」

「ええ。それも考えましたわ。なので錬成ギルドに足も向けて……──」


 アドルイン。

 彼女がいけば支部長は喜んで時間を作ってくれる。


 彼らにとってライヒのダンジョンは文字通り宝が生み出され続ける場所なのだ。予定など喜んで作るというもの。


「というわけで、でっけえでっけえ風呂を作りたいんですの」


 ライヒの熱弁に対して、支部長もまたハイエンドに似た反応を返す。つまりは、


「あー……」


 といった声。

 別人とはいえ、二回目ともなればライヒも、


「……ダメ、ですの?」

「端的に言えば、そうですねえ。ダメ、ですかね」


 ライヒの家に納品した触媒は家の風呂、それこそ邸にあるものなので相当の大きさのものだが、それでも『それくらいなら』、『一度沸かすのと、追い焚きくらいなら』問題はない。


 しかし、温泉のような大きさとなれば別。


「触媒がダメになるのですよ。温めている途中でおそらくは。

 触媒が熱を吸い直すこともある。急に温泉が冷えたらお客様は」

「激おこ、ですわねえ」

「つまりです、商売としては」

「不向きってことですわね……。でも、だったら複数の触媒を用意するのは」

「そうなると別の問題が出るのですよ」


 錬成というのは複雑なものである。ギルドが必要となり、多くの学徒と研究者によってようやくおっかなびっくり運用されるもの。

 結果はわかるが、どうしてそうなるかの過程が判明していないことなどザラにある。

 今回の問題もそのザラにあるうちの一つだった。


 あの触媒は連続稼働すると水の温度に関係なしに、別の、何らかのエネルギーが高まり続けた結果、爆発を起こすのだ。

 もちろん、邸の風呂ならば何度も使ったところで問題はない。

 だが、丸一日かそれに近いくらいの稼働で、それなりの規模のお湯を、複数の触媒で連続稼働させるとなれば、


「確実に爆発してしまいます。

 それこそ、過日のイングラヴァが使っていた爆発するポーションかそれ以上の勢いで」

「それを素っ裸で受けたら」

「お風呂どころじゃなくなるでしょうねえ」

「うぐぐ……」



 ✘✘✘



「ってことですのよ……」

「うまくいきませんね……」「うまくいかないな……」


「ええ。ただ、お二人ともからいい話も聞けているんですのよ」


 いい話?

 思わずリオとアルシュカがハモって返す。

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