没落令嬢vs溶け溶けアフター
「ひでえことしやがる……」
「なんでアイツが……」
これ以上は深入りになるなと思い、潜入を終わらせようと思っていたとき。
潜入してから向こう、普段からの通り道にしていた場所で声。
裏の表通り、というと意味がわかりませんけれど、表の表通りがアドルインの大通りを指すとして、裏の表通りはスラムなどにも直結している治安があまりよろしくないエリアの大通り。
とはいっても、マフィアの連中の勢力下であるから表には住めない程度のお財布事情の市民たちの多くはこの辺りに住んでいて、恐怖で絶望しない程度の治安の良さはありますわ。
ですが、そういう場所ですから全てのテナントが埋まっているわけではなく、表通りでも割としまったまま放置されて久しい店もありますの。
その一つで人々が固まって話していますわね。
「なンかあったのか」
「傭兵さんか」
わたくしも馴染むのが早いもので名前こそ明かしていないので傭兵と呼ばれちゃいますが挨拶くらいは返し返されの関係を住民たちと築いておりますわ。
「少し行ったところにある店の人間がな、少し前から行方不明だったんだが」
「見つかったんだよ」
二人の通行人がそれぞれに。
ただ、表情がどうにも優れない。
「見つかったならなによりじゃないのか」
「生きていたらそうだがな」
「バカ言え、生きていたらどころじゃねえだろ」
店だった場所の前で話しているが、中は見えませんわね。
裏通りとはいっても、明らかな犯罪であったり、通報を受けたりすれば都市の治安部隊が動きもします。
彼らが中で何かを探し、あるいは片付けてでてきましたわ。
「見せ物ではない。散れ散れ!」
出てきた人物に、
「何があった?」
問いかける。もちろん、彼のポケットにこっそりと夜の店でお楽しみできるくらいの金額を差し込みながら。
「ん。ああ……。この先にある本屋の、ポールという男が見つかってな」
あら、朗報ではありませんの。ノエルにも知らせてあげないと。
……とは言えませんわね。この雰囲気は。
「ただ、見つかったのは認識できるパーツ程度だ」
「どういうことだ」
「他は全て溶かされていた。何かにな。こんなことができるのはダンジョンに出現するような魔物しかありえないが、アドルインにはダンジョンはないからな……」
何があったのやらと呟く。
「溶かされたって、どういうことだ」
彼はポケットの重みを確認し、充分にもらっているかという表情をして、
「あとで我々の詰め所に来れば見せてやる。流石に市民の前で開示するようなものではないのでな」
✘✘✘
わたくしもそれなり以上に戦いは経験してます。
凄惨な場面も少なくない。
けれど、それは戦地やダンジョンであればこそ。
都市内であんな。
……。ポールはそこにいましたわ。ええ。
けれど、顔が少し。あとはどろどろの液体に変えられていました。魔物の中にはスライムと呼ばれる不定形のものがいます。その中でも溶解スライムと呼ばれる種類のものは自らの意志(本能かもしれませんけれど)で対象を溶かして捕食するものがおります。金属製の鎧から皮膚も肉も、骨も、何もかも溶かしてしまうほどの力がある。
ポールの亡骸は間違いなく溶解スライムの力によるものでした。
捕食されていない理由はわかりませんが、確かに彼らが言うように市民に見せられるものではありません。
このアドルインの下水にそれだけの魔物が潜んでいるなんて話は聞いたこともありませんわ。
あとでフィニーに確認をするにしたって、おそらくはそれも空振りになるでしょう。
そもそも現れて襲うならばもっと別の場所でも被害が出ている。
つまり、あれは何かの人為によって襲われた証拠。
何かの、いえ、クスリの売買が理由の見せしめでしょう。なにより恐るべきは、溶解スライムを扱って他者を殺害できるものの存在。
潜入でわかることがあるかもしれませんけれど、むしろ今はオルドホルムに戻り対策を練ること。
詰め所の方にはお礼を言って、外へ。
このままオルドホルムへと向かおうとしたところで、
「グレイス」
わたくし──の偽名を呼ぶ声。ノエル。彼でした。
「ノエルか」
「見かけたから」
「そうか。……あー、その、な」
彼にも伝えるべきでしょうか。いえ、伝えるべきでしょうね。あれだけの危険を冒してでもポールのことを探していたのですから。
✘✘✘
「……そう、ありがとう」
「マフィアのところに踏み込む勇気があるってことは腕っぷしも自信があるのかもしれン。だが、いいか、下手に動くな。そのうち司法なり、有志なりが動く。そうなれば仇も打たれることになる。
自分でなんでも解決しようとするな。いいか?」
「わか、……ってる」
はあ、思わずため息も出ますわ。
「おい、」
わたくしがそう呼ぶと一拍遅れて瞳をこちらに。
べちん。
わたくしのデコピンが彼のおでこにクリーンヒット。デコピンの強さなら自信がありますわ。
彼も、
「いった……っ!?え、な、なにを」
困惑。
そのままわたくしは籠手越しではありますけれど、彼の頬を撫でるようにぺちぺちと叩き、
「一人じゃねえってことを忘れるな。頼れる奴はどっかにいるだろ。勿論、俺も。それと、俺以外もだ。だから、いいな。一人で生きようとなんてすンな」
はあ。
どの口で言ってますの。わたくしは。
一人で生きて、一人で死ぬ。獣だけが征く荒野を進むような生き方をしてきたというのに。説得力のせの字もない。
けれど、お為ごかしであろうと今は彼にそれを言わねばならない。そんな気がしました。
「わかったか?」
「わかったよ、ママ」
「チッ、誰がママだ」
変な趣味をしているってわけじゃなく、保護者めいたことを言うわたくしへの当てこすり。
けれどそんな皮肉を言えるくらいには冷静なのですわね。
彼の表情も嫌味を言いましたよと言いたげに小さく笑っていた。
「困ったら、そうだな。冒険者ギルドでも頼るよ。それでいい?」
「ああ。助けになってくれるさ」
彼とグレイスとして会うのはこれが最後になるかもしれませんわね。
けれど、それを明かすことはできませんし、愁嘆場にはならないにしても湿っぽいのは好みでもないので、申し訳ありませんけれども、このまま何気なくさよならをするしかありませんわね。
「じゃあな」
普段使うような気安さで。
それが一番いいはずですもの。
「グレイス」
少し歩いてから、後ろで彼の声。
「なンだ」
「ありがとう。それと、嫌味言ってごめん」
「ハッ」
思わず笑ってしまった。
あの嫌味は心配されたことの照れ隠しだったんですわね。
湿っぽくはないけれど、後ろ髪は引かれながらわたくしはこの場を、アドルインを後にすることにしましたわ。
✘✘✘
グレイスは街を去った。
ノエルもグレイスと名乗る女とこのアドルインで会うことはないのはなんとなく察しはついた。
彼はそのまま詰め所へと入り、ポールとの関係性を説明。彼らもあの場所に住む人間に真っ当さは求めていない。友人が代わりに弔いたいというのであれば頷くばかりだった。
どうせ裏通りの事件など調べる許可は降りないのだから。
ノエルはその足で墓所へと進む。
墓所といっても立派なものではなく、スラムの人間でも誰でもその死と亡骸を受け入れる場所があるだけだ。
そこで墓穴を掘り、箱に納められたポールを安置する。
「……」
懐から彼の店で最初に買った本を取り出すと、その墓穴にそっと納めて埋めた。
日が暮れ始めた。
彼が向かったのはグレイスも何度も行っているドラルディンの酒場だった。
幾つかあるドラルディンの巣穴の一つ。ノエルが──ドラルディンが根城にしているのとはまた別の場所であり、そこはギュストークが仕事でよく使う店であった。
「ボス」
「カシラ」
口々に入ってきたドラルディンを呼び、頭を下げる。
「ギュストークは」
「上です。お呼びしますか」
「いい」
上への階段には護衛がいたが、さすがに雇い主よりも上の立場の人間ともなれば道を譲る他ない。勿論、これが個人で雇っていた護衛なら仕事としては失格かもしれないが。
返事の前に扉を開いた。その動作に感情が見えるようだった。
「どうしました、ドラルディン」
「どうして殺した」
端的な言葉。
ドラルディンの瞳は射抜くようで、誤魔化しなど通用しないと思わせる迫力があった。ギュストークはこの黒瞳が嫌いであった。
「わかるでしょう、あなたにも。我々は自らの領分を侵すものを許せば成り立たなくなる」
「……」
じつと見つめるドラルディン。
そしてすぐに、
「嘘をつくな。お前が何か絡んでいるくらいは俺にもわかる」
「企みは全て私の成すことだと仰られるか」
「今回の件に関してはそうだ。あの女が、ライヒが関わることの全てに妙に苛烈な反応を見せるのを知っている。ヒョルドもそうだろう。アイツをわざわざ使ったのも」
ため息をつくと、観念するではなくむしろ言葉のやりとりに参加するのを応じるかのように、
「これは貴方の目的にも適うことです。ドラルディン。この地の悪徳を全て引き受けたいと仰ったのは貴方だ。違いますか」
「無関係の人間を踊らせることもか」
「無関係な人間など我らの目的からすればどこにもおりません」
「言葉遊びだな、ギュストーク」
「であれば、どうします」
殺しますか、までは言わないが、その態度は言っているに等しいことだった。
感情を整えるようにドラルディンが息を吐く。
「論点をずらすなよ、ギュストーク。俺も熱くなったのは事実だが、知りたいのはどうしてポールを殺したかだ。それ以外のことは、今はいい」
「グレイトキャピタルとそこに連なるものはこれで明確にこちらを睨むでしょう。
当然そこには冒険者ギルドや錬成ギルドも。噂では最近、傭兵ギルドも関わりはじめている。
そうなれば構図は明確になっていく」
「なったなら、どうなる」
「敵と味方がはっきりと分かれましょう。そうなればあとは」
「戦争をするつもりか」
「そうなるかもしれませんな。しかし、戦時のようになるのならばそこでこちらが派手に立ち回ろうとも平時に睨まれることも通るものもある。
混沌の中で街の裏を全て一つに纏めましょう」
ライヒを利用し、表と裏で戦争寸前にする。
そこに黄昏時のような中間は存在しないように動かそうとするのがギュストークの考えだった。
誰が味方か、誰が敵かを判断するのは表も裏も行うだろう。そのときに多少の争いが出ようとも表は表で同じことをしかねない以上は大きな声で訴えなどできない。
「全てはこの街を、アドルインを混沌に沈めるための策です」
言っただろう。貴方の望みが含まれるのだから文句などないはずだ。
そう言いたげにギュストークはドラルディンをまっすぐに、睨むように見つめた。
怖けず、見返してくる黒瞳はやはり、嫌いなままだった。




