魔王勢力vs振り返り会
魔王ハイエンド。
その居城。
人里から大いに離れ、しかし魔王の権勢を見せるべくして大いなる荘厳さを以て作られた城。
多くの魔族が都市一つを城で包むコロニーを建設するようにハイエンドのそれも内部に多くの生活空間を有したコロニーとなっていた。
市井とも言える区画、その一室にスゥと青肌の魔族が住んでいた。
青肌の魔族の名はナイナーキ。こことは別の場所の魔王の血筋であり、その魔王亡きあとに逃げて、そして人族に捕まった少女であった。
ライヒに助けられた後は「彼女のように心が強い人になりたい」という一心で自ら奮起し過去と決別して立ち上がっていた。
その精神力を試すではないが、彼女の身に何があったかは知らねばならない。苦しい仕事ではあったがナイナーキが前向きだからこそ仕事を請け負っていたスゥはなんとかその仕事を前に進めることができた。
「数年間はダンジョンで過ごしていたんだな」
ナイナーキの魔王城失陥のあと。
なんとか一粒種である彼女は逃がされた。他の誰もが生き延びることはなかった。
だからこそ石に喰らい付いてでも生き延びてやるという覚悟が彼女にあった。
見た目こそのほほんとしたところすらある少女だが、裡に秘めるものはやはり魔王の血と言えた。
「はい。ダンジョンマスターは魔獣でしたが、なんとか説得もできて」
魔王の持つ権能の一つにダンジョンの制作と譲渡がある。
形は違えど、大抵の魔王はそれが可能だ。
ハイエンドであれば氏族紋がそれに該当し、ナイナーキの一族はダンジョン制作は宝珠によって制御される。
ただ、元々一族はそれほどダンジョンの経営に興味がなく、ダンジョン制作というよりはすでに存在するダンジョンの強化をベースにしたものが本当のところだった。
説得できて、というのもそれにあたる。
作れないからこそダンジョンを住みよくする代わりに自分も住まわせてくれといった具合の相談をしたのだ。
老いていたダンジョンマスターはそれを了承し、マスターの座を宝珠とその持ち主に譲渡。己はキーパーの立場となり、ラスボスを買って出ていた。
それで一年ほどは静かに暮らせていた。
準男爵は彼女を『キーパーである』と認識していたのはナイナーキ自身の報告から。
魔王の血統であることを知られることを危惧した彼女は、『偶然にキーパーの座に収まった魔族』という偽装をしていたことがわかる。
(ダンジョン最大の権利者がダンジョンマスター。
マスターに多くの権利を与えられた副長的ポジションがキーパー。
サン王の本来のマスターはナイナーキに流れる魔王の血にひれ伏した、ということか)
スゥが聞いた話を書き記しながらも思う。
ただ、ナイナーキにはそうした覇気も貫禄もない。
どこにでもいる──……とまでは言えずとも、それでも極めて目立つとまでは言えない。人族のライヒのほうがよほどそうした貫禄があった。
(いや、彼女を引き合いに出すのはやめよう。あれと比べると大抵の魔族が貫禄だのなんだのが足りないように見えてしまう)
その覇気のありどころがよもや「納税を、納税をしないとですわ〜……」などとは夢にも思わないだろう。
「そこに、彼らがやってきたんです」
彼ら──ベイシンの冒険者たち。とはいって、ベイシンはソーパスという札付きがゴロゴロいる都市の冒険者だ。
犯罪者と変わらない。それも重犯罪者と、である。
その躊躇のなさが彼らに力を与える機会を多く与えており、結果、冒険者としても一流になってしまうという。
その彼らの目的はダンジョンの踏破というよりも、そこを根城にして山賊、盗賊行為に精を出すことにあった。
勿論、ど田舎で成り立つ仕事ではないが、彼らの目的はそれをしつつ、隙あらばアドルインを混乱させ、弱体化させることにあった。
それはれっきとした仕事であった。それも、ギルドよりも上位にあるものからの。
「ダンジョンは確か、サン王の祠という名前だったか」
「はい。名前の通りかつてはサンと呼ばれていた魔族が王を僭称し統治していて、その名残で名前が残っているとキーパーから聞き及んでいます」
キーパーの名はサン王を引き継いで使っているとも。
なるほど。僭称と言えども王を名乗る自信があるほどの魔族だったのだろう。
しかし、時間の経過でその威光とダンジョンの力は衰えていったとスゥは予測する。欄外に私的な考えを軽くメモしておいた。
ともかく、彼ら冒険者はかつてのマスターである魔獣を倒すことには成功した。
それでも王を名乗ったものの末裔は恐るべき力を秘めていたようで、ソーパス冒険者の殆どを殺していた。
かろうじて冒険者が勝利したというよりは、運よく生き残りがいたというだけ。
その人物は一団ではさほど強いわけではなかったが、とにかく生き意地が汚く、やることも汚かった。
ソーパスからの仕事を自分一人ではこなせないと考えると、偶然見つけられたナイナーキを捉えて人身売買でわかりやすく金を得ようとして、
「宝珠も奪われた、と」
「はい……」
たとえ彼女に覚悟があろうとも、それが強さに直結することは少ない。
いや、心理状態で勝負の行方が左右されることは珍しくないが、戦闘能力そのものをひっくり返すほどの心理状態を持つことができるものなどそう多くはない。
「ダンジョンはそれから?」
「私が知る限りはあの男が持っていたようですけど、使えたりはしなかったようで、別の人間に私ともども売り払いました」
「売られた先があの準男爵?」
「いえ、彼ではなく、確かドラルディンの、ギュストークと名乗っていたはずです」
✘✘✘
自分の無能さに苛立つ。
ギュストークは常々そう思っていた。
数年前に手に入れたダンジョンは結局、目先の欲望に駆られたこともあって(勿論、ダンジョン研究をする上でも、だが)何度も攻略した結果、手のつけられないダンジョンに変貌してしまった。
氏族紋を持つライヒがその経験と閃きが異常であり、ハイエンドによる誘導があったからこそダンジョン経営ができているだけで、
普通の人間であれば誰しもが同じ結果に落ち着く。
そして、同じ結果というのも、
(ダンジョンの支配、それに対しての自動選出。機能を殺さない限りは次のマスターも自動的にダンジョンが決定する。宝珠を持っていようとも、無力だ。
これはあくまで一部の機能を扱う操作権限に過ぎなかった)
ベイシンや他のものを出し抜いてサン王の祠ダンジョンを手に入れることができたと思えたときはまさしく僥倖という以外に言葉はなかった。
だが、その僥倖が幸運を運んでくるかはまったく別の話。
古きサン王が殺されたあとに生まれた若き王は先王の無念を晴らすべく大いに人族を恨んだ。彼らが宝珠を持ち、ダンジョンの経営に関わるものであろうとお構いなし。
いや、本来の持ち主であるナイナーキならば新たに生まれたサン王をなだめることができたかもしれないが、そうはならなかった。
重ねていうが普通の人間はダンジョン経営どころか、ダンジョンに関する見識など持ちはしない。
(かろうじてあのダンジョンに価値があると思えているのは管理者権限の一部はこちらにまだある、ということだ)
ダンジョンと、それを管理するための端末たる宝珠は彼の手元にあった。
そうなれば次に必要となるのは操作者である。
現在のダンジョン・キーパーである『新たなるサン王』はこのダンジョンにおいては、ただの住民に過ぎない。
「マイアが来ました、どうしますかい」
「通せ」
扉の向こうで報告をあげた部下に端的な命令。
すぐに扉が開かれた。
現れたのは冒険者風の出立ちの女だった。年齢はライヒよりも少し上だろう。ライヒに負けず劣らずのスタイルであるが、より肉付きがいい。俗的に言えばより女性的であった。
「宝珠を奪い、まだ何かあるというのですか。私が貸せる力など何もありません」
「そうだったかな」
「……ッ!
宝珠を渡して、それで終わりだとあなたは!」
「仕方ないだろう。宝珠を扱えるのはお前だけなのがわかった。
そして、その譲渡手段も判明していない。
そうなれば宝珠を使う人間を手放すようなこと、できるわけもなかろう」
そこまでいってギュストークは、
「恨むなら、ガイを恨むがいい」
マイアはその言葉により一層睨む視線を強くした。
忠誠心のある相手ならば扱いやすいが、そうでないならばもっと直接的な方法で支配するだけ。
暴力、恐喝、なんでもいい。
(ファミリーらしい手でやるだけだ)
マイアがどう睨もうと、恨もうと、関係はなかった。既に彼女を操るための綱は掴んでいる。
「娘は大事だろう、一人の母としてな」
にたりと笑うギュストーク。
ああ。心地がいい。他人の権利を侵害すること以上の快感などあるまい。
その笑顔には彼の感情が溢れていた。




